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【7004284】「文系は刺し身のツマ」に

投稿者: 文系は人数が多く供給過多   (ID:3tEjFsLZgaI) 投稿日時:2022年 11月 15日 18:58

今後は、産業ニーズと合ってるかどうかが重要。
学士と高専卒が同じ括りに。


例えば、DMG森精機

卒業・学位_____初任給__想定初任年収
大学院卒(博士課程)475,000円_6,825,000円
大学院卒(修士課程)310,000円_4,650,000円
大学・高専専攻科卒_300,000円_4,000,000円

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  1. 【7014299】 投稿者: 関西人  (ID:iY0FaDT8NGo) 投稿日時:2022年 11月 25日 00:05

    廣松渉は

    相対性理論の"哲理"を既成理論の枠組に押込んで判ったつもりになるわけにはいかないのである。

    と書いたあと、

    哲学徒としては、彼の提起を受け止めて、自らのパラダイムを更新することで積極的に応えることをこそ課せられている。

    と述べて、例として

    ベルクソンは一寸別になる

    と言ったのみです。

  2. 【7014441】 投稿者: ポストモダン  (ID:fut35pI.Zl2) 投稿日時:2022年 11月 25日 08:53

    数学的、物理的時間というのは、生命の本質である「純粋持続」が空間上に転写された影像に過ぎず、そこで時空が連続すると言っても、それは所詮、空間上の連続に過ぎない。
    これがベルグソンのアインシュタイン批判の要点です。

  3. 【7014466】 投稿者: 関西人  (ID:MdqQ57DWhEk) 投稿日時:2022年 11月 25日 09:45

    少なくとも今読んでいる廣松の本にはそういう論点は出てこない感じがします。時間は存在しないという話は聞いたことがありましたが、それがベルクソンだったのか…という程度にしか今は頭が回らないです。

  4. 【7015044】 投稿者: アップデート  (ID:TdINToG5xqo) 投稿日時:2022年 11月 25日 19:14

    理系は教員も組織も5年に一回は産業のニーズに合わせるためにアップデートしていく。
    何十年も前の本をありがたがる文系が産業のニーズと乖離していくのは当たり前。
    定員の余り以上に文系の教育内容はオワコン。

  5. 【7015054】 投稿者: 関西人  (ID:IeqZ9Wor9XI) 投稿日時:2022年 11月 25日 19:22

    哲学や思想、
    その中でも特に科哲、科学史に関しては、人材難。
    アカハラとかいう話でやめさせられた人もいるし。
    読んでる本とか本来は手の内を明かすようなもので、
    言わないほうが良いかもしれないが、
    俺は言ったほうが良いと考える。

  6. 【7015881】 投稿者: そうであろうか①  (ID:e0STe1iVhg6) 投稿日時:2022年 11月 26日 14:57

    >何十年も前の本をありがたがる文系が産業のニーズと乖離していくのは当たり前。

    たとえば経済学において、現代資本主義を考えるのに何か一つでも基本的な問題を提起している書物を精読することは、意義あることだと思われる。たしかに計量的かつ個別的現象分析も大切だが、「そもそも今日の資本主義経済とはいったいどのようなものなのか」あるいは「現代社会はどこに流れ着くのか」との根本的な問題提起の本は、よりいっそう重視されるべきではあるまいか。なぜなら、トータルな現代経済観の形成にそれらが資しうると考えられるからである。

    その意味で、私はマルクスの『資本論』に優る古典はないと考えている。さらにマルクスの経済学は生前に刊行された『経済学批判』、死後に刊行された『剰余価値学説史』などでもって構成される。周知のように彼の理論は、人類が19世紀に創造したドイツ観念論哲学、英国経済学、フランスの空想的社会主義など継承したものだ。このうち、マルクス主義経済学は哲学、経済学そして社会主義理論で構成されるマルクス主義の主要な内容であるといえる。(続く)

  7. 【7015884】 投稿者: 同②  (ID:e0STe1iVhg6) 投稿日時:2022年 11月 26日 14:59

    (続き)
    むろん、天才マルクスにして、19世紀当時の時代的制約から完全に免れることはできなかった。たしかに労働価値説とか窮乏化理論など、彼が指摘した個々の命題や理論を現代の状況から批判することはできるのかもしれない。しかし、それでもなおマルクスの学問が我々を魅了してやまないのは、彼が唯物史観という方法で歴史全体の動向を太く力強いタッチで描き出したからである。そこには、トータルな歴史の洞察力で満ち溢れている。そして、その後誰もこのマルクスに対抗できるだけの世界史理論-唯物史観に代わるトータルな史観-を提起できたものはいない。

    どうか、あなたもぜひ『資本論』を実際に手に取ってみて頂きたい。そこに分析された19世紀当時の英国資本主義(日本では、江戸時代に相当)の様子を通じて、マルクスが緻密に資本主義の在り方を解明していることを知ることだろう。それは、現代の日本の資本主義諸現象の解明にも通用するものである。そのとき、あなたは同時に、天才マルクスの知的スケールの大きさにも圧倒されるはずだ。もっとも、あなたが辛抱強く読み進められるのならば、との条件付きで。

  8. 【7016076】 投稿者: 念のため  (ID:e0STe1iVhg6) 投稿日時:2022年 11月 26日 17:57

    「(・・・)なお付言すれば、われわれの図書館での本の貸出し等の記録につき、図書館(員)らの守秘義務は厳守されているのであろうか。たとえば民事事件での裁判所からの図書館長宛の文書送付嘱託の申立て(民訴法226条)に対しては、私人には応じる義務はなく、官庁・公署、公務員の場合であっても秘密保持義務がある場合には送付を拒絶できるはず。また、刑事事件でも裁判官からの捜索・差押え令状等が発布された場合ならいざ知らず、警察官による単なる捜査事項照会等程度であっても、われわれの個人情報を漫然と捜査当局に提供する例が公務員でも散見される。/(・・・)警察のコンピューターには既に、そうした私たちの個人情報がかなりの程度収録されているはずである。遺憾ながら、この国のプライバシーの保護は、実質的に形骸化しているといっても過言ではない。自由な社会への危機である」(私の書き込みから一部転載)


    上記につき考えるに、国民主権下での民主主義国家では、国政が国民の自由に表明せる意思に基づいて行われる必要がある。そこで、周知のように憲法19条で、「思想および良心の自由」を定める。しかしながら人間は、各自顔が異なるごとくそれぞれ思想や良心が異なる。それゆえ特定の思想・良心を有するからとて、国はそれを禁止したり不利益を与えてはならないことは当然である。また、そうした思想や良心は、公権力によって外部に強制的に表明させられることによって露顕されるので、国民にはそれらの自由につき「沈黙の自由」も保障されている。しかし、それゆえに権力は上述のような形で図書館から情報を入手、書籍の借用ならびに購入希望などの傾向から、われわれの内心の自由を違法に探知しようと画策するのである。

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