子煩悩母の手作り教材に感謝! 長濱幸大さんインタビュー

東京大学文学部4年長濱幸大さんプロフィール

■長濱 幸大さんプロフィール■

浅野学園中学・高等学校出身
東京大学文学部4年
家族構成:父・母・弟

■inter-edu’s eye■
お子さまかわいさに、つい過保護になってしまうお母さま方はいませんか? お子さま自身は、そんなお母さまに対してどんな気持ちを抱いているのでしょうか。また、受験にはどんな影響が…? 東大生の長濱さんにインタビューしました。

手作り教材で大逆転! 中学受験

東京大学文学部4年長濱幸大さん1

◆虫好きから勉強好きに!

エデュ:中学受験を志したきっかけは何でしたか?

長濱さん:幼稚園から小学校にかけて、母がいろいろな習い事をさせてくれました。ピアノや柔道、水泳、書道、サッカー…、どれもあまり伸びなくて、唯一伸びたのが、勉強だったんです。それで、受験を視野に入れることになりました。

エデュ:勉強が得意だということには、どうやって気づけたんですか?

長濱さん:小さいころから虫が大好きだったのをきっかけに、まずは理科から好きになり、勉強全般が得意になりました。習い事の一つとして受けていた、日能研の通信教育「知の翼」で、かなり勉強の伸びが見られたんです。

エデュ:「知の翼」をはじめ、当時の家庭学習はどのようにやっていたんですか?

長濱さん:母の独自のやり方で、週を「勉強する日」「勉強しない日」にしっかり分けて、やる日はみっちり隣で見てくれていました。あと、母がよく教材を手作りしてくれたんです。

エデュ:え! たとえばどういうものですか?

長濱さん:たとえば、「1+9=10」「2+8=10」など、足すと10になる式の一覧表です。母の手作りは、シンプルで字がきれいだったので、よく眺めていました。それで、かなり基本が頭に入った気がしますね。

東京大学文学部4年長濱幸大さん2

◆過保護母が手を離したら…

エデュ:教材を手作りしてくれるお母さまは、どんな方なんですか?

長濱さん:ぼくが言うのもなんですが、子煩悩母で、過保護なところがありますね。子どもに対してグイグイ全力で愛情を向けてくる分、親子喧嘩も多かったです。当時、そういうところが嫌で、ぼくは離れる態度を見せていました。

エデュ:勉強に関しても、グイグイくる感じだったのでしょうか?

長濱さん:ぼくが離れる態度を取っていたからか、小5のころくらいから、勉強のことで口出しすることはほぼありませんでした。少し距離を置いてくれたのだと思います。

エデュ:それで、長濱さん自身に変化はありましたか?

長濱さん:勉強をやらなくなりました! ぼくは小4から日能研に通っていたのですが、日本一人数の多い校舎で一番上のクラスだったんです。それが小5であまり家で勉強をしなくなり、小6でクラスが下がってしまったんです。

エデュ:それは、まずい展開ですね…

長濱さん:そうでもなかったです。母が距離を置いてくれて、精神的に楽になりましたし、受験については根拠のない自信があったので。志望校の聖光と浅野は、いつも模試でD判定でしたが…。

エデュ:根拠のない自信というのは何なのでしょう?

長濱さん:幼いころから、母がいつもぼくのことをほめて育ててくれました。勉強だけでなく、できたことを全部。だから、大丈夫という自信があったのかもしれません。母は、模試の判定を見て、「もう少し下の学校も受けたら?」と心配していましたが、ぼくは志望校を変えませんでした。

◆D判定を救ったものとは

エデュ:志望校がD判定…。どうやって巻き返したのでしょうか?

長濱さん:小6の12月に本腰を入れました。コピー用紙に、さまざまなところから聖光と浅野、それぞれの傾向と対策を調べて、自分なりにまとめたのです。それを、上から順につぶしていくという対策しました。それで、第一志望の聖光は残念だったのですが、浅野に無事合格できました。

エデュ:なぜ、そのやり方を?

長濱さん:情報を集めてまとめるというのが、得意だったんです。得意になったきっかけは、おそらく母の影響だと思います。母の手作りの教材は、まさに情報を集めてまとめたものでしたから。

point1受験時、これが成功したポイント

やはり、情報を集めてまとめる力を生かした、追い込みですね。母の影響もありましたが、考えてみたら父の影響もあったかもしれません。父がパソコン関係の仕事をしていて、小1から専用のパソコンを与えてくれました。

point2受験時、もっとこうしていたら…

受験校について、もう少し調べてもよかったかもしれません。後悔はありませんが、施設や部活の充実などについて、後から知った情報も多かったので。受験時のモチベーションを上げるためにも、学校について知っておくべきですね。

反抗期からの成長! 大学受験

東京大学文学部4年長濱幸大さん3

◆反抗期! 学校をも巻き込む

エデュ:中学進学後は、どんな学校生活でしたか?

長濱さん:テニス部に入って、けっこうがんばっていました。勉強自体は、試験前しか勉強しなかったけど、300人中50位くらいはキープしていました。やはり情報をまとめる力が活きて、ノートをまとめるのが得意だったんです。

エデュ:お母さまとのかかわり方は変わりましたか?

長濱さん:反抗期でした。母も母で、喧嘩のときは感情的になるし、当時の親子関係はかなり荒れていましたね。心配した担任の先生が面談をしてくれたけど、家庭の問題は、学校では解決できないと感じました。そのあたりから、「自分がしっかりしなきゃな」と思い始めましたね。

◆最後もやっぱり母の影響で

エデュ:家庭の悩みもありながら、勉強はがんばっていたのですね。

長濱さん:中学ではグダグダしてしまったけど、仲のいい友だちが勉強をがんばり始めたのをきっかけに、ぼくも、手をつけていなかった教材を開き始めました。高2からは学校も含め1日13時間くらいは勉強しましたね。

エデュ:高2からその量はすごいですね!

長濱さん:日本史が好きになったことをきっかけに、歴史上の熱い官僚にあこがれて、官僚になりたいという目標ができたんです。それで、東大合格へのモチベーションが高まりました。ぜったいに入りたいなと。

エデュ:塾や予備校は通わなかったんですか?

長濱さん:金銭面であまり親に頼りたくなくて、英語だけMEPLOに通いました。ほかの科目は学校でできそうだと思って。最終的には、母が小学校のころやってくれていたように、「がんばる日」と「休む日」を計画立てるのが自分に合っていて、効果的に受験勉強を進められました。

◆◆長濱さんからのメッセージ◆◆

子煩悩で過保護な母に対し、たくさん反抗しました。本音は、もっと自分の趣味や友だち付き合いをしてほしいなと思っていたのです。でも、子を想ってくれる気持ちはすごく伝わってきました。裕福な家庭ではなかったけど、母はぼくを受験させるため、ぼくが小4のころから仕事を始め、今も続けています。そんな姿を見て、ぼくもがんばろうと思いましたね。

■編集者が見た成功のポイント■

どんなに立派なお母さまでも、どんなに優秀なお子さまでも、必ずしもずっと良好な親子関係が築けるとは限りません。むしろ、おたがいに思い通りにならない時期や、大きな反抗期があって、学びあうことがあるのではないでしょうか。親子の距離感って、とても難しいと思います。

ですが、長濱さんのお話にもあったように、大事なところでは、いつもお母さまの教えが役立ち、お子さまの力になっているものです。うまくいくこと、いかないこと、両方があって当たり前だということなのではないでしょうか。

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