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【3747113】天皇制、皇室、神道などについて語ろう

投稿者: この国のかたち   (ID:X7XvQsXCyFQ) 投稿日時:2015年 05月 23日 12:26

このお題で語りたい人は沢山いるでしょう。 老若男女あらゆる人歓迎。
ただし、特定の個人の誹謗、中傷は遠慮願います。事実を元に語り合いましょう。


まず私から。

天皇制は日本の歴史そのもの。権威と権力を分ける日本の知恵と言ってもいい。政治権力は変われど連綿と続く(初期神話時代の天皇は除く)天皇家は存続すべきだ。 天然記念物としての価値も大きい。

日本史を作ってきた天皇家に後継男子がほとんどいないのは危機。今の体制を持続できないなら旧宮家を復活して皇位継承者を増やしたほうがいい。

雅子皇后はどうなんだろう? 宮中祭祀をほとんどできない皇后はいる必要があるんだろうか?  海外行事のみ参加では日本古来の伝統をないがしろにすることになる。病気が回復しないならやはり皇后としての公務は無理だろう。病気療養に専念されるほうがいい。

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  1. 【3747154】 投稿者: 元号しんどくないですか  (ID:MOVCIXX2/dA) 投稿日時:2015年 05月 23日 13:56

    皇室は好きです。日曜の皇室番組、週刊誌の皇室記事、一通りは読みます。でも元号は正直しんどい。昭和の時は何も思わなかったけど、平成になり2000年になり、いちいち足し算引き算、あげく二桁で書いてあったら平成なのか西暦なのか、さらに元号が変わったらどうするんだろう、混乱しませんか。

  2. 【3747207】 投稿者: 労しい  (ID:wz8riD7UeTU) 投稿日時:2015年 05月 23日 15:26

    今生天皇が皇太子だったときに、皇室から出たいと発言したことがありましたね。
    当然だと思います。
    象徴天皇制とは、国民の上に天皇陛下が載る仕組みではなく、国民に天皇陛下が奉仕する仕組みになっていまっています。
    だから、税金を使っているの云々と文句を言いだす人が多数。
    天皇家としてみれば、終戦の時に一度ピリオドを打ちたかったかもしれません。
    それほどまでに、象徴天皇制というのは酷い制度です。
    あまりに皇室に対して失礼な内容なのです。

    個人的な意見ですが、もう少し天皇陛下には権限を持っていただきたいと思います。
    現在の二院制はまったく意味をなしていないので、参議院を廃止して、天皇陛下(ならびに皇室)に参議院の機能を持っていただくのです(枢密院のように)。
    また、天皇陛下になった後でも、皇太子までと同様に、嫌ならばやめられる権利が必要でしょう。
    それがないと、基本的人権が損なわれたままです。天皇陛下にこそ、基本的人権を持っていただきたいと思います。

    なお、神道については、以下のように考えています。

    天皇家は神道を司る存在ではあるものの、古来から仏教を庇護するなど、宗教性の薄さが特徴です。
    宗教性が薄いために、他国では悲惨な状況が現出した宗教戦争をほぼ経験することなく現在までやってきました。

    神道には、他の宗教にあるような「教義」がありません。これも非常に優れたものであると思っています。
    「教義」がないからこそ、天皇家が仏教を保護したり、天皇家の一員がキリスト教系大学に行くことも不思議ではないのです。
    「戒律」や「教義」がないことは、宗教としてみると不完全と見なされる場合もありますが、実は非常に現代的で、先進的だと考えることもできます。

    とにかく、現在の皇室のあり方はよくありません。
    もっと権限を持たせられないのであれば、皇室の皆さんにも「やめる自由」が必要です。
    存続して欲しいからこそ、必要なのは権限だと思っています。

  3. 【3747257】 投稿者: 不思議  (ID:PL0T.zc6P8Y) 投稿日時:2015年 05月 23日 16:51

    戦後の妃殿下方は語学に堪能だったり、国際経験豊富な方が多い

    昔、大学の英語の授業で聴衆の反応もふくめて昭和天皇とレーガン大統領のスピーチの違いというのをやってたけど
    皮肉なことに、天皇陛下のスピーチには宗教色は無く、レーガン大統領のスピーチには聖書の引用が何度もある

    また聴衆も日本側は頭を垂れて拝聴する
    アメリカ側はしっかり話す相手の顔を見る
    日本側で美智子妃殿下だけが顔をおこして昭和天皇を直視していた
    教授が「この方がどのような教育を受けてきたか、皇室でご病気になられる訳がこれで分かるでしょう」と言ったけど
    雅子妃も似たような状況に置かれたんだなと思う
    皇后陛下になられても雅子妃がやりたかった皇室外交を行う実質的なロイヤルファミリーはあちらになるんだろうな

