こたつたま子の女子中高一貫校生活

幼児教育の効果 (図形)

 

たま子はいろいろな形が大好きでした。

寄木細工に凝った時期があり、キットを買ってたくさんコースターやへんなものを作りました。

六角形のコースターをつくるのにも段階があって、

・決まりは無く適当に六角形を作る時期

・決まった模様になるように組み合わせて六角形を作る時期

・模様を決め、それを組み合わせてできる形を楽しむ時期

以前書いたように、今でも続けている幼児教育の勉強をしていなかったら、この段階を発見することはできませんでした。

発達段階の見方を勉強していたので、たま子がどんどん工夫していくのを見て、自分で自分を育てるという言葉の意味を実感したのを覚えています。

 

たま子は中学受験の段階で、算数少女ではありません。

成績的には ”フツウより少し良い” です。

大げさですが、どんなに頑張っても上がりませんが、どんなにサボっても下がりません。

算数が中学受験を決める と言われると、不安になります。

正直それほど頑張って勉強してこなかったので、もしかしたらもっと算数が伸びたかもしれないのですが、

頑張ってこなかった時点で、やはりそれほど算数好きではないのでしょう。

バンバンひらめくタイプでもありませんから才能も・・・

 

それでは、あの図形好きはどこに行ってしまったのでしょうか。

いまだにいろいろな形の組み合わせは好きです。

幾何学模様を見ると、指でなぞっています。

 

年長から3年生まで、近所のパズル教室に通っていました。

その頃のたま子は、立方体を転がす問題、投影図、展開図、積み木の数など、空間把握系が得意で、

 ナンバープレイスやビルディングのような仮説思考力系ができませんでした。

得意なプリントは数秒で答えるので、考えていると言うよりも感覚で、幼児のあのカンというか、ひらめきで答えていたと思います。

楽しくて時間を忘れると言っていました。

だから図形が得意なのだと決めつけてしまい、これがどこかに沈んでいってしまうとは考えてもいませんでした。

 

 4年生から中学受験用の塾に入りました。

飛びぬけて良い成績ではありませんでしたが、それほど悪くもなかったのでのんびりしていました。

5年生の終わり頃から、図形の感覚がおかしいと言い出しました。

ひらめかなくなったと言うのです。

また、ひらめいてもそこからどうしたらいいのかわからない。

転塾後の先生の話だと、解いてきた問題数が少なすぎ、経験が無さすぎだと言われました。

あたりまえですが、図形感覚だけでは受験算数の問題は解けないんです。

さらに、成長してたま子の頭の中も変わってきて、感覚的な解き方から論理的な考え方になったのだと思います。

そこをうまくつなげるには、ある程度問題数をこなせばよかったのでしょうけれど、やってこなかった。

 

もしかしたら、あのスピードでひらめく図形感覚が、何かの拍子に浮かび上がり、役立つときがくるかもしれませんが、

中学受験の段階では、沈んでしまって見えません。

 幼児期によくできて、本人がはまるものがあったら、その後にその力を使うときが来るまで応援してやるべきだったと、超教育ママの私は後悔しています。

ただ「勉強しなさい」と言ったのではダメだったかもしれませんが、

「図形が得意なんだから、たくさん問題解くともっとできるようになるよ!」とか、

うまく持ち上げれば、本当に算数が得意になり、さらには算数好きになったかもしれません。

大きなチャンスを逃しました。

得意を伸ばし、不得意の苦手意識をなくそうなんて、どこでも言われていることなのに、

不得意に目がいってしまい、得意を伸ばすことをおろそかにしてしまいました。

 

 

受験生の気持ち

 

たま子が少し前に、ある方から言われたのですが、

「結果はどうあれ・・・」

この言葉に、たま子はめずらしく怒っていました。

「結果はどうあれって、結果のためにがんばってるんだよ!」

「他人事だよねえ」

 

 

