最終更新:

28
Comment

【2551483】竹の会について

投稿者: タオル  (ID:VLC0wBC8ufI) 投稿日時:12年 05月 23日 09:23

小4男子の子供がおり,都立一貫校を目指しています。公立一貫校向けの竹の会という塾を見つけたのですが,通ったことのある方,評判を聞いたことのある方,情報をお願いいたします。

返信する

管理者通知をする

携帯で読む

マイブックマーク

  1. 【4397968】 投稿者: ブログ愛読者です。  (ID:yVd3x3nfACs) 投稿日時:17年 01月 15日 00:00

    必ず伸びます。
    男の子は小6からです。直前が勝負です。
    ということを大手の塾長さんから説明を受けましたが「授業、同じテキスト使って、同じ時間勉強して」どうやって伸びるんだろう???
    年百人も生徒指導していれば1か月も子供見ればだいたいの着地点がわかるはずなのでどうやっても目標校へ届かないなら退塾勧告してくれるここの塾長さんは良心的だと思います。

  2. 【4449840】 投稿者: tabula rasa  (ID:Mq0FNuzlVmk) 投稿日時:17年 02月 13日 21:18

    And vice versa?
    私は、自分のリテラシーを信じただけで、あなたの感性は尊重し否定しません。
    ただそれだけです。ブログを読めばわかる人にはわかりますが、阿部氏は典型的な強い承認欲求をお持ちです。あのようなブログに心酔される方もおられますし、私のように本質を確かめようとして入塾を見送ったケースもある、ただそれだけのことです。私が強調しているのは丁重に接したにも関わらず私の価値観をご自身のブログ上で誹謗されたことです。品性のある人間のすることではありません。あなたのような信奉者にはニコニコすることでしょう。私はあなたのように盲信する人間ではありません。阿部氏の指導方法が良いと思ったからこそ、人のことを執拗にバカ呼ばわりすることについての意見をお伺いしただけです。それだけで私もブログ上でバカ呼ばわりされる対象になりました。公然と私の教育観や、子どものことまで侮辱されたのですから驚きです。あなたのように他者の苦痛を感じることができない方とはそれこそ嚙み合いませんね。日本人には議論ができない方が多く嘆かわしいことです。論理的思考能力など育つはずもないですね。

  3. 【4449970】 投稿者: 感想  (ID:X6WmjXQz1kY) 投稿日時:17年 02月 13日 22:18

    私も子どもが都立受検を考えた時期があり、ブログは一時期読んでいました。
    バカ、バカ親と連呼し、偏った自説を毎日毎日繰り返すブログに気分が悪くなるほどでした。
    冠婚葬祭で塾を休んだり、中学生が部活を頑張ることについても、極端に否定的で、そこまで勉強だけに特化した毎日を強いる姿勢にも疑問をぬぐえません。

    指導法は確かにいいのでしょうが、人間性という点でうちは入塾を検討することすらしませんでした。
     ほとんど宗教のような印象です。
    一般的には受け入れられない感覚と感じています。

  4. 【4451199】 投稿者: 同感  (ID:.9Prq.VQh7c) 投稿日時:17年 02月 14日 16:27

    tabula rasa さんに同感です。

    子供が公立中高一貫校を考えているので竹の会のブログをひたすら読みました。
    先生の指導法、思考力を鍛えるやり方はとても良さそうだなと思い入塾試験を受けようか迷いましたが、ブログを読んでいると、矛盾を感じる点がいくつかあるので入塾試験は見送ろうと思いました。

    ブログの内容の一部を見ると・・・
    知能・地頭が良い子しか受け入れたくない(でないと見込みはない)
    お休みする子はだめ
    習い事はだめ
    家庭学習を沢山できる子でないとだめ

    この条件を満たす子なら竹の会でなくてもどこの塾でも成績が伸び希望の中学
    へ入れるでしょうね。
    先生の手腕ではなく元々入る条件を厳しくしたら教える側としても楽でしょうし
    この塾の魅力がいまいちよくわかりませんが、それでも他と違う良さがあるのでしょうか?

