今年入学した高1生が語る青春リアル
これからの高校受験考
高校受験、これから組の皆様のため、終了組の皆様から色んなお考えや経験談、また具体的な良い教育と高校の情報も集めさせて頂きたいと思い、このスレを立ち上げさせて頂きます。
皆様、どうかよろしくお願い申し上げます。
まず私から、軽く自己紹介を。
私と子ども達は余り勉強せず、旧帝です。私は読書に没頭し(結果として欠席が多く)、子ども達は趣味に没頭し、そのため、限られた時間だけで勉強の効率を挙げる他なく、結果、塾なしで合格できました。
ただ、私自身は実母の妨害(「読書せず勉強して」)に苦しみ、無駄に遠回りしたため、子ども達には全力応援してきました。(夫の「遊ばせず勉強させて」はその都度説得。)
ただ正直、まだまだ親としての苦悩と修行の真っ最中であり、そんな私が恐縮至極ではございますが、
これから組の皆様にお伝えしたい事がございます。
学業ももちろん大事で頑張ってもらいますが、それ以上に、得意なことに没頭してもらうことがより重要かもしれない、という点です。
もともと海外名門大もそうなのですが、最近の国公立大の受験には推薦入試が多え、更に推薦では活動実績が重視されます。
中高時代、趣味を夢中になって掘り下げ、少しずつその世界を広げ、豊かな学びを堪能出来ていたら、大学受験も(その後の就職活動も)うまくいく可能性が上がります。
自分の人生をその子なりに切り拓ける武器を、大学生になってから学んで磨き始めるより、子ども時代から技術や知識だけでなくセンスをも磨き上げている方が断然有利となることは、明白です。
それに、挑戦するマインドも育まれます。
失敗を怖がり一歩踏み出せない方が多いだけに、これも人生を切り拓く武器となり得ます。
子ども時代なら、いくらでも失敗できますし、好きなことなら失敗と捉えないでしょう(試行錯誤も楽しい)。
そのためにも、高校受験では、「真心で精一杯、生徒一人一人を伸ばして下さる高校」をどうかお選び下さい。
どこの学校でもこのようなことは掲げてはありますが、ただの努力目標となっている学校が多く、実践出来ている学校はかなり少ない印象です。
更に、無名校にも割と見掛ける気が致します。
そのため、ここで高校の情報も集めたいと考えた次第です。
>中高時代、趣味を夢中になって掘り下げ、少しずつその世界を広げ、豊かな学びを堪能出来ていたら、大学受験も(その後の就職活動も)うまくいく可能性が上がります。
この点については、同じ意見です。
中高は大事な時期なので、少しでも多くの経験をすること、無駄かもしれないことにも挑戦すること、大人に反対されることでも信念を持ってやり通すことは、その後の人生においてプラスに働くことも多いと思います。
しかし、その一方で、子供を複数人育てて思うのは、「子供は自分の行きたいように育つ」という考え方です。
それぞれパーソナリティは違いますし、はっきりとした個性が出現した時期は違いますが、皆、自分に合った生き方を始めていると思います。
もちろん、その主張が強い子、弱い子、しっかりした自分を持っている子、持ちきれない子など、いろいろだと思います。
ただし、それらは、自分がそうなりたい自分である可能性が高いと思うのです。
スレ主さんの書き込みに関して言うと、「真心で精一杯、生徒一人一人を伸ばして下さる高校」に行かなければ、「挑戦するマインド」が生まれず、
「失敗を怖がり一歩踏み出せ」ず、「人生を切り拓く武器」を手にすることが出来ないとは思わない部分があるのです。
もちろん、恵まれた環境というのはあります。
勉強に関してだけでなく、精神力、コミュ力、積極性など、非認知能力と呼ばれるような様々な能力が得やすい環境は、あるでしょう。
ですが、逆境にあることでももまた、様々な能力を育てる可能性はあると思います。
わが子の場合がそうでした。
中学でも、高校でも学校や教師と戦い続けていました。
校則や、学校のルール等に不合理なものがあると言い、反発していました。
自由がないのが、特に気に入らなかったようです。
ですが、その後のわが子の人生を考えると、学校に対して反発したことや、変化を求めたことなどが、いい影響を及ぼしたとしか考えられないことが多々あったのです。
もし、わが子の思い通りの学校だったら、子供のその反骨精神みたいなものは育っていなかったかもしれません。
その一方で、どこの学校に行っていても、同じように反発していたのかもしれないとも思います。
ですから、結局、子供は自分で育つものなのかな、と考えるようになりました。
別な子は、そこまで極端ではありませんでしたが、やはり、自分の道を自分で見つけて行きましたので、似たような印象です。
スレ主さんの考え方を否定しているのではなく、環境がいい、環境が悪い、というのはよほど極端な例を除いては、物事の裏表に過ぎない面もあるんだということを申し上げたいと思い、書き込みさせていただきました。
SAPIX-鉄緑会路線が現状の学科受験をハッキングしすぎたので、そういったものを入手できない日本全国の大半の生徒が同じ土俵で戦うのは無意味なんですよ。
あたかも高身長の欧州選手向けにルールが最適化されたスキージャンプにアジア人が挑むようなもので、自身の運動能力を生かせるスポーツ競技は他にもいくらでもあるわけです。
大変遅くなりました。
ご返信、どうも有難うございます。とても感慨深く拝読させて頂きました。
「子どもは自分で育つ(どのような環境でも)」、全くその言葉通りでございます。
親としての愛情あふれる深い洞察と温かい見守りのご姿勢に、モンテッソーリ教育に通じるものを感じ、私自身の至らなさを反省出来ました。
勉強になります。これから少しずつ努力して参りたいと思います!
