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【4294431】【べっぴんさん】につっこみ、ドラマの展開に好感の持てない方

投稿者: 坂西さん   (ID:47hAzoqfvx6) 投稿日時:2016年 10月 21日 14:28

べっぴんさんを見ていて あまりのご都合主義にもやっとしたとか
本スレでは、好感を持って見てらっしゃる方に失礼かしらと
書き込みを控えてらっしゃる方、自由に語りませんか?
くれぐれも荒らしさんはこないでくださいね。

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  1. 【4462068】 投稿者: タイトルさまに同意  (ID:XXTMfA2s5Vs) 投稿日時:2017年 02月 20日 21:07

    そう 大阪では 新世界は 通天閣の足元界隈で

    この時代は いいイメージではありません、

    この脚本家は そこまで考えが及ばないのですね、

    いつまでたっても 逆光 見にくいのにな~。

  2. 【4462450】 投稿者: ファミかばん  (ID:0sRC7IcB8eY) 投稿日時:2017年 02月 21日 05:12

    ドラマでは昭和38年から昭和44年に6年も飛んでしまいましたが、その間に沢山の重要な出来事がありました。

    昭和38年、惇子さん・通夫さんはアメリカに行き、ベビーグローの製造元であるケイパー社と輸入契約を結びます。
    (淡いブルー・ピンク・イエローのパイル地のベビー服。柔らかで肌触りがよく、吸湿性・伸縮性が抜群で私も子供達によく着せていました。)
    それにとどまらず、アメリカでもトップクラスのベビー用品会社数社とエージェント契約を結びます。これが、ファミリアの輸入業務の飛躍的な発展につながっていきます。
    その翌年の昭和39年、東京オリンピック開催。オリンピックの直前に東海道新幹線も開通。
    これらにより情報の交流が盛んになり、神戸に本拠を構えるファミリアの業務にも大きな影響を与えていきます。
    昭和41年、坂野光子さんが岡崎財閥の岡崎晴彦さんと結婚します。
    晴彦さんは、甲南大学経済学部卒業後、アメリカの大学で金融論を学び、帰国後、三和銀行を経て、父が会長、叔父が社長を勤める東京計器に入社しました。
    六甲山の坂野家の別荘は、岡崎家の別荘の向かいにあり、光子さんと晴彦さんは幼馴染でした。(ちなみに、坂野家の別荘の地続きに阪急百貨店初代社長の清水雅さんの別荘がありました。)
    同じ年、前にも書きましたが、三笠宮妃殿下・ご結婚前の二人の内親王・憲仁親王が、岡本研究所ご視察。
    神戸元町店オープン。
    昭和42年、名古屋名鉄メルサ店、東急百貨店東横店(コーナーが直営店に)
    昭和43年、東急百貨店本店、横浜元町店、自由が丘店
    昭和44年、成城学園駅前店、青山店、阪急三番街店
    と、次々にオープンさせました。
    この年に全面開通した東名高速道路が、物資の流れを一層豊かにしました。
    東名高速道路はファミリアの製品を東京に運ぶ格好の交通手段になりました。
    同じ年、マーガレット王女が日本橋三越本店で開催されていた「英国フェア」(ファミリアも英国から直輸入したベビー用品などを出展)を訪れた後、数寄屋橋阪急のファミリア東京店にも訪問され、惇子さん・通夫さん夫妻は両店で握手を賜りました。

    ドラマでは百貨店は阪急(大急)しか出てきませんが、現実では皆様ご存知のように他にも出店していました。
    特に高島屋は、ファミリアに皇室に納入するように要請した百貨店です。
    田村光子さんの夫の父が高島屋2代目社長の飯田新七です。
    この伝手を通じてファミリアに要請しました。

  3. 【4462634】 投稿者: さくら  (ID:AfNbWHeCRyY) 投稿日時:2017年 02月 21日 08:30

    小悪魔を超えて
    魔性の女…
    ケンちゃん 逃げないと!