  5. 【4451235】 投稿者: オクトパス  (ID:IRB3O4h8mkw) 投稿日時:17年 02月 14日 16:50

    卒塾生です。
    先生のブログは過激だし文字数もやたら多く、以前学校近くで配布していたチラシもそういった傾向で、宗教みたいとは言いえて妙だと笑ってしまいました。
    小さな塾で、それこそさまざまな学年が一緒に学んでいるので、一人落ち着かない子や騒ぐような子が来ると一気に雰囲気が悪くなりますので、そういう意味も込めて「優秀な子を」とおっしゃっているのだと思います。
    「優秀」というのは、知能的な学習面だけではなく、じっとしていられるとか話が聞けるとかそういう面も含めて。
    お稽古事など他のことで忙しい子は休みがちになり、そういう子がいると「それでもいいのか」といったムードになるのは同学年でクラス分けした教室での影響とは雲泥の差ですし。
    中にいると、あの過激な言葉の裏にある事情はとてもよくわかるのですが、外からだと宗教ぽいですね。怖い。
    確かにとても過激。
    それでもそれくらい心血注いで指導くださっていることも確かです。
    面接で合わないと感じて入塾されなかったことはお互いにとって幸せな判断だったと思います。
    ブログで嫌な書き方をされて気を悪くされたとお察しいたします。
    ごめんなさい、私があやまっても仕方ないですが。
    それでもうちの子は受検だけで終わる勉強ではないものを学ばせてもらいました。
    文章ではアクは強いですけど、実際は穏やかなおじいちゃん先生です。

  6. 【4456260】 投稿者: 元代々木  (ID:jqtUmd2BdU.) 投稿日時:17年 02月 17日 15:40

    僕も卒塾生です。
    久々にブログをのぞいてみてこちらの掲示板を見つけました。先生、変わらないなぁと笑ってしまいました笑
    僕は中学のとき通ってたのですが、中学時代を思い出すと学校より竹の会での思い出の方が大きかったなって思います。一番勉強に打ち込んでたときでした。
    僕が通っていたのは移転前の教室だったのですが、当時は地元の中学校の人ばかりでした。面白いのが、すごい成績のいい人から学校でも有名な不良までいろいろ集まっていたことです。でもあの教室にいくと皆静かに勉強するんですよね笑
    あるとき、中学校でも授業妨害するような悪ぶった子が入会したときがありました。その子は中学校でも先生をなめてて、入会して間もないとき先生にいたずらを仕掛けました。詳しくは書かないですが今思えばよくあんなことできたなっていうようないたずらでした。でも学校の先生とかだとやられても怒らないし周りも笑うから、本人気付いてなかったんですよね。
    ところが先生は本気で怒鳴りました。恐すぎてその子も皆も震えたのを覚えてます笑
    その後、その子はいつも時間通りにやってきて黙々と勉強してました。あとで誰かに聞いたのですが、いたずらした日、彼は最後まで教室に残って先生に謝ったそうです。
    当時は(僕も含めて)こんな生徒ばっかりだったので、今は真面目な生徒を集めるようにしてるのかも笑 でも僕も含めてほとんど皆志望校に受かったし、進学したあとの成績も上位だったので、考えることって大切なんだなって学びました。上の方が受験で終わらないものを学んだって書いてますが、ほんとにその通りだと思います。
    あ、あと、先生のユーモアセンスはすごいです。いつも皆先生のギャグに笑ってました笑 めちゃくちゃ面白い先生ですよ笑
    ご参考までに。