何年か前に受験したお母様から聞いた話ですが、

試験の前日、塾の先生から手紙をいただき、その手紙にやはり

「結果はどうあれ、君たちは頑張った。中学生になってもこの頑張りが・・・」

のようなことが書かれていたそうで、そのお子さんは手紙を読んで大パニックになってしまったそうです。

「私、落ちるんだ。だめってことなんだ・・・」と。

結局そのお嬢さんは合格しましたが、前日の夜に泣くお嬢さんをなだめるのが大変だったそうです。

塾に抗議の電話をしようかと思ったが、その余裕もなかったと。

 

たま子は自分で塾を選び、先生も全面的に信頼しています。

先生がアドバイスすれば、なんでもやります。

その先生の口から、「結果はどうあれ・・・」のような、受験生の気持ちから離れた言葉が出たらどうしようと思っていました。

たま子の合格を支援してくれていると、まるっきり信じています。

先生の心のどこかに、『なぐさめの言葉』を用意していると感じたら、どれほど落胆するでしょう。

 

たま子の信じた先生は、「万が一のことは考えなくてよい」と言ってくださいました。

たま子にではなく、その場の全員にですが。

たま子は応援されてうれしそうでした。

不安で自信が無いたま子が言ってもらいたい言葉を 言ってくださった先生に感謝します。

今も先生方が話してくださった話を信じて、言われたことをやっています。

 

中学受験なんて・・・

本当にそう思います。

でも、本人は人生を決める大事な試験だと思っているんです。

通り過ぎるまでは、何を言ってもわかりません。

 

「『受験生』が取れて、ただの『小学生』にもどりたいなぁ」

最近そう言います。

あと、ほんの数日です。

大人は知っていますが、終わったら、ただの小学生ではなくなっていると思います。

以前とは比べものにならないくらい大きく成長しているでしょう。

でも今は、今のこの瞬間のつらさと 4日後に試験があることしか たま子にはわからないのです。

 

最後の5日間

 

日曜日の志望校対策クラスが終了し、キツイ5日間が始まりました。

何がキツイかというと、最後の5日間でやらなければいけないことを、

自分でやり続けなければならないからです。

宿題の提出や過去問の提出もありません。

やったかやらないかのチェックがなくなりました。

 

何をやらなければならないか、指示されていることもありますが、

自分で感じ取らなければならないものもあります。

本当に合格したければ、神経を研ぎ澄ませて必要な勉強を嗅ぎわけるでしょう。

自分自身を分析する力はまだありませんから、本能のようなものが必要だと思います。

 

余裕のあるお子さんは別ですが、たま子のように大逆転ミラクル合格を狙う子どもの場合、

この5日間は大きいのではないでしょうか。

ここでやりきらないと、当日「だめかな?もともとチャレンジだし」なんて弱気になってしまう気がします。

桜蔭受験生は、みんな優秀です。

周りがみんな自分より優秀に見えるなんてものじゃなく、本当にみんな優秀なんです。

それはどんな言葉をかけられても消えないプレッシャーになります。

人と比べたら気持ちが負けます。

自分をしっかり持つためには、根拠の無い合格への思いではなく、

 「やるだけのことはやった!」 とか、「やりのこしはあっても精一杯やった。」とか、

自分なりの心の杖になるものを持って受験してほしいです。

 

 実力が出し切れずに終わってしまうことだけはないように、

親としてだけではなく、人生の先輩として、強く願っています。

 

幼児教育の効果(文章)

 

中学受験の最終段階で、幼児教育の影響を感じることがありました。

幼児教育関係の回し者だと思われてもかまいません。

幼児教育やってよかった。

 

本当に効果があったかどうかは、やらなかったたま子と比べることができないのでわかりませんが、いろいろな選択をしなければならない場面で、「これは幼児期に得意だったからできるかも。それなら、この方向でいこう。」とか、「これは幼児期から興味がなかったから、力をいれないとすぐに抜け落ちる。」とか、親の具体的な判断材料ができたことは確かです。

 

