中学生作家が描く、子ども目線の中学受験物語

inter-edu’s eye
読書の秋。中学受験直前の方も、大変な時だからこそ心を落ちつけるための読書がおすすめです。中学受験がテーマの短編小説はいかが? 今秋、作家デビューした鈴木るりかさんの『さよなら、田中さん』。るりかさんは中学2年生。中学生のみずみずしい感性が描く中学受験の物語は、驚くほど完成度が高く、面白く、そしていろいろ考えさせてくれます。

◆14歳が描いた、今どき小学6年生の世界

「中学受験がテーマの小説が発売された」と教えられて、『さよなら、田中さん』という単行本を手にしました。見ると帯に「文学界に、驚異のスーパー中学生、現る!!」とありました。スーパー中学生とは作者の鈴木るりかさんで、現在14歳、中学2年生。その才能を作家の石田衣良さん、あさのあつこさん、それに漫画家の西原理恵子さんたちが絶賛している天才少女なのです。

るりかさんは、小学生のとき、「12歳の文学賞」(小学館主催)で、史上初3年連続大賞を受賞しました。その才能に惚れ込んだ出版社が担当編集をつけ、受賞作の改稿に加えて、中学生になってから書き下ろした作品を含めて単行本化したのが、この『さよなら、田中さん』なのです。

中学2年にして作家デビューを果たした鈴木るりかさんとは、どんな女の子なのだろうとプロフィールを見てみると、かわいらしい笑顔の顔写真がのっていて、東京都生まれ、学校では家庭科クラブに所属し、一人っ子。好きな科目は国語で、嫌いな科目は数学。一見、ごくごく普通の女子中学生のようです。

この『さよなら、田中さん』は連作短編集になっていて、登場人物が共通する5つの作品が掲載されています。中学受験がテーマなのは、単行本タイトルになっていて、最後に掲載されている「さよなら、田中さん」でした。そこで順序は逆になりますが、これから読んでみることにしました。

◆子ども目線の、悲しくも温かい中学受験物語

さよなら田中さん,鈴木るりか

「さよなら、田中さん」を読み終えて、心の底から驚いてしまいました。「本当にこれが中学生が書いたものなの?」という驚きです。読み始めて早々に、作者が中学生だとか中学受験がテーマなどといったことは忘れて、純粋に小説としての面白さに引きこまれていきました。

主人公は、優秀な兄姉を持ち、お母さんが中学受験を当然のことと信じている裕福な家庭の男の子。その男の子の一人称で語られるストーリーは、今の時代がそのまま描かれているようで、リアリティにあふれています。男の子、その家族、そしてこの作品では脇役として男の子を支える立場にある連作短編のヒロイン、花実ちゃんとその母親。彼ら登場人物の会話や行動には、まるで身近にいる人物のような親しみを覚えました。

とりわけ主人公の男の子。お母さんの期待に応えたいと願いながら、それが叶わない現実に思い悩む、気が弱くて心優しい6年生男子の心情には心を動かされます。友達との会話、母親やきょうだいとの会話、そしてひとり言、そのどれもが親しくしている現実の男の子のように感じられて、ほろっときてしまうのです。まだ幼さを残した男の子の心情を、これほどまでにみずみずしく描けるのは、もしかしたら作者の年齢が近いからなのでしょうか?

物語は、悲しみと希望がないまぜとなったクライマックスを迎えます。話の流れはとても自然で、ほろ苦くも心地よい、さわやかな読後感です。

読後しばらくして、ふと、大人は子どもの心の揺れ動きを、どれだけ感じ取れているのだろうかと考えている自分に気づきました。鈴木るりかさんが描いた男の子の心は、そうだろうなあと共感できるものでした。でも実際の子どもを前にして、同じくらい共感できているのかという不安です。身近な子どもであればあるほど、その子を思う自分の思いに心を支配されて、逆にその子自身の心をうっかり置き去りにしてしまう危険があるかもしれません。中学2年生の作家、鈴木るりかさんがリアルに描ききった今どきの男の子の心持ちを、私たち大人も、もっともっと想像力を持って感じ取る努力をしなければいけないような気がします。

◆この秋、イチ押しの小説です!

