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【5795672】東大激減、学芸大附属高校で何が起きているのか

投稿者: いったい何が   (ID:JTopW0MHfwk) 投稿日時:2020年 03月 15日 15:52

名門として知られる東京学芸大学附属高校の2020年の東大合格者数は28人と、かつての3分の1以下になってしました。一橋大も激減して昨年の半分以下の7人です。いったい何が起きているのか。これから復活する可能性はあるでしょうか?

学芸大学附属の東大合格者数の推移
2004年 93人
2005年 81人
2006年 77人
2007年 72人
2008年 74人
2009年 74人
2010年 54人
2011年 58人
2012年 55人
2013年 68人
2014年 56人
2015年 54人
2016年 57人
2017年 46人
2018年 49人
2019年 44人
2020年 28人←(現役16)

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  1. 【6530213】 投稿者: 篩上等  (ID:DmH/ecAp3F6) 投稿日時:2021年 10月 26日 12:23

    それでも附高に行きたいと思う子が減っているということでしょうか?上澄ではなく真ん中あたりの子が集まってると?スーパー内進生って今は昔の話なんですね。
    なお、スレッドが東大合格の実積についてですから、それについて書くのは致し方ないかと。

  2. 【6530258】 投稿者: 少し歴史を知る者  (ID:xUMl0As0pAA) 投稿日時:2021年 10月 26日 12:52

    附高の歴史について、必ずしも正確でないご認識があるようなので、私の知る範囲で書き込ませていただきます。

    まず、東京学芸大学というのは、小・中学校の教員養成大学であり、高等学校の教員養成はその使命に含まれていません。それゆえ、附属高校は本来必要でないのです。この点は、各県の国立大学教育学部のほとんどにある附属学校が小、中学校までしかないのと同じです。

    ところが東京学芸大学は、附属中学出身者が日比谷など難関都立高校受験に失敗しているのを救済するということで、附属高校を作ってしまいました。それでも工作に時間がかかったためか、東京にある国立大附属の中では一番後発です。

    いったん高校ができると、そこにあるワンマン校長が赴任し、強烈なリーダーシップと生徒管理で受験進学校化をめざしていきました。それに強烈な追い風となったのが、1967年から始まった学校群制度です。日比谷に行きたくても三田高校に回されてしまう! それを避けるため、学芸大附属に優秀な受験生が集まってきたのです。その反面、附属中学生で附高に入学できないまま闇に落ちていく悲惨な問題が生起しましたが、附高のレベルが上がることの犠牲となってまったく放置されました。もちろん、学芸大学の研究対象にすらなっていません。

    しかし、こうした管理主義の方針は生徒の強い反発を集め、14期のころの激しい高校紛争につながります。ワンマン校長は、これに対し警視庁の機動隊導入で対抗、首謀者の生徒は留置場にぶち込まれ、退学処分の鉄槌を下します。このとき、生徒側は制服廃止などの要求もしましたが、この学校と生徒側が激しく対立した紛争の中で、学校側に生徒の要求に耳を傾ける雰囲気はなく、結局要求は実現しませんでした。

    それでも、紛争後、学校側は以前のような管理主義的方針は取れなくなり、自由が広がりましたが、それにより進学実績は低下することなく、学校群のため都立を避けた優秀な受験生がコンスタントに入ってくるので、附高の進学実績と名声は高まっていきました。つまり、附高は、都立の学校群制度という、いわば「敵失」でのし上がった高校だったといってよいでしょう。

    生徒の側からみれば、紛争でそれなりに自由な校風が勝ち取られたといえ、これが、その後の附高の課外活動などの隆盛につながっていきます。制服は残りましたが、男子生徒は勝ち取った自由の象徴として、ほかの高校ではまだ制服の着こなしが厳しく指導されていたころ、だれが主導するともなくホックを外し大きく開けた襟元から白いワイシャツをのぞかせる着こなしが生徒の間に定着しました。女子は、「附高結び」という独特なスカーフの結び方が、これも生徒の間で考案されました。つまり、制服は強制管理の手段から、生徒のアイデンティティの表明へと変わっていったのです。

    しかし、生徒が勝ち取った自由はいつの間にか放任に変質し、深刻ないじめ問題が起こりました。また、学校群の廃止は、受験生をもとの都立に戻すことになり、そこから附高の不幸な凋落が始まった、ということでしょう。

    (もし、違っているところがあれば、どなたか補足訂正してください)

  3. 【6530283】 投稿者: 確かに  (ID:tA58/JpXtWs) 投稿日時:2021年 10月 26日 13:08

    >スーパー内進生

    国立附属であれ私大附属であれ「スーパー内進生」というのは存在すると思いますよ。
    たいていの附属校は(国立附属でも早慶附属でも)最上位層は内進生です。

    でも、学芸大附属中の場合(私が実際に見聞きしているのはその中の1校だけですが)小学校から中学校に進学する時にまず最初の分岐点があります。
    以前も書きましたが、最寄り駅の中学受験塾に通う児童が一人二人ではなく、かなりの人数います(附属小から附属中には望めば全員が進学できるにもかかわらずです)