たとえば、たま子は言語系に興味を持たず、

幼児教室の言語ゲームにはぼんやり参加していました。

けれども日記はよく書いていました。

通っていた幼児教室は、たまにエデュでお勧めしている方をみかける、チェーンではありますが小さな教室で、1時間以上子どもを飽きさせないほど授業のテンポが良く、「勉強って楽しい」と子どもに植え付けてくださる先生がそろっている教室でした。

 

その中のある先生が絶妙なコメントを書いてくださるので、たま子は日記を書くのが大好きでした。

言語系に興味の無い子どもでしたから、放っておけば文章を書く能力は育たなかったと思います。

その先生は、うまく引き出すようなコメントを書いてくださいました。

これは、家庭でも役に立ちました。

『きょうはおかあさんとスーパーへ買い物に行きました。たまねぎとにんじんを買いました。』

のような、内容の無い日記には

『たまねぎとにんじんで何を作ったのかな?おいしく食べられた?』

と書いてくださいます。するとたま子は、次の日記で返事をするように

『きょうはおかあさんとスーパーへ行ってじゃがいもとお肉を買いました。カレーを作って食べました。おいしくてたくさん食べました。』

と、書くようになります。さらに先生は

『おかあさんやおとうさんよりもたくさんたべたのかな?おいしかったんだね。』

と広げてくださいます。 そしてたま子の返事は

『今日はお母さんとおでんを作りました。おいしくできました。お父さんはおいしいと言ってたくさん食べました。

わたしもお母さんもうれしかったです。3人ともたくさん食べました。おなべがからっぽになりました。』

くらいになりました。 もちろん、一回のやり取りではなく、何十回かの日記でだんだんとそうなっていったのですが。

(実際の日記・先生のコメントは全てひらがなです)

 

気がついたのは、いつもその先生は”子どもの生活の背景”を引き出そうとしていることです。

場所ならその様子を表現することだけでなく、雰囲気、印象と周りの人の様子

物なら色や形や手触り感想、場面なら自分の気持ちと周りの人の気持ち

『えさをもらったヤギはよろこんだかな?』 『さわったらどんな感じだった?』

『おかあさんはなんて言っていた?』 『お友達も〇〇だったんだね』

こんな一言で、日記を書くときに周りの様子を考えるようになりました。

内容は子どもの内容でとんちんかんな周りの様子を書くことも多かったのですが、

それでもその日にあったことをズラズラ書く日記ではなくなっていきました。

 

たま子が目指す桜蔭の国語は、どーんと広い四角に解答を書く問題が多く、

文章が書けなければ解答用紙が真っ白になってしまいます。

また200字の記述もあります。

6年生までに、文章を書き慣れていてよかったと感じています。

たま子は全てにのんびりしていますので、じっくり時間をかけなければ、自分のものにできないタイプです。 

いままでできなかったことがちょっとしたコツでできたとか、

これをやればすぐに解決するなんてことがうまくいくタイプではありません。

 

中学受験の段階では、結局 カンがよかった図形よりも、コツコツ続けていた国語の方がアテになる教科になりました。

それで私は、たま子に自信をつけさせ、持ち上げる材料として、文章をほめることにしたのです。

もともとたま子には得意教科がありません。

だから、コツコツ続けてきたほうを持ち上げ、続けてきたことを材料に、自信をつけさせようと考えました。

本当はたま子の文章なんて、志望校対策クラスの中ではきっとひよこの文章です。

でも他の人の文章を読まない限り、どのくらい文章能力に違いがあるか、たま子にはわかりません。

自信が無く、本当に勝負できるものがないたま子には、幼児期にたくさん書いた日記が、少しは心の支えになりました。

 

 

 

残り一週間

 

2月1日の天気予報がわかり、準備の最終点検に入りました。

たま子は家にほとんどいないので、どうなっているのかわからない状態になりました。

埼玉・千葉の受験ウィークを乗り越えたら、私は手持ち無沙汰な感じです。

たま子は合格も不合格も経験しましたが、大喜びすることも号泣することもなく、

たんたんとしています。

人生初めての不合格に、動揺するかもと思いましたが、見た目はかわりません。

食欲もあり、よく寝て、相変わらずちょっと不機嫌です。

でも、これがわからないのですよね。

もしかしたら、今 たま子の心はロボットになってしまったのかもしれません。

 

