学習効果抜群と注目される「対話型鑑賞」の入門書

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美術鑑賞の世界から始まった「対話型鑑賞」。子どもたちが主体的に考える能力を養うには効果抜群だとして注目を集めています。愛媛県で、4年間にわたり「対話型鑑賞」を他教科に応用・普及するプロジェクトに関わってきた著者が、実践を通じて得られた「対話型鑑賞」の可能性と魅力について語った入門書をご紹介します。

美術鑑賞法をさまざまな教科に活かす

美術鑑賞法をさまざまな教科に活かす

今回、ご紹介する本のタイトルは『教えない授業 美術館発、「正解のない問い」に挑む力の育て方 』(英治出版)。愛媛県美術館の学芸員として、「対話型鑑賞」を他教科に活用・普及するプロジェクトに参加した鈴木有紀さんが、「対話型鑑賞(学習)」とは何なのか、どのような学習効果があるのかをていねいに解説した本です。

本書のテーマである「対話型鑑賞」とは、1980年代にニューヨーク近代美術館で生まれたプログラムです。学芸員が作品についての情報や解釈を一方的に解説するのではなく、「鑑賞者自身の思いを尊重」し、グループでの対話を通して作品を味わう学習法です。

日本では1990年代から徐々に美術館を中心普及が進み、各地の美術館で人気のプログラムとなっています。もともとは美術鑑賞法のひとつでしたが、「自ら学ぶ力」や「正解のない問いに挑む力」を養うにはうってつけの学習スタイルということで教育関係者から注目を集め、各地の学校で国語や算数、体育など幅広い教科や学年に応用されています。

近年ではオリジナルを尊重しつつ、日本の状況に合わせて進化しており、「鑑賞力だけではなく、観察力・批判的思考力・言語能力・コミュニケーション能力といった総合的な『生きる力』の育成につながる」として学校現場で用いられているそうです。また、論理的思考力やコミュニケーション能力を磨き、他者の話に耳を傾けるといった、ビジネスには不可欠の能力を身につけるときに効果的な学習法だと認められ、ビジネス界でも社員研修に応用されるケースが増えています。

教えない。ひたすら問いかける

本書は次のような構成になっています。

第1章 問いかけの魔法——対話型学習とは何なのか
第2章 学びを促す仕掛け——対話型鑑賞の4つの柱
第3章 ある日の「教えない授業」
第4章 対話が生まれる理由——授業の中で起きていること
第5章 さまざまな分野で「対話型授業」
第6章 ナビゲーションの実践
第7章 よりよい学びの場づくりのために
第8章 対話型授業がひらく未来

第1章と第2章で「対話型鑑賞(学習)」とは何なのか、実践するにあたってポイントはどこにあるのかについて解説したのち、その効果や実践例、応用事例を紹介していくスタイルです。

著者は第1章で、「対話型鑑賞」について、次のように語っています。

「最初に知識を求めるのではなく、まずは自分の目でじっくりみて、考えること。本書のテーマである対話型鑑賞は、それを促す手法と言えます。」

対話型鑑賞を取り入れた授業の特徴は、「教えないこと」なのだそうです。美術鑑賞のプログラムとして生まれただけに、「対話型鑑賞」では、絵や写真などの視覚教材を非常に重視していますが、いきなり絵を見せて「感じたことを話してください」と言われても、すんなり話せる子は多くありません。

読書感想文で経験した方も多いと思いますが、いきなり感想を書け、といわれても、なかなか書けるものではありませんよね。それと同じです。「感想を話して」と言われると、つい、大人に気に入られるようなことを言わなくてはと、心に本当に浮かんだことが言えなくなってしまうものです。

対話型鑑賞では、従来の授業では、すんなりと口にできなかった子どもの思いを引き出すため、「問いかけ」の手法が使われています。ただ、子どもに問いかけるとき、重要なポイントが2つほどあるそうです。

そのひとつが、発言のハードルを下げること。たとえば教師が絵や写真を見せて、「これは何だと思う?」「どのように見える?」といったように、「さまざまな見方を引き出す問いを投げかけ」、子どもが自分自身の言葉で、今現在、感じたこと、思ったことを発言できるようサポートするのです。たとえば、このように。

「絵の中でみつけたこと、気づいたこと、考えたこと、疑問でも何でもいいので話していきましょう」

そう、「何を言ってもいいんだ」という雰囲気をつくり、子どもを安心させることが重要なのです。そして、「話してください」ではなく、みんなで「話していきましょう」。大勢の子どもたちと先生が一緒になって、感じたこと、思ったこと、考えたことを発言し合い、自由闊達な対話を行うのです。