    幼小から学芸大附属(はっきり言ってしまいますが竹早)に入園入学されたご家庭で、学芸大附属高校に入りたいから附属幼小を受検したという方は聞いたことがありません。そもそも受検する前に抽選、合否が発表になった後もまた抽選(2回の抽選)がありますから、狙って入るということができないと思います。

    近くに学芸大附属幼小中があっても、付近に住む人にとっての共通認識は「学附(附高)は高校受験で入る学校」です。
    学芸大附属竹早中に関しては「第一志望残念組が高校リベンジを果たす学校(特に附高が第一志望というわけではない)」というのが共通認識だと思います。

    ちなみに、私の親世代だと「第六中(区立)→都立小石川→東大」が優秀な子のスタンダードコースで、そこに日比谷高校の名前は出てきません。私の時代はすでに「開成桜蔭(中学受験)→東大」に代わっていましたし。
    今の公立中の最上位層はやはり「筑駒開成」附属志向なら「早慶附属」
    そこに届かなければ「戸山青山」が人気で、日比谷高校に関しては(伝統的に?)影が薄い区ではないかと思っています。

    そもそも学年の半分以上、学校によっては7割超が中学受験して公立中(区立)には進学しない地域です。

  4. 【6530559】 投稿者: 勉強になりました  (ID:M/2Z2A.0YFg) 投稿日時:2021年 10月 26日 16:40

    詳細なご解説、ありがとうございます。歴史的経緯を踏まえて現状を考察することの大切さを再確認させて頂きました。

    一点だけ気づいたことですが、

    >東京学芸大学というのは、小・中学校の教員養成大学であり、高等学校の教員養成はその使命に含まれていません。

    とのこと。ただHPによりますと、高校教員養成課程もあるようです。いつの時点かで変わったのでしょうか? まさか付属高校を作ったからその教員養成のために大学の教育課程を変更した、などということはないと思いますが...。

  5. 【6530658】 投稿者: 中高はつながっているから  (ID:lBgN/BkhqZs) 投稿日時:2021年 10月 26日 18:01

    >東京学芸大学というのは、小・中学校の教員養成大学であり、高等学校の教員養成はその使命に含まれていません。

    は違うように思います。カリキュラムがおなじ中学の教員免許を取得すればほぼ自動的に高校の教員免許も取得できますし、公立なら中高間の異動もあります。強いて言うなら小中は義務教育だから掲げているといったところではないでしょうか。現に実際に学芸大学から多くの学生が附高に実習に行っていますし。

    ただ附高には「実習生いじめ」なるものも伝統としてあるようですね。内容はわかりませんがOBの方がSNSに書き込んでいたので事実なのでしょう。

  6. 【6530690】 投稿者: あるある  (ID:DPOOs2ZET1w) 投稿日時:2021年 10月 26日 18:22

    >ただ附高には「実習生いじめ」なるものも伝統としてあるようですね。内容はわかりませんがOBの方がSNSに書き込んでいたので事実なのでしょう。

    そんなの地方名門公立高校だとアルアルだよ。
    実習生じゃなくて、先生(教員)までバ カにされる。
    東大や旧帝行く生徒が駅弁(地方国立)大の教育学部出身の教員をリスペクトなんて出来ると思う?

    学附だってそうじゃない?
    学芸大学の学生より頭の良い生徒、いくらでもいるでしょうね。
    いじめというよりイジリじゃないの?

    私立一貫校だと高校教員とりわけ理系は院卒の先生が殆どだけど、国立附属の教員ってまさかの学卒なの?
    中学の教員免許持ってるからって高校生は教えないんじゃないの?

  7. 【6530728】 投稿者: あるあるなんですか?  (ID:A/QrHWkNHH2) 投稿日時:2021年 10月 26日 18:54

    普通の公立出身でしたけど皆無でしたよ。
    ちなみに世界史と書道の先生は学芸大出身の方でしたが大卒でした。面白くていい先生でした。

    個人的にはいじめを「イジリ」という言葉でおふざけのように捉えることはいじめを深刻化させると思います。痛ましい結果を起こした学校ってたいていいじめをいじめでないと認識していましたよね。

  8. 【6530771】 投稿者: まあ、あるあるかも  (ID:M/2Z2A.0YFg) 投稿日時:2021年 10月 26日 19:31

    イジリ、の定義というか程度の問題ではないでしょうか。地方国立大附属中の体験では、親しみを込めて「茶化す」ことはお約束。年長のお兄さんお姉さんがやって来た!というノリで、盛り上がりましたね。楽しかったです。ただし、授業が遅れたのは確か。高校では冷静にスルー(下手な実習生の時は内職)という感じでしたが。

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