賛否両論ありますが、昨日たま子は学校を休みました。

クラスにインフルエンザが出たことと、違う学年ではありますが、学級閉鎖が出たからです。

その話を聞いて、たま子は震え上がっていました。

本当に真剣な顔で「学校に行かない!」と言うので休ませました。

いつものヘラヘラたま子と違って、怖い顔でした。

たま子の心に、いつもと違うものを感じました。 気持ちを堅く閉じているような感じです。

学校を休んだ代わりに、早い時間から塾に自習に行きました。

いろいろ考えるよりも、集中して勉強したい という感じでもあります。

 

もうたま子の受験本能と、塾にお任せするしかありません。

残り一週間にやるべきことは、自分自身で感じる「コレがだめ。コレやらなきゃ。」が一番正解だと思います。

志望校対策クラスで立ち位置は数値化されています。

塾の先生方も丁寧に指導してくださっています。

どんなにやっても、やっておけばよかったことはなくなりませんが、

それでもできるだけ後悔のないように

「がんばれ! たま子!!」

 

 

チャレンジ受験のつらさ

 

チャレンジ受験のみなさん、今つらくないですか?

 

と大声で叫んで、仲間を探したいです。

たくさんいらっしゃると思います。

中には身の程知らずなチャレンジは親のエゴなんていう方もいるようですが、

それは違うんです。

親は大人でそれなりに痛い目をみてきていますから、無理をしても届かないほどのチャレンジを強いることはないと思うんです。

 

子どものチャレンジを応援してしまうのには理由があります。

「チャレンジしたい」という子どもの気持ちを尊重したい。

スポーツでプロ選手になりたいなんて考えはまだ小学生には当たり前です。

それよりも、自分の成績では難しい学校の合格をめざすなんて、小さなことです。

小4、小5から目指して頑張ったとしたら、途中で自分の能力の限界を知ってやめる子どももいるだろうし、

まだまだ自分の可能性を信じて頑張る子もいたっていい。

わが子がチャレンジをあきらめなかったら、それは親が応援しなければ!

自分の可能性を信じて頑張る姿を見て、応援しない親がいたらそれこそ親のエゴでしょう。

 

『チャレンジする子』 『あきらめずに努力する子』

子育て雑誌で特集されるほどなのに、なぜ中学受験では親が無理をさせていると言われやすいのでしょうか?

チャレンジする子どもは見ていてつらいこともあります。

テレビでたまに見る、オリンピックなどをめざす小学生たちはよく泣いています。

こちらもつられて泣きながらみてしまうこともあります。

でもかわいそうではありません。

本人が目標を決め、努力し、報われても報われなくても泣き、そしてまた努力するんです。

 

私をはじめ、そのような努力をしているお子さんを応援しているお母様方は、

努力する子どもとは違ったつらさがあります。

子ども本人ほどではありませんが、つらいです。

何をすればいいのだろう? 自分は子どもに何をしてやれるのだろう?

そういう苦しみの声に対して、

「あなたのエゴなんだから やめてしまえばいいだけ」

「無理なんじゃない?」 「大人の開き直りも必要」

と言われると、どこかに心から応援されない中学受験のイメージを感じてしまいます。

大きな大会での勝利を目指して頑張る子を応援するように、

中学受験でチャレンジする子どもも応援してほしいです。

挑戦する子の親はみんな、子どもの努力の行方を知っています。無駄にはならない。

でも、できれば叶えてやりたいし、誤解を恐れずに言うと、結果に傷つかないでほしい。

不本意な結果に、駅で何時間も泣いていた。

三日三晩、鼻血が出るまで泣いていた。

そんなに努力し、結果に打ちのめされた子どもの話を聞いたことがあると思います。

その子どもに寄り添う母の気持ちは・・・

 