  4. 【4462707】 投稿者: やっぱり  (ID:MLKsGGf9ri.) 投稿日時:2017年 02月 21日 09:09

    ふぁみカバンさんの話を読みながら、そうだよなぁ、大阪万博の前に1964年の東京オリンピックと新幹線開通という大きなイベントがあるよなぁと思いました。太平洋ヨット横断よりもはるかに大きなニュースだったのに。
    それに、学生運動なら、1960年(昭和35年)に神戸出身の東大の学生だった樺美智子さんの死があって、神戸は学生運動は盛んでは無かったはずですが(同志社や京都界隈ではないから)、樺美智子さんのは有名だったから、学生運動を軽々しくは扱えないはずなのに。

    健ちゃんもせっかくMBAとってきたんなら、最初は銀行に勤めた方がリアリティがあったのに残念。銀行員とさくらちゃんのお付き合いの方が面白い。
    史実は、どちらもアメリカ留学の経験があったから意気投合した、という感じなんだろうと。
    今日唯一リアリティがあったのは、健ちゃんの曖昧でどっちつかずの適当な返答、「せやな」だけでした。

    はるがきた、も、ごちそうさん、も史実にのっとった脚本だったから面白かったんであって、ファミリア創業ももっと史実を調査した上で脚本まとめたほうが良かったと思う、妄想だらけの創作話にはついていけない。

  5. 【4462719】 投稿者: あはは  (ID:fCo4a2bXFK2) 投稿日時:2017年 02月 21日 09:13

    さくら様↑に同意です!!

    加えて、さくらの不良時代に、ヨーソロへ出入していることを
    龍ちゃんママに、「さくらは女の子なのよ!」言いがかりをつけたすみれさまがバックについていますものね。

    次は、健ちゃんと君枝さんに「さくらをそそのかさないで!」なんて、噛み付くのかな?

    さくらお嬢様は、幼い頃、近江のマナカマちゃんが作ってくれた、ぜんざいだか、おしるこだかを「美味しくない!!」と一蹴しましたよね。
    ファミリアの素晴らしいエピソードはすっ飛ばかして、さくらの品性の無さだけは、丁寧に描けるのは、脚本家さんの才能ですね。

    ファミリアを着て育った行く末が、あんなハレンチな女性になるのは、残念。。。

    ファミかばんはんの情報がなかったら、ファミリアを見るのも嫌になっていたかも。
    まして、手に取るなんて、不潔極まりなくなってしまいます。

    そして、若い女性社員(さくらの先輩たち?)たちもすみれのこと「すみれさん」って言わされているのね(笑)

  6. 【4462735】 投稿者: あはは  (ID:fCo4a2bXFK2) 投稿日時:2017年 02月 21日 09:16

    すみません、ファミかばんはん、ではなく、ファミかばんさま、です!
    失礼いたしました。

  7. 【4462764】 投稿者: やっぱり  (ID:MLKsGGf9ri.) 投稿日時:2017年 02月 21日 09:29

    >ファミかばんさんの情報がなかったら、ファミリアを見るのも嫌になっていたかも。

    神戸の当時のママや女の子にとっては、ファミリアは特別な存在でしたよ。
    東京では百貨店に入っている出産祝いや贈答用でしかないけど、神戸近辺では沢山支店があったから。
    それにファミリアの歴史を見ると面白い内容満載。
    ファミかばんさまの話を総合すると、光子さんというかたも、小林聖心卒業後にアメリカ留学した先進性のある女性で、絵に描いたような神戸の進んだお嬢様であって、銀行員と結婚したちゃんとしたお嬢様で、ビッ○では無いですし。
    それにどうして神戸でジャズ? いくら港町でも神戸ってそういう場所じゃないし。ファミリアの舞台になったところは六甲の方の山の手で、全然雰囲気が違うと思いますよ。
    なんか・・・違うんですよ、巧く言えないですが。

  8. 【4462822】 投稿者: ちょっと  (ID:C108CtsJMbs) 投稿日時:2017年 02月 21日 09:48

    健ちゃんが東大というのも、彼の人物像を作りこまなくても
    東大生 東大卒という肩書をつけることで
    エリート感を出せるんじゃないかという安易なものを感じて、
    嫌悪感。

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