  7. 【4456336】 投稿者: ヒステリーこわ  (ID:5/GR9eFX2ZQ) 投稿日時:17年 02月 17日 16:29

    渋谷の?ブログも読んできた。
    tabula rasaさんこそ、強い承認欲求がおありで、議論ができない感じ。
    こわ。

  8. 【4457221】 投稿者: tabula rasa  (ID:Mq0FNuzlVmk) 投稿日時:17年 02月 18日 01:32

    ヒステリーこわ (ID:5/GR9eFX2ZQ) 様、ご感想ありがとうございます。相手にも同様の批判を返して、相手をこわーとかキモイとかいう言葉で印象を悪くするのは常套手段ですが、私にも承認欲求があるのですね。でも何かを認めてもらおうとは全く思っていませんよ。阿部氏にバカといわれただけです。そして阿部氏は典型的な承認欲求を持っていますよ。その証拠をお示ししてもよいのですが、誹謗していると取られるのがいやなのでそういうことはしません。水掛け論でしょうが、ついでなので、サポーターの皆様にご返事を書かせていただきます。また、阿部氏を全否定しているわけではありませんのでご理解ください。オクトパス(ID:IRB3O4h8mkw)様のような卒塾生の方(お子さまも竹の会塾生のようですね。) からのご意見ありがとうございます。「面接で合わないと感じて入塾されなかったことはお互いにとって幸せな判断だったと思います。」、「嫌な書き方をされて気を悪くされたとお察しいたします。」、「確かに過激です。」、「文章ではアクは強いですけど、実際は穏やかなおじいちゃん先生です。」というご懇情やご説明ですが、まるで塾の方から言われているような感覚です。非当事者の方が「お互いにとって幸せな判断」という心遣いをされる心境がわかりません。わたしはブログに書いてある「アホは相手にしない」、「大手塾で立派なバカが仕上がる」etc.といった表現に疑問を呈したのです。そのような品性のない(と感じさせる)他者(私を含め)に対する攻撃が「過激だけど、実際は穏やかなおじいちゃん先生」で帳消しにされるものでしょうか。私こそ品性がない、悪意のある回答と批判されていた口調が今度は自己弁護にトーンダウンしたように感じます。穏やかなおじいちゃんの無意識内に存在するコンプレックスが暴言を吐かせていたのですとでも言いたいのでしょうか。また、うーん (ID:E7o6c200vfw)様は「子供の学力を台無しにする親を阿部氏は「バカ」と言っているだけです。」とバカ発言を説明、擁護されていますが、他塾に行くすべての子供の学力が台無しになるものでしょうか。強弁です。しかも「率直な物言に真実がある」とバカと発言することを正当化されています。議論になりません。

