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【6519364】再び日本再興を!

投稿者: 地方大学   (ID:qP01OnE5gMA) 投稿日時:2021年 10月 16日 08:48

今の日本は国力が低下し、目も当てられない。
これは地方への無駄な配分も原因の1つであろう。
そこで日本再興を願い、地方への配分を減らし、三大都市圏に集中させるために、地方国立大学のリストラ案を考えた。
文科省は、今の国立大を3つにグループ分けしたり、指定国立大を定めたりして資源を集中させようとしているが、それだけでは甘い。

私案として、大学のリストラ案を次に示す。
残留大学だけを示したい。
東北大(理系のみ)
筑波大
東大
千葉大
東京農工大
一橋大
東京工大
横浜国立大
名古屋大
京都大
大阪大
神戸大
以上

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  1. 【6522256】 投稿者: 特に文系  (ID:MmYVf2wmtck) 投稿日時:2021年 10月 18日 21:58

    それは文系の教授だね。理系のカリキュラムは体系化されているし、教える内容も決まっているから、自分の信念に固執することはない。

    よくいるのは、↑の人のように憲法23条をたてにとる人だね。

  2. 【6522275】 投稿者: 18歳人口  (ID:3Qsioq9GO2.) 投稿日時:2021年 10月 18日 22:22

    18歳人口
    1966年: 249万人
    1991年: 204万人
    2021年: 114万人
    2040年: 88万人

    18歳人口が激減しているのに、昔に比べて大学の数や定員は増加傾向にある。
    今のままだと、そのうち多くの大学学部学科で定員割れが起きるのは間違いない。
    自然な流れとして、近い将来、国公立大学の統廃合は確実に起きる。
    文科省が既に大学の分類を行ってるので、それに沿って進むことになる。

  3. 【6522423】 投稿者: 特に文系  (ID:MmYVf2wmtck) 投稿日時:2021年 10月 19日 07:15

    物事を客観的にみれない人だね。社会科の時間は限られているし、教えることもたくさんある。その中で大学の自治が高い優先度で教えるべき内容かということだよ。大学だとそういう自分の信念に固執する文系の教員が多いから、学生が幻滅するんだよな。

  4. 【6522620】 投稿者: 志望順位が違う  (ID:AX5FwJSHGQE) 投稿日時:2021年 10月 19日 11:26

    少子化で既に私立大学の約半数は、定員割れとか。
    でも、国立の場合は、私大に流れていた受験生が国立大に志望出来るようになるので、簡単には定員割れしませんよ。

  5. 【6523191】 投稿者: 確かに  (ID:cIE8JjQ7ENE) 投稿日時:2021年 10月 19日 21:20

    アメリカとオーストラリアの大学両方で学び教えていた人の話では、
    オーストラリアの大学は、もっとシステマチックだそうです。
    想像ですが、同じグループ内の大学の同じ科目であれば、どの教授のクラスを取っても同水準が保たれているのだと思います。同じグループ内の他大学とは、単位移行しやすいし。
    米国の大学も同水準の大学間では単位移行できる程度には差はないが、良い意味で教授の個性が出ます。働きやすさは、米国の大学は教授の裁量に任されており自由度が高く融通がきくそうです。
    学生側から見ると、オーストラリアではテスト結果だけで評価されオマケがないところ、アメリカではテスト結果が悪いと追加課題をこなせば教授によってはオマケして貰えるなど。
    追加課題も採点してくださるから、アメリカの教授は仕事量が増えて大変ですね。個人に丁寧に向き合ってくださるのは、アメリカの方かも。

  6. 【6523953】 投稿者: 退職した理系教授  (ID:R/13wgQSoPM) 投稿日時:2021年 10月 20日 15:33

    確かに、学生に対する評価と教員に対する評価は、セットで考えるべきですね。ただ、私が最初に書き込んだ時は、理系分野しか考えておりませんでした。理系分野では、教員に対する評価は、すでに非常に厳しいものがあります。

    私自身は文系の学問にあまり興味はなく、政治的にも無色透明で、イデオロギーより個人道徳を尊重する人間ですが・・・その上で、文系の学部・学科の在り方については、理解に苦しむところが多々あります。これは教員の資質や教育の問題というより、学問そのものの問題と言えます。

