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【1116721】公立王国今や昔?

投稿者: 浦島太郎   (ID:rnFwga/OSgE) 投稿日時:2008年 12月 09日 23:40

昨今の大学入試結果を週刊誌などで拝見するに、
渋幕>県千葉、江戸取>東葛、また市川や東邦>県船、という状況が歴然たるものとなっていますが、中3生を持つ親御さんはどのような志望パターンでお子さんの受験を迎えるのでしょうか?
依然として、公立>私立というパターンが続いているのでしょうか?


ところで県立国府台は、どうなっているのでしょう?以前は県下屈指の難関高校で中学生の憧れの学校だったという記憶があるのですが、今は特に難関ではなく、標準的な中学生が進学する学校になっているようですね。

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  1. 【4661935】 投稿者: 昔の卒業生  (ID:4gXfv/tXBcc) 投稿日時:2017年 08月 04日 21:14

    昭和56年卒業のデータがありました。
    国公立大学 現役 50 浪人66 合計 116人
    約1/3が国公立大学。東大はいませんでした。

    千葉大 39 埼玉 10 北大 8 東北 8
    東京農工 8 都立 8 横国 7 学芸 6
    筑波 5
    今の薬園台よりいいのでは。船橋にはかないませんが。
    あの頃は、船高は旧帝大。国府台は中堅国立 早慶理 MARCH。
    私見ですが、中堅層(四谷で偏差値50前後)を私立中学に持っていかれたのでは。
    東京の私立中学近いですからね。
    特に女子。市川の公立中学は今や女子少ないと聞きます。
    教員は左が多く、自分の好きな授業で全く受験には役立たず。みんな3年になると自分で勉強した。勉強しない奴は日東駒専も結構いた。
    でも、また中学生に戻れるとしたらまた国府台に入りたいです。
    学園の奴にはいつも羨ましがられていました。

  2. 【4848115】 投稿者: そうなのですか  (ID:Fn7PY2SN8EI) 投稿日時:2018年 01月 24日 00:16

    それほどまでに
    中堅を含む私学志向というものは
    大きく影響したのですね。
    辛くも生き残っている御三家などの千葉県立高は、
    凄まじい努力をしているということかと思います。

  3. 【5008183】 投稿者: 自分の時代は  (ID:Y5QKfI4BfL2) 投稿日時:2018年 05月 28日 17:11

    92年に高校受験した者ですが
    この年の国府台の偏差値は67でかなり高かったですね
    薬園台68船橋東65という時代で私立の東海大浦安も68の難関だった時代
    今はかなり急落してるみたいで驚いてます

  4. 【5230833】 投稿者: 卒業生  (ID:M2bRzUmw/3s) 投稿日時:2018年 12月 17日 00:25

    昭和56年卒業のデータは学校群でランクが下がった後に廃止されてまた上がった
    くらいの時期だったかなと思います。
    下がったキッカケは最初は学校群の頃かなと思います。その後、外部の人が学校の校風を見た時に、勉学するイメージに見えなかったことが下がった原因と分析する人もいました。自由ということを大事にしていたので、どうしてもそう見られやすいかなと思います。あとは市川という地理上の条件を挙げる人もいました。市川在住だと、どうしても東京の私立進学高校へ行ってしまうんですよね。自分が入学した時は市川学園を滑り止めにした人が多かったです。今と違って県立上位、私立滑り止めの時代でしたが、そういう頃に、船高東葛に継ぐというイメージでした。
    現状を知らない他校の人や親世代はそういう目で見てましたね。校風も自由を重んじて学生のイメージもスマートでした。ただ実際に入学した時は先生から「県立千葉の下、船高東葛飾と同じレベルなのに何で千葉大合格成績に差が出るのか?と親御さんから質問されるが、昔と違って入学してくる人は、船橋や東葛飾より低いです。これがあなたがたのレベルの現実だということを認識して勉強に励んでください」と、ヒドい言われようでした。
    当時は他校と違って現役の時は勉強しないという校風でした。それが大学受験成績の低下、その成果見て国府台のレベルを判断し、またレベルの低下という悪循環だったのではと思います。当たり前の話ですが、親御さんは大学の進学が悪い高校には行かせませんから。
    でも、先生は、この高校の良いところは他の進学校のように精神科のお世話になる学生がいないところかなと変な自慢してました。他校は1学年に必ず1人はいるんだそうです。今は、あの時ののんびりした校風も長い人生には良いことかもと思うようにはしています。
    その後の変動はよくわかりません。いろいろな理由で上がったり下がったりしたのでしょうが、公立校は先生がグルグル入れ替わるので、先生のレベルはどこも同じはずなのに学校のレベルに差が出るのは不思議と言う先生は多いということは知っておいても良いと思います。ようするにどんなレベルの低い学校へ行っても自分より頭良い人は必ずいますし、行く学校も大事ですが、最後は本人の努力ですよね。

  5. 【5433317】 投稿者: 君といつまでも  (ID:N65Elf5mSqI) 投稿日時:2019年 05月 12日 11:10

    国府台がTopという時代はありませんでした。
    只、今の様に低くはありませんでした。旧第3学区においてはTopでしたね(昭和40年代)。
    旧第2学区の船高とはレベル差は僅かでした。当時は千葉や船橋に合格する生徒もかなり国府台に来ていましたね。485点以上で国府台に入学してくる生徒も多数いました。
    全く、今はどうなってしまったのでしょうか⁉️

  6. 【5513760】 投稿者: 浦安大好き  (ID:CBnUoQUC8Os) 投稿日時:2019年 07月 19日 18:57

    90年代初頭はすでに言われてるほど偏差値高くなかったですね。
    400点くらいの子もチラホラいました。
    トップクラスで450くらい。

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