子どもは塾からやることの指示がありますが、私たち母親には「体調管理」といわれるだけで、

子どもの合格のためにしてやれることの支持が誰からもこないので、

おろおろし、不安で、いてもたってもいられないのです。

先輩のお母様方、つらい状況の受験生母に相談されたら、ぜひ具体的な何かを教えてください。

そのお子さんに効果があるか無いかは考えなくてもいいです。

今のこの直前期に何をしていたか、なんというテキスト、過去問の取り組み方、

本番数日前に子どもに言った言葉、自分は何をしたか、なんでも・・・

何か思い出して伝えてほしいです。

 

 

イライラするたま子

 

毎日 長いブログを書いているのにはわけがあります。

落ち着かないからです。

試験前は準備や天気のことで落ち着かず、

試験が終われば発表まで落ち着きません。

私自身が何も手につかないとか、胃が痛くなるなんてことはありませんが、

たま子の心の状態が気になり、結果も気になり、なんとなく落ち着きません。

 

のんびり楽天家のたま子でも、本番前はイライラしていました。

反抗的で態度が悪いのです。

態度が良くないと注意すると「わかった」とか言いながら、さらに反抗的な態度をとり、

家の中の雰囲気を悪くしていました。

私はこういうのはわがままだと思っています。

でも今は大きなプレッシャーと戦っているかもしれないので我慢していました。

 

先にいいわけをすると、私も疲れているし、若い頃よりも許容量がなくなっているし、

連日出かけていてうちの中は片付いていないし・・・

それで、「いいかげんにしなさいよ!」となってしまいました。

いまさら焦ったり緊張したりするのは、今までやることやってこなかったからじゃないの?!

と、本気で思っています。

トイレと同じで変わりに勉強してやることはできないんだって!

ぶつぶつ言ってる時間があるなら、暗記物の一つでもやれば?!

と、のろのろしたたま子を見て、ずっと思ってきました。

でも、どの言葉も今この状態の時に言わないほうがいいんですよね。

わかっていたんですが、一度ぷちっと我慢の糸が切れてしまうと止まらなくて

ギャンギャン言ってしまいました。

たま子は激しく言い返す子ではないのでだまっていました。

でも、それじゃあといって勉強するでもなく、こちらの機嫌が悪いからと部屋にこもるわけでもなく、

さらに私の目の前で反抗的な感じの悪い態度をとるのです!

私は大人ですし、母親ですから、どうするべきかは冷静ならわかるんです。

でも! ここ何日か甘えすぎだって!しっかりしなさい!

となり、さらにたま子は目の前で・・・

と、大変な夜になってしまいました。

 

翌日、受験生を持つお母様方と話す機会がありました。

一人の方が疲れた様子で

「昨日やっちゃったのよ。わかっていたんだけど大喧嘩。

近所中に響き渡っていたかも・・・

しかも、この時期にダメな母親よね。」 と話すのを聞き、

「もうそういうのが普通だと思ったわよ。

母親ってみんな、バトルにならずに頑張ってるの?」

と、私は開き直って言いました。

 

わかっているけどやめられない。

そのひとつが『子どもに対して大人になれない』です。

逆に早くたま子に大人になってほしいと思うのは、母親としてものすごいわがままですよね。

子どもにわがまま言って甘えるのは、もうあと何十年か先にしなくちゃ。

今日はイライラするたま子を、冷静に受けとめられますように。

 

塾の応援

 

本番の試験が始まって、始まる前にイメージしていたことと

実際にその場に立ったときとの違いを感じることがあります。

試験に向かう子どもたちを、塾の先生方が応援してくださる列もその一つです。

実は去年、6年生以外が見に行っても差し支えないほど広い会場での試験を見に行きました。

たま子の感想は、「恥ずかしいし、よけい緊張しそうだから先生に会いたくない。」でした。

私も握手して通る6年生を見て、緊張して固まっている子、元気よく握手していく子、母親に促されてしぶしぶ握手している子などいろいろで、

たま子は好きにすればいいと思いました。

それでも、なんとなく握手をしてフラフラ会場に入っていくたま子をイメージしていました。

 