    たとえば経済系の学科には、自らを「マルクス経済学」の専門家と称する教員が、一定数おります。マルクスが、彼の時代の偉大な社会の観察者であり、経済学におけるマイルストーンを打ち立てた研究者であることに異存はありません。しかし現在、物理学の分野には「ニュートン物理学」の専門家など、存在しません。ニュートン物理学で事足りる問題もありますが、それは非常に限定的です。物理学者は古典力学から相対論・量子論まで、すべてを学んだ上で、現代的なテーマを研究します。文系ではなぜ、このようなことが起こるのか、私には以前から不思議でした。

    ある時期から、文系の人々は自分たちの専門分野に、「社会科学」「人文科学」など、科学という言葉を付けるようになりました。これには、それまでの学問の在り方への反省もあったのではと思います。しかし、まだまだ不十分です。科学者を名乗るのであれば、実証可能な問題を扱うべきです。自分の意見や想像を主張し合ってているだけでは、科学は前に進みません。

    実証することが当面は困難な問題については、仮説や思想もあると思いますが、それらは紹介や解説にとどめ、永遠の真理として扱ったり、それを基準に学生を評価することは、控えるべきです。そのような教育が部分的に行われている大学も、まだ一定数あると思いますが、次第に少なくなって行くことを期待します。

  7. 【6524001】 投稿者: ?  (ID:/hk.PYSnhiY) 投稿日時:2021年 10月 20日 16:21

    医学部受験のことを言っておられるんですか?
    地方の出生数の減少はびっくりするほど酷いです。
    例えば、青森県の平成30年の出生数は7,803人で、今後も激減すると予想されています。
    地方の他の県も事情は同様です。
    日本全体の若年層の減少よりも地方の若年層の減少のほうがひどいです。
    地方の国公立大学の学生は地元民がほとんどで、もともと首都圏などの私大に進学する生徒は少なめです。
    なので、地元民に関して、私大→国公立大の流れは限定的だし、首都圏などの大都市に住む私大志望生徒が過疎県の国公立大を受験する可能性はほとんどないでしょう(医学部ならあるかもですが)。
    10年もしないうちに国公立大の定員割れは問題になるでしょう。
    実際、現時点で地方の国公立大のなかには定員割れしたために3月下旬頃に二次募集をして定員を埋めた大学も出てきています。

    国公立大の統合は既に水面下で色々な動きがあります。
    https://dot.asahi.com/wa/2019012300012.html?page=1

    今後は、現在の都道府県の再編成の可能性も高いですし、国公立大の統廃合は必至です。

  8. 【6524036】 投稿者: 哲学  (ID:DlJEFcWlpvg) 投稿日時:2021年 10月 20日 17:06

    >物理学者は古典力学から相対論・量子論まで、すべてを学んだ上で、現代的なテーマを研究します。文系ではなぜ、このようなことが起こるのか、私には以前から不思議でした。

    少しズレますが、例えば音楽を考えると、古典派、ロマン派、印象派などと時代によって区分できますが、未だに古典派を追求している音楽家、音楽研究者がいて不思議ではありません。

    史学を研究する者も、フランス革命の専門であれば、未だにフランス革命について、新しい文献が出てこないかなどさらに深く調べるものです。

    経済学は社会科学なので、人文科学的なものとは異なると考えることもできますが、一方には経済学史というジャンルもあるため、マルクス経済学を追求しつづける研究者がいても不思議ではありません。
    私も今、マルクス経済学に意味があるとは思いませんが、それでも研究者がいることに違和感はありません。

    自然科学の分野とは違って、社会科学や人文科学は最先端のものだけを追いかけるという性質はないように思います。
    それは、学問個々の成り立ちに関係するので、簡単に割り切るものではないと思いますが。

    個人的には、海外では当たり前のように存在するダブルメジャーでの履修が、日本では難しい状況であることを危惧しています。
    一時期日本の技術が、ビジネスとしても成功をおさめ、世界をリードした時代がありましたが、多くの分野でアメリカの後塵を浴びる形になってしまいました。
    それにはいろいろな原因があると思いますが、問題は一流の経営者が出なかったことだと思います。
    アメリカの有能な経営者の多くは、ダブルメジャー的な考え方をします。
    専門バカではなく、様々な知識、教養を持っています。

    日本の場合、理系、文系と意味もなく分かれて、時としていがみあうような状況にあるのは大きな損失でしょう。
    研究の王道は自然科学的なものが圧倒しているにしても、それを利用した様々な応用は、いろいろな人間によってなされるべきだと思います。

    少し大仰な言い方をすれば、日本には哲学がないのだと思っています。
    だから、すぐれた科学技術があっても、人間のために活かしきれないのかもしれません。

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