| 1 |
|
| 問1 |
誰ともつながりのない下宿生活で孤独感を味わうより、叔母の家に集まる血縁者や近所の人たちの他愛もない会話の中に逃げ込むほうが束の間でも癒されると無意識に思ったから。 |
| 問2 |
私が感じていた「孤独」は血縁のしがらみという煩わしさ抜け出す目的で選んだ環境によるものである。一方、ベルリンでの「孤独」は個の確立、個に徹することを理念的に課された結果生じたものである。 |
| 問3 |
最近の日本人は個の確立のために血縁のしがらみを切ろうとしている。そのことが一人一人の個人を孤独に追い込むのではないかと危惧していたが、インテリと違い庶民は血縁の中で、個である自分を生かし続けるのではないかと思い返したこと。 |
| 問4 |
血縁のしがらみと自我の確立をいかに調和させるかというような観念的な捉え方ではなく、もっと現実的にそのジレンマを克服するだけの力強さ、したたかな知恵を庶民は持っているのではないかということ。 |
| 問5 |
同じドイツ人が相手だったら、長い歴史と習慣が培った個の確立によって、孤独を当然のものとして引き受ける態度を堅持しなくてはならないから。 |
| 2 |
|
| 問1b |
去年まで孫に瓜を取ってはいけないと叱ってばかりいたが、早逝した孫の新盆の仏壇に、孫を悼んで瓜を供えようとする老男につのる恩愛の情。 |
| 問2d |
起きてみたり寝てみたりするにつけ感じられる蚊帳の広さが夫のいない孤独感に拍車をかける句で、日常の何気ない場面での発見だけに切実感がある。 |