AIに負けない未来「読解力」がカギを握る!?

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世界中で研究が進められているAI(人工知能)。翻訳や画像認識、文章理解などの精度も急速に上がり、さまざまな分野に技術が採用されています。今の中高生が社会に出るころは、あらゆる分野に導入されているかもしれません。そんな中、学力がAI並みになってきた子どもたちの実態が浮かび上がってきました。これでは人間がAIに負ける! 長年AIプロジェクトに携わった数学者が警告を発しています。

AIの能力がMARCH合格圏内に入った!?

AIの能力がMARCH合格圏内に入った

今回紹介する書籍のタイトルは『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社刊)。著者の新井紀子さんは、2011年にスタートした人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」というプロジェクトの責任者をつとめている数学者です。このプロジェクトは新聞やテレビで何度も取り上げられたことがあるので、ご存じの方も多いでしょう。

新井さんがプロジェクトで7年間にわたって鍛えたAI、愛称「東ロボくん」は、最初こそ大学入試の問題を解かせてみると「偏差値45」にしかなりませんでしたが、大量のデータを使って機械学習させた結果、偏差値は57.1まで向上。MARCH(明治大学、青山学院大学、立教大学、中央大学、法政大学)や関関同立(関西大学、関西学院大学、同志社大学、立命館大学)といった難関私立大学の一部学科で合格可能性80%というレベルまで「かしこく」なりました。

「東ロボくん」と名付けられているにもかかわらず、このプロジェクトはAIロボットに東大合格をさせることが目的ではありません。「AIはこんなこともできるんだよ、世界ではそれ以上のスピードでAI技術の開発が進んでいるんだよ」というAIの現実を、大勢の人に感じてもらうためのプロジェクトでした。

AIには何ができて、何ができないのか、AIの普及でなくなる仕事となくならない仕事、そしてAIに負けない人間の学力とは何なのか。そうしたことを大勢の人に向けて明らかにしよう、こうした目的で書かれたのが本書です。

コンピュータはあくまで計算機、“真のAI”は完成しない!

AIは、人間がしている仕事、特にホワイトカラーの仕事を代替すると、世界中の研究者が見ています。中には、AIが人間の能力を超え、誰の力も借りずに自律的に学習し、さらなる高度な知能を獲得するといった説もあります。

センセーショナルな言説を目にすると、「コンピュータに支配される?」などと心配になってしまうかもしれませんが、著者の新井さんによれば、「そんなことは無理」ときっぱり。それはコンピュータが「計算機」でしかないからです。

これは、コンピュータ技術者にとって当たり前のことです。WEBで情報検索をしてもスマホに音声で質問しても、コンピュータが質問を理解して適切な情報を表示しているわけではありません。ただ入力した文字に応じて計算しているだけです。ノートパソコンもスマホも介護ロボットも、もちろん「東ロボくん」も、みな一緒です。

AIは計算機ですから、数値に変換できるものしか扱えません。文章や画像、音声などを数学的な手法で数値化し、四則演算、より厳密に言えば足し算を使って計算し、結果を表示しているのです。

その数学的な手法というのが、「論理・確率・統計」の3つ。著者は数学者として断言しています。

「数学は、論理的に言えること、確率的に言えること、統計的に言えることは、実に美しく表現」することができるが、それ以外の常識や文章の「意味」は、数学の言葉で記述する方法がないのです。「東ロボくん」は偏差値60弱まで進化して以降、足踏みしましたが、その理由も「計算機だから」でした。偏差値65以上をクリアする問題は、文章の意味を理解していないとほとんど解けないのです。

文章の意味が分からないAI並み!? 中高生の「読解力」

意味の分からないAIに似てきた中高生の読解力

AIロボットが人間の仕事を100%代替する未来は来そうにありませんが、著者はそれでも危惧しています。それは中高生の「読解力」。分野を限ればAIロボットの性能が年々進化しているのに、中高生の基礎的読解力は、AI並みのままだというのです。

実は著者、「東ロボくん」プロジェクトと平行して、累計25000人の生徒(中高生中心)を対象に、基礎的読解力の大規模な調査と分析も実施しています。それは、RST(リーディングスキルテスト)と名付けられています。

すでに「自然言語処理※」で盛んに研究されている「係り受け解析」や「照応解決」というベンチマークを参考に人間用の問題を作り、中高生に解いてもらうのです。「係り受け解析」とは、文章を文節に分解したとき、主語と述語、修飾語と被修飾語の関係を理解すること、「照応解析」とは、文中の指示代名詞が何を示すのか理解することです。( ※自然言語処理…人間が日常的に使っている自然言語をコンピュータに処理させる一連の技術であり、人工知能と言語学の一分野のこと。)

人間のテストで言えば、文章を読んで「次の文中の空欄にふさわしいものを選びなさい」と言った問題です。こうしたテストは、AIが得意とするジャンル。分野にもよりますが、「係り受け解析」では正答率80%を超えることもあるそうです。