    万世一系の天皇家に国際色は必要なのだろうか
    毎回オリンピックの招致合戦をするわけでなし、なじめないくらいならドメスティックなお后でいいと思いますがね

  4. 【3748041】 投稿者: 元号しんどくないですか  (ID:MOVCIXX2/dA) 投稿日時:2015年 05月 24日 15:51

    佳子さまのタンクトップ姿拝見しました。八ヶ岳でしょう。ふさわしい服装なんじゃないかと思いました。宮中晩餐会でもなく普段の通学でもなく、高原のリゾートならあんな感じなんじゃないでしょうか。

  5. 【3753428】 投稿者: 制度化したGHQと共産主義  (ID:qRq1dadIO9A) 投稿日時:2015年 05月 30日 21:47

    日本の占領政策において日本国民を平穏に支配するには「天皇」という存在は不可欠と考えられましたが、戦前、戦中からの国の主権が天皇にあり、神格化された制度は、民主化を進めていく上許容できるものではなかった。再び日本が天皇をトップに祭り上げ軍国主義が復活する事も絶対許せないものでした。
    GHQは戦犯として処分するよりも、その存在意義を低下させる方針を打ち出します。その代表となるのが「人間宣言」です。民主化政策の中で「人権指令」というものも出されました。そして多くの政治犯が釈放されたのです。
    GHQは政治犯に「天皇に関する討議の自由」という権利も許可しました。それまでは許されなかった天皇への批判も可能となったということです。その代表者が沖縄県出身の徳田球一です。
    「人権指令」により釈放された共産党員は約220人です。それ以外に警察の監視下にあった共産主義者も二千数百名程度でした。その割合は日本国民の全体数からはごく僅かな数当初問題視にしていませんでした。
    しかし解放後の昭和25年、マッカーサー司令部の赤狩り、「レッドパージ」に合い共産党は非合法化とされ、共産主義者は全ての職場から追放されたのです。
    徳田球一は北京に亡命し、日本共産党の北京機関を組織し、日本共産党を存続させたのです。
    マッカーサーの「レッドパージ」は1952年5月の講和条約の発効で解除されますが、徳田球一は1953年に北京で客死しました。
    日本の新聞と共産主義との関係の背景には「徳田球一」とマッカーサー司令部の赤狩り、「レッドパージ」の事を知っておく必要もあるとお思います。


    そこで、それぞれのネット情報のURLを以下に示します。

    徳田球一の一生:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E7%94%B0%E7%90%83%E4%B8%80

    レッド・パージ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%B8

  6. 【3753498】 投稿者: 知恵ではなく「結果論」だよ。  (ID:HtYiADHnf2Y) 投稿日時:2015年 05月 30日 23:36

    >天皇制は日本の歴史そのもの。権威と権力を分ける日本の知恵と言ってもいい。

    そもそも天皇家の祖先は、日本統一を果たした大豪族であったわけだが、それと同時に神主の大親玉でもあったわけだ。
    たぶん、日本民族の特徴というかなんというか、単なる強者には従えない、しかし神の託宣を行う大いなる霊能者には従う。
    単なる強者は恐れないが、神は恐れる。そんな気分があったんじゃないかな?
    このことはかの有名な邪馬台国で、女王として絶対的権力を握っていた卑弥呼の死後、
    弟だか誰だかが王として立ったが、人々が従わず、国が乱れに乱れた。
    しかし16歳の神がかった少女「伊予」が新女王として立った瞬間、国がまとまったとの記録があることからも裏付けられる。
    単に女王だからという理由ではなく、「神の託宣を行う霊能者」であることが大きかったのだろう。

    で、天皇家の祖先は考えた。どうせなら神の託宣を行う霊能者というだけでなく、
    自分は神の「子孫」ということにしてしまったらどうか?と。
    この図々しくも、絶妙な奇手が、天皇家を「権威」とし現代まで存続させることになった。

    単なる覇者であれば、中国の王朝のように更なる強者に滅ぼされ、次々と王朝が変わったはずだ。
    しかし日本では政権は武士に移っても、常に天皇家の権威は「別格」だった。
    なんせ武士に政権を担うことを許す征夷大将軍の官位を与えられるのはほかならぬ天皇だけだったからだ。
    このへんは「官位十二階の制度」を考案した聖徳太子のクリーンヒットだな。

    明治維新では実質的には薩長両藩が幕府を倒し、「薩長政権」を樹立させたわけだが、
    この時も「天皇という錦の御旗」があったからこそ薩長の行動は正当化され、
    多くの大名が薩長に従った。

    まあ、現代ではたとえ神道の信者であっても天皇家が神の子孫などと馬鹿げた物語を信じる輩はいないだろう。
    とはいえ、神主の大親玉として古今権威を保ってきた事実は大したものだな。

  7. 【3753589】 投稿者: ⬆  (ID:8wsywpyhLgQ) 投稿日時:2015年 05月 31日 04:05

    皇室を天皇制と制度化した左翼は
    宗教を法人化にした

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