ところが 本番でたま子は、進んで先生方に握手をしてもらい、同じ塾の違う校舎の先生方 隅々にまで握手してもらっていました。

『一人の先生に握手してもらうと、1点アップ』

と塾の先生に言われたそうで、本気で握手をしてもらい「何点アップしたかな?」なんて

言っていました。

さらにたま子が心から信頼している先生を見つけると、後姿からでもわかるくらい飛び上がって喜んでいました。

たま子自身もあとで、

「塾の応援って去年見たときは恥ずかしいと思っていたけど、応援してくれる人がいるって心強いよ。まわりがみんな敵ってわけじゃないけど、みんなが自分の合格のために頑張っているってときに、私を応援しているって言って手を握ってくれる人がいるって、気持ちが軽くなる。」

と感謝していました。

 

たま子も本番の試験一つ一つで成長します。

経験はその立場に立つことだけでも勉強になります。

たま子は試験を受けることと合否だけでなく、応援されることのありがたさも学んだと思います。

私は受験生の母として、応援される子どもを背中から見つめ、

応援されることの大切さを感じました。

 

塾の先生方は寒い寒い朝早くから大変です。本当にありがたいことです。

すべての先生方の一生懸命な姿がたくさんの子どもに伝わっていることと思います。

先生方ありがとうございます。

みんなみんな頑張れ!

子どもたちをこころから応援し、塾の先生方にはこころから感謝いたします。

 

人の心はわからない

 

1月に入ってからのたま子の調子はよくありません。

もちろん、体調ではなく勉強の調子です。

やったことの定着が悪くなっていると感じます。

以前はできていた問題もできなくなっています。

気のせいではないかと思いたくなりますが、過去問の点数が気のせいではないことを証明しています。

算数の過去問が20点以上も下がってしまったものもあります。

計算間違いやうっかり読み間違いのミスではなく、本当に大間違えちゃったり規則性に気がつかなかったり

解き直しで算数の答案が汚くなっています。

パンパンなのだと思います。

でも、何かを削る勇気がありません。

他の受験生が必死に勉強している姿しかイメージできず、

たま子はのんびりしすぎているようにしか見えません。

本当は心の中はあせっていて、苦しんでいるかもしれませんが

たま子はそういうことは言いませんし、動作がおっとりしているので

気持ちはあせっていてもそうは見えないのです。

 

前に書いたように、私には『幼児教育の考え』が心の支えになっています。

それがなかったら、虐待する母になっていたかもしれません。(言葉の暴力が主)

おっとりしている子というのは、誤解されやすいのです。

夫の P夫 も無口で表情も豊かではないので誤解されやすく、結婚当時 

「おとなしいから尻に敷きやすいね」

「地蔵みたいな子どもが生まれて、六地蔵みたいな食卓にならない?」

なんていわれたことがありました。

無口な人やおっとりした人を、心の波もあまりなく、心の動きまでもゆっくりだと

勘違いしている人はけっこう多いと思います。

そのつもりがなくても、そう扱われることは多いと感じます。

 

話を元に戻すと、この成績停滞(下降?)に対しての塾の反応は・・・・

全くありません。 不安になります。

私もどう対処したらよいのか、本気で迷っています。

どんな言葉をかければ、『成績があがるのか!』

たま子が心の中でものすごく焦っていたら・・・

いやいや、いつもののんびりで 「なんとかなるかなあ?」

なんて現実から逃げていたら・・・

本当の心の中がわからない母親なんて、母親失格! 私ならおっとりした子どもの心もわかる!