一方、長年の研究にもかかわらず、AIが苦手としているのは「同義文判定」でした。下の二つの文章の意味が同じか、それとも異なるのかを答える課題です。

・義経は平氏を追い詰め、ついに壇ノ浦でほろぼした。
・平氏は義経に追いつめられ、ついに壇ノ浦でほろぼされた。

答えは当然「同じ」です。単語はほぼ一緒で片方が受け身になっただけですから、人間ならばすぐに判定がつくでしょう。しかし、AIには意外に難しい。

こうした、AIが得意な分野と苦手な分野を合わせ、課題を「係り受け解析」「照応解決」「同義文判定」「推論」「イメージ固定」「具体例同定」の6種類に分類し、それぞれに多数の設問を設定して中高生に解いてもらいました。AIの性能を測るテストと同じことをしたわけです。

結果は惨憺たるものでした。中高生の3人にひとりが、教科書レベルの簡単な文章が読めないのです。AIが得意とする「係り受け」問題の正答率は中学生が70%弱、高校生が80%。高校生は、統計と確率の手法を使って問題を解く「東ロボくん」並み、中学生は、意味を理解しているわけではない「東ロボくん」に負けています。

AIが不得意とする「同義文判定」「推論」「イメージ固定」「具体例同定」では、中高生に7割くらいの正答率を著者は期待していたようですが、テスト全体を分析すると、かろうじてそのレベルに達しているのは「同義文判定」のみで、その他はほぼ半分以下。中高生の読解力は、意味を理解できないAI並みになっていると言っても過言ではありません。

文章の読解力向上でAIに勝てる、成績も上がる!

「日本の中高生の読解力は危機的と言っていい状態」にあると、著者は語っています。大量のドリルをこなすことで、数学の計算能力が上がったり、英単語や歴史年表などの知識量は増えているのかもしれませんが、一定の長さの文章になると、文意を読み取れない。表層的な知識と言えるのかもしれません。教科書レベルの文章を正確に読む基礎的な読解力がなければ、テストの問題を見ても、出題者の意図を把握することは困難になるでしょう。

今後、あらゆる分野にAI研究から生まれた技術が導入されますから、人間にAIにはできないこと、つまり、高度な読解力や柔軟な思考、判断力、コミュニケーション能力が求められるでしょう。そんな時代に、子どもたちが基礎的読解力さえ身につけずに社会に出たとすれば、AIに負ける可能性が高いのです。コンピュータは計算が大の得意ですから、数値化できるデータを処理する能力では、人間がかなうはずもありません。

でも、新井さんたちの研究で、こういった課題が見えてきたのですから、悲観することもないのかもしれません。文章の読解力の高い生徒ほど成績がいいことは確かですから、中学校を卒業する段階で、教科書の文章が正確に把握できる読解力を身につけておけば、あとは本人の意欲だけ。そうすれば自然と成績も上がることでしょう。

同じ数学者の藤原正彦さんが「一に国語、二に国語…」と言っていることをもじって、著者は、「一に読解、二に読解、三、四は遊びで、五に算数」と主張しています。さらに学校での給食当番や掃除当番などの班活動が大切だと。そして「それ以外はいらない」とまで考えているのです。読解力向上こそが、AIに負けないための秘訣。この部分には、全面的に賛成したくなりました。

では、どうすれば読解力が身につくのか。まだ確証が得られていない、という理由で著者はその具体的な方法を示していません。推測として「多読より精読、深読」にあるのかもしれないと書かれているだけです。一つひとつの文章をたんねんに読み込み、論理的に理解する訓練をする必要があるということでしょうか。ただ、著者には秘めたアイデアがあるようにも見受けられるので、次回作に期待したいところです。

本書は、数学者が書いた書籍であるにもかかわらず、数式や専門用語があまり使われていないので比較的読みやすい文章です。特に、AIの実態や限界にまで踏み込んだ解説は、現代人必読の内容と言えます。

コンピュータについて興味がない方は前半がつらいかもしれませんが、その場合は、3章、4章を先に読み、1章に戻ってもよいでしょう。子どもの将来を考えながら、AIについて理解を深めてみませんか?

『AI vs 教科書が読めない子どもたち』新井紀子

『AI vs 教科書が読めない子どもたち』
新井紀子著、東洋経済新報社刊、1500円+税
人工知能研究を行っている数学者が「AIと人間」という観点からAIの実態を解説した話題作。昨年発売されて以来、大きな反響を呼び、28万部以上を売り上げている。 今は第三期のAIブームと言われていますが、前のブームとは違い、AI技術が精度を上げ、音声や画像の認識、WEB検索、コールセンターの回答支援、医療分野など、さまざまな分野で導入が進んでいます。一方で人間の読解力が意外に低いということも、著者の調査で判明しました。このままいけば、人間の仕事の多くがAIに代替されてしまうのではないか。AIと共存する時代に求められる人間の能力は何なのか。気鋭の数学者が懇切ていねいに解説します。 …購入はこちらから

著者の新井紀子(あらい のりこ)さん
国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。 東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科単位取得退学(ABD)。東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクターを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。著書に『ハッピーになれる算数』『生き抜くための数学入門』(以上、イーストプレス)、『数学は言葉』(東京図書)『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)など。


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