また、これから組の方にも、大変ご参考になることと思います。
書き込み下さり、誠にどうも有難うございます!
大変遅くなりました。
ご返信、どうも有難うございます。とても感慨深く拝読致しました。
ご意見の通り、「みんな違ってみんな良い」というような、子ども達が各自磨き上げた専門性が実に多種多様で、多士済々な日本となってほしい、と私も願っております。
どの子にも強みはあり、強みを磨くのなら、その子の効率最大の成長が期待できるからです。
その強みを更に全力で磨くのが、大学(院)となるべきだと考えます。
そのように考えると、大学受験はより一層強みをブラッシュアップさせるチャンスであり、強みに全振りで良い場合もあるかもしれません。
人生も困難も解答はないですが、どの子も自分にとってより良い答を自分で探し見つける必要があります。
受験科目はその底力を固めてくれますが、正解がない学びの経験も必要だと考えます。
それらは、その子の好きなことや強みで鍛錬しておくのが理想的ですよね。
長々と申し訳ございません。
興味深い記事を見つけました。
(4Pあって分かりやすいため、是非、下記リンクからご覧下さい。)
⇒「片付け」より「早起き」よりはるかに重要…子供時代に身に付けなければ"人生が手遅れになる"しつけの種類
https://news.yahoo.co.jp/articles/ab671cabc38384c4e78676bf871c03d799722424?page=2
***以下、私の注目点のみ、ざっくり要約
多くの専門家や有識者は「AIに代替されにくい能力」に光を当てています。
↓
だからこそ幼少期から「正直さ」「礼儀正しさ」「思いやり」「共感力」をはじめとした、前述した*5つの非認知能力を中心に据えた教育が、長い目で見て最大の投資になるのです。
(*:上記リンクで記事本文をご参照下さい。)
人格も能力も高い人は信用されます。
そして信用される人には、人も情報もチャンスも集まってきます。
↓
社会的な「信用」の土台をしっかり育ててあげたいものです。
***要約は以上
私見で恐縮なのですが、このような教育方針であれば、自然と知性も磨かれていくと考えます。
特に「思いやり」や「共感力」は、見る力聞く力に長けるだけでなく、周囲の表情も空気も読めて、それらを読めるからこそ先の予想も出来(問題発見力)、皆にとってより適した判断と言動ができる(当事者意識で解決しようと粘り強く試行錯誤できる)ことを意味します。
これらは(知識面を除く)大学受験で試される力(5教科の本質)そのものでもあり、賢くないはずがないためです。
算数の「5人家族が1人1/4個ずつリンゴを食べます、何個のリンゴを買いますか?」というような問題で、生活体験に乏しくペーパー漬の子は「5/4個」等と書きがちですが、実際には(リンゴは1個売りなので)「2個」買う必要があります。
この易しさならAIも楽勝で正解できるでしょうが、幼い頃から、日常的に空気(存在していない部分、見えない世界)と表情を読み、周囲の気持ちを汲み、TPOを考えてといった、いつも少し複雑な思考をして言動している子なら、5/4が計算出来なくても、答えは整数(分数ではない)と直感的に理解しています。
そして、このような例は、大学受験の1次試験(センター試験→共通テスト)の傾向にも少し当てはまるかもしれません。
乱暴な当てはめで恐縮ですが、センター試験なら問題を読んで式から導いた数字がヒントか解答だったところ、共通テストではもう1歩踏み込んで考える作業が必要な印象があるためです。
それも、この踏み込んで考える作業(=共通テストの傾向)の一部は(リンゴは5/4個では売ってないから、買うのは2個とすぐ気づけるように)豊かな幼少期や中高時代を送ってきたなら考察不要な、自明なことでもあります。
知性を磨くには、答えがある受験勉強を過度な睡眠不足で取り組むより、良く寝て、答えがない問題に適時ゆったりと取り組ませた方が良いと考えます。
自分で調べようとし始めたら、次のステップへ進めるよう応援してあげて下さい。
記事中で重視されている信用ですが、社会的信用が突き抜けた方のイメージは、私なら聖職者(伝統宗教)や大成功された方(ノーベル賞受賞者・松下幸之助氏・安倍晋三氏、等)です。
彼らを目指すなら、前者の場合はその伝統宗教を身近なことから体験によって学び(初詣・お神輿お祭り・節分、等)、出来る分だけ継続させ、後者の場合は伝記や記事を学べば、その子それぞれ成長が期待出来ると思います。
更に、高校までに伝統宗教の良い学校で学べば、より一層収穫は豊かで充実すると実感しております。
(もちろん、伝統宗教の大学も大変素晴らしいです。
ただ、大学は自由で緩くなるため、規律を学ぶという点で、高校までに伝統宗教をお勧めします。特に、寮生。)
伝統宗教校の長は大変素晴らしい聖職者・人格者であり、校長先生の下に集まる先生方は人格者が多く、そんな先生方が一丸となって、金銭では買えない「真心」で誠心誠意、子ども達に教育して下さるためです。
個人的には、幼少期はカトリック園、高校では伝統宗教校の「寮生」なら、規律・思いやり・協働性を学び、美しい伝統宗教芸術や多様な文化の粋に触れるので、理想的だと感じております。
※全て一私見です。




