と、おっしゃるお母様方からお叱りを受けそうですが、本当に子どもの心の真実はわからないんです。

 

11月の終わり頃、たま子の成績に変化は無く、いつもと同じ良くも悪くもないが、志望校にはかなり厳しい状態でした。

たま子は同じ志望校対策クラスのお友達の焦りを感じながらも、

その雰囲気を遠くに感じていました。

と、私は思っていました。 ところが

「もう少しで心がなくなりそう。心がなくなってロボットになりそうなんだけど

 ロボットになったほうがいいのかな?」

とつぶやきました。 本当に、いつものように、小さな声でつぶやきました。

私は言葉を失うくらい驚きました。

のんびりぼんやりした娘なんです。 

いつもにこにこしていて、家庭の事情で大事な塾の授業や模試を休まなければならなかったときも、

一言も愚痴をいわずに、にこにこ協力してくれました。

本当はものすごく行きたかったと思います。

そんな娘が心を失うくらい苦しんでいることに、私はまったく気づきませんでした。

心から反省し、もっと注意深く、もっと広い心でわが子を見守らなければいけないと決意しました。

 

ところが、その翌日に! なんと!

トイレのタンクの裏に本が隠してあったのです!!!

めまいがしました。 たま子・・・・心が壊れそうに一生懸命勉強しているのじゃなかったの?!

ストレス解消のための読書?!

 

子どもですから心と行動が一致せずめちゃくちゃなのでしょうけど、

それにしても、本を読んでいる間の心はどうなっているのでしょうか?

本当にわかりません。

 

どのような言葉をかければ、心を壊さずに勉強し、成果を上げることができるのか?

本格的に試験が始まりました。

前日の夜、当日の朝、試験会場で別れるとき、『母親がかける言葉アンケート』をエデュでとってくれたら大いに参考になるのですが・・・

 

 

転塾

 

たま子は6年になってから転塾しています。
小4から近所にある大手のカリキュラムを利用した個人塾に通っていましたが、
5年の終わりの頃 「ここでは合格できない」と言いだし、迷った末、結局転塾しました。

それまでの塾をやめてから 今の塾に落ち着くまで4ヶ月もさまよいました。
はじめは今までと同じカリキュラムの”本家塾”に移ればいいと考えましたが、
たま子は体験してみて 「何か違う」と納得しませんでした。
うまく説明できませんでしたが、「ここでも合格できないと思う」と。
こうなったら、たま子が納得する塾を探そうと覚悟を決め、
カリキュラムの穴埋めに家庭教師をつけることにしました。
私は働いているので、自宅に定期的に来ていただくことは難しいのですが、
教室で見ていただくことができるシステムの家庭教師センターがあったので
そちらにお願いしました。
それまでのカリキュラムの穴や、たま子の苦手などを丁寧につぶしてくださったので、
このまま塾無しで、家庭教師とどこかの塾の志望校対策コースのみで受験しようかと考えたくらいです。
けれども・・・
たま子はだんだん勉強しなくなってしまいました。
やはり、いくらまわりに影響されない娘でも、

他の誰かが受験勉強をしている姿を全くみないのでは、
モチベーションが保たれなかったようです。

競争心なんて全くないたま子ですので、マイペースにやるかな?と思ったのですが・・・

 

ちょうどその頃、たま子が 「ここなら!」とか「この先生なら!」と思える出会いがあり
今の塾に入りました。
結局この転塾は正解でした。
たくさんの良い出会いに恵まれました。
クラスのお友達も良いお友達で、励ましあう言葉の選び方に感動したことがありました。
志望校対策コースの先生の言葉も勉強になりました。
受験が良い経験になることを漠然と期待していましたが、
これほど親の私が勉強させてもらえるとは思っていませんでした。

 

塾も商売ですが、ウリはカリキュラムやテキストではなく、人(先生)であるはずです。

「きっと合格するよ、自分を信じて」という言葉は、商売から子どもを持ち上げるのでは

誰にも伝わりませんが、心から合格してほしいという思いから出たのであれば

うそではなく、子どもの合格したいという気持ちと共鳴し、奇跡をも呼び寄せる力があるように

感じるものです。

それをこの塾の先生方から学びました。