さてこの連作短編集には、「さよなら、田中さん」のほかに4作品が掲載されていますが、その主人公はいずれも、「さよなら、田中さん」の田中さんにあたる6年生の田中花実ちゃん。ユニークなお母さんと2人暮らしの貧しい家庭の女の子です。この一風変わった親子キャラクターが、この連作短編集の最大の魅力です。

純粋に小説として楽しみたいときは、ページ順に、「いつかどこかで」「花も実もある」「Dランドは遠い」「銀杏拾い」、そして最後に「さよなら、田中さん」をお読みになることをおすすめします。そうすることで、花実ちゃんを中心とした世界の豊かさを存分に味わうことができます。

今どきの子どもの世界、子ども目線で見た大人の世界、それらをひっくるめた「るりかワールド」。それは、各短編のプロットが破綻することなく交錯した優しく温かい世界です。会話やエピソードからは作者の豊かな表現力を、ディテールに散りばめられたことわざや故事来歴からは作者の深い知識と教養が感じられます。作風としては、現代的でもあり古典的でもあり、「本当にこれが中学生が書いたものなの?」と言いたくなる完成度なのです。

実は、「どんなアドバイスされたのですか?」と、担当編集の片江佳葉子さんに伺ってみたのですが、お返事は以下のようなものでした。

「取材に来られたジャーナリストの方々からも、どんなアドバイスを?と聞かれるのですが、私は一切アドバイスなどしていません。私自身が、るりかさんの才能と成長に心の底から驚いているのです。
確かに、受賞作を本にするなら、同じ人物が登場する短編をいくつか加えて連作短編集にするといいでしょう、というアドバイスはしました。でもそれだけです。当時彼女は中学受験の予定があったので、それなら次作は中学生になってからですね、とお話ししたのを覚えています。
そして中学生になってから届いたのが、『花も実もある』と『銀杏拾い』、それに表題になっている『さよなら、田中さん』でした。届いた作品の完成度が受賞作をはるかに超えていることに、読んだ私はもう、びっくり! すごい才能だと思います。作家の先生方が絶賛しておられますが、事前に読んでいただいた書店員の方からも賞賛の声が寄せられているんですよ。」

片江さんによると、鈴木るりかさんのお宅はごくごくフツーのご家庭だそう。彼女の知識教養レベルがきわめて高い原因を想像するとすれば、本が大好きで、自宅近くの図書館に毎日通っていたことがあげられるとのこと。そういえば、プロフィールに、好きな作家として志賀直哉と吉村昭がのっていました。今どきの女の子としては珍しいかもしれません。

というわけで、秋の読書にイチ押しの作品として、この『さよなら、田中さん』をおすすめしたいと思います。中学受験をどう描いているのかなという興味で読むもよし、純粋に小説として楽しむもよし、どちらにしてもとても有意義な読書タイムとなることでしょう。

最後にちょっとお得情報を。「さよなら、田中さん」だけを先に読みたいという方は、今ならWEBで読むことができます。こちらからどうぞ。

さよなら、田中さん,小学館

さよなら、田中さん
鈴木るりか著、小学館刊、1200円+税

出版界の話題をさらう新人作家がデビューします。鈴木るりか。平成15年生まれの中学2年生。小学館が主催する「12歳の文学賞」史上初3年連続大賞受賞。その際、あさのあつこ氏、石田衣良氏、西原理恵子氏ら先生方から大絶賛を受けましたが、すごいのはその先です。受賞作をもとに連作短編集に仕上げるため書き下ろし原稿を依頼したのですが、その進化がめざましく、3編の素晴らしい原稿が上がって来ました。著者14歳の誕生日に待望のデビュー作を刊行します。是非、この新しい才能を感じてください。
【作品概要】田中花実は小学6年生。ビンボーな母子家庭だけれど、底抜けに明るいお母さんと、毎日大笑い、大食らいで過ごしている。そんな花実とお母さんを中心とした日常の大事件やささいな出来事を、時に可笑しく、時にはホロッと泣かせる筆致で描ききる。今までにないみずみずしい目線と鮮やかな感性で綴られた文章には、新鮮な驚きが。友人とお父さんのほろ苦い交流を描く「いつかどこかで」、お母さんの再婚劇に奔走する花実の姿が切ない「花も実もある」、小学4年生時の初受賞作を大幅改稿した「Dランドは遠い」、田中母娘らしい七五三の思い出を綴った「銀杏拾い」、中学受験と、そこにまつわる現代の毒親を子供の目線でみずみずしく描ききった「さよなら、田中さん」。全5編収録。…購入はこちらから

鈴木るりか

著者の鈴木るりか(すずき るりか)さん
2003年10月17日東京都生まれ。血液型A型。史上初、小学4年、5年、6年生時に、3年連続で小学館主催『12歳の文学賞』大賞を受賞。現在都内の中学校2年在学中。学校では家庭科クラブに所属。一人っ子。趣味は、この春から始めたギターとゲームと料理。好きな作家:志賀直哉、吉村昭、好きな科目:国語、嫌いな科目:数学、好きな音楽:ボカロ、好きな有名人:さまぁ~ずの三村さん、将来の夢:小説だけでなく、シナリオや漫画にも挑戦したい。


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