    さて、私が疑問に感じた2点目は竹の会が目指す目標とその成果に関する説明でした。ブログ愛読者です (ID:yVd3x3nfACs) 様が「目標校へ届かないなら退塾勧告する塾長が良心的である」というご意見を述べられていますが、まず目標校とはどういう学校のことでしょうか? つまり竹の会では竹の会が認める目標校があり、その学校の合格=是ということなのですね。また、阿部氏の「退塾勧告における良心」の根拠を大手塾の商業主義の否定にもとめられていますが、成果のでない放逐された生徒さんにとっては指導の中断は人格の否定につながり重い心的ストレスを与えることになります。多様な個性の存在する社会で成績の善し悪しで生徒の人格を否定することは残酷です。退塾に対する抗議は礼を失する行為だとも阿部氏は述べておられますが独りよがりな考え方です。(なるほど「お互いにとって幸せな判断」とおっしゃる方がどのような方かうっすらと見えてきました。)阿部氏は誰もが竹の会に入塾した子供たちの理解の進歩に驚愕し、竹の会と邂逅した子たちこそ幸せであるとおっしゃっています。更に竹の会「こそ」素晴らしい塾で、勝手に大手に行く子供たちがバカになる蓋然性が高いと書かれています。にもかかわらず、成果の出ない子供は退塾を前提にすると明言されています。退塾を前提にさせられた生徒さんも竹の会に邂逅した幸運な子供の一人ではなかったのでしょうか?外部の人間に内情はわからないとのことですが、ブログを読む限り竹の会の指導を受けた生徒の成長の蓋然性の高さに関する記述は手前味噌と感じます。更に、うーん様の考える塾の目的は「子供の合格」だそうですが私はすべてがそうだとは思いません。わたしは塾=受験の手段ではなく、よき師との出逢いこそが重要と考えています。そのため、面談をして塾長の品性を確かめたのです。うーん様がその点について「その時点で全く噛み合っていない」と批判的な感想を述べられていますが、うーん様のように陳腐な合格のみを目指す方の常識とわたしの理想に齟齬が生じるのは当たり前のことでそんなことは思考力があれば大抵の方が推し量ることができることではないでしょうか。阿部氏の書棚に丸山真男氏の著作があったので多少なりとも教育について一家言もっておられるのかと勘違いしていたことも原因です。成果が出ないという理由で退塾させるほうがその生徒のためになるという考え方は塾運営上、必要なことかもしれません。しかしオクトパス様のおっしゃるような指導に支障をきたす生徒の悪影響が大きいという理屈は詭弁に聞こえます。なぜならば私が塾探しをして良い意味で印象に残った塾が2校あるからです。子供のことを本当に考えている塾の典型と感じました。1校目はお茶の水にある中学受験塾ですが、その理念「親の心構え:受験とは子供にとって成長の機会...合格しただけで受験の成否を決めることはできない...受験勉強と知性は無関係である...」を読み感動いたしました。「生徒に対する大人のとるべき態度は自己存在の絶対的承認を子供に与えることで安心感を得させ、厳しい競争へ自信をもって参加させること」と断言されています。勉強の前提を強制からスタートさせ個を否定する竹の会とは考え方が異なります。2校目の三鷹の中高受験(検)塾(講師は塾長お一人)では竹の会と違い多くの生徒さんが学校のクラブ活動に参加しておられるようです。しかし自然と勉強に集中するようになるようです。受験期には皆さん毎日その塾に通われるほどで、塾の環境は静謐そのものだそうです。この2校の先生は決して生徒を型にはめようとはなさっていないと感じられます。自分の実力にあった「目標校」を勧めておられますし、共通して「不合格」の場合の受験の意義に関して言及されています。中学生が受験後に迎えるモラトリアム期における健康的な精神成長にどちらのアプローチが「より」良いかを考えると、親ができることは良い講師に子供を引き合わせるとではないでしょうか。決して阿部氏を批判しているわけではありません。彼を支持される方も多くいられるわけですからそれは否定されることではありません。ただ、わたしは感じた疑問に素直に従っただけです。私は他のスレで理想の塾に関して鶴見俊輔氏の言葉を引用して意見を書かせていただきましたが、竹の会のようにクラブ活動や習い事を禁止し、「竹の会=善」「合格=善」という強制による「均質性」(いい子だけ)を重視する指導よりもその対極の立場、すなわち「できない=悪」を否定し、生徒たちの「偶然性」つまり個性をきっかけに指導する立場を支持します。学校だけでなく塾においても然りです。阿部氏は「勉強を一番の価値として行動する教え子にのみ心血を注ぐ」とおっしゃっていますが、上に記したように子供たちを厳しい勉強に参加させるための素地を与えるプライミングが欠如しているから優秀でないと烙印を押した成果のでない生徒に講師の失望感を通達するという一方的な行動をとられるのではないでしょうか。実際私にも子供のころそのような経験があります。型にはめられ実力を発揮できず、疎外感の日々はつらいものでした。そのため、わたしは、そのような指導環境での竹の会塾生の理解力進歩の優越性を想像できませんでした。大手塾に通う子供や保護者たちを強く批判しながら、ご自身の会の出身者を高く評価される我田引水的な毀誉褒貶には失望いたしました。また、塾のカリキュラムに関しても、承認欲求が滲み出ている口調のため誇張が多く衒学的な内容という印象でした。阿部氏ご本人やうーん様、オクトパス様が不思議と口を揃えておっしゃる心血を注いだ指導ということですので実際、非経験者には想像できないほど晴らしい指導なのでしょう。ただご自身が強く信じられている竹の会の優越性を喧伝される際のエクリチュールをもう少し韜晦的にされた方がよろしいのではと感じます。その方が広く受け入れられると思います。老婆心ながらご忠告まで。

あわせてチェックしたい関連掲示板