「対話型鑑賞」には家庭学習に応用可能なヒントも詰まっている

対話型鑑賞

「対話型鑑賞」で使われる問いで重要なポイントが、問いかけの言葉です。大人の場合、子どもに問いかけるとき、つい「なぜ」「どうして」を使ってしまいがちですが、これはダメ。素朴な感想、思いに対しては、抽象性が高すぎて、答えにくいのです。大人でも「なぜ」と聞かれてうまく答えられない人がいるのですから、子どもにはほとんど無理と考えたほうがいい。

では、どう問いかけるのか。「どこからそう思う?」と問うのがいちばん、というのが、対話型鑑賞を実践してきた専門家が出した結論です。

「なぜ?」ではなく「どこから?」と問われれば、絵の中のこの部分を見てそう思ったと、具体的に答えることが可能です。しかも、自分が見た絵の中に描かれたものを、言葉にすることができます。絵を鑑賞し、専門家から話を聞くだけではわからなかった「自分の思い」を、言語化することで客観的に認識できるようになるわけです。

第3章以降の実践例をみると、その効果は絶大のようです。むろん、実践するには他にもさまざまなテクニックや準備が要求されます。その解説については本書を読んでいただきたいのですが、ひとつおもしろいことに気づきました。

対話型鑑賞では、対象をよく見て、考え、言葉にして人に話し、他人の話をよく聴く、という4つの要素が重要なのですが、それは大人の側も一緒だということ。大人が一方的に教える学習法では、自分で考えて話すだけで事足りるかもしれませんが、対話型学習では、教師の側も、子どもと同じステージに立ち、子ども以上に見たこと、考えたことを言語化しておかないといけないのです。対話型鑑賞で教師に当たる人間のことを「ナビゲーター」と呼ぶ所以です。

本書は対話型鑑賞に関心を持ち、実践してみたいと思う教師を対象にした部分が多いのですが、ナビゲーターとなり、問いかけを通じて子どもの表現力を引き出し、思考力を高める手伝いをするという点では、親も同じでしょう。

そう考えて本書を読み直してみると、問いかけの方法や言葉の選び方、子どものリアクションに対する切り返しの方法など、家庭内学習に応用できるポイントもたくさんあります。親と学校の先生で大きく違うのは、大勢を相手にするか自分の子だけか、ということくらいで、あとはほとんど応用可能なことばかりです。

2020年度から実施される新学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」を目指すとしています。これからは、ますます「主体的に学ぶ力」が求められるようになるでしょう。そんな時代を生きる子どもたちのために、親は何をすればいいのか。そう考えている親御さんに読んでいただきたい一冊です。


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『教えない授業 美術館発、「正解のない問い」に挑む力の育て方 』
鈴木有紀 著、英治出版刊、1600円+税

ニューヨーク近代美術館で始まった「対話型鑑賞」。最近では企業で人材育成に携わる人からも注目され、研修にとりいれる会社も出てきています。美術鑑賞の世界から始まったこの学習法を国語、理科、社会、体育などさまざまな教科に応用・普及させたのが愛媛県です。
4年にわたって続けられたこのプロジェクトに参加した著者が、「対話型鑑賞(学習)」の魅力と可能性を伝え、実践する人たちを後押ししたいと考えて執筆されたのが本書です。近年、関心が高まっている「対話型鑑賞(学習)」とは何なのか、子どもたちの「主体的な学び」を引き出しやすいのかを解説。あわせて愛媛県で行われた実践例も紹介されています。
どちらかといえば教師向けの内容ではありますが、家庭学習にも応用できるヒントも多数あります。学校だけではなくビジネスの世界からも注目を集めつつある「対話型鑑賞(学習)」を知るためには格好の入門書と言えるでしょう。

鈴木有紀(すずき ゆき)さん
愛媛県美術館学芸員。1969年、愛媛県生まれ。
県内の自然・科学系博物館、歴史系博物館の勤務を経て、2001年より現職。美術館の教育普及を担当し、館内外で「対話型鑑賞」の普及に努める。2013年からは県内の小中学校等と連携して教育現場への導入に取り組んでいる。2015年度から4年間、文化庁の補助事業の一環として愛媛県美術館が県内博物館や小中学校、外部専門家とともに実施した「えひめ「対話型授業」プロジェクト」では、美術にとどまらず幅広い教科での活用・応用を推進。対話型鑑賞のさらなる促進に努めている。


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