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【7004284】「文系は刺し身のツマ」に

投稿者: 文系は人数が多く供給過多   (ID:3tEjFsLZgaI) 投稿日時:2022年 11月 15日 18:58

今後は、産業ニーズと合ってるかどうかが重要。
学士と高専卒が同じ括りに。


例えば、DMG森精機

卒業・学位_____初任給__想定初任年収
大学院卒(博士課程)475,000円_6,825,000円
大学院卒(修士課程)310,000円_4,650,000円
大学・高専専攻科卒_300,000円_4,000,000円

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  1. 【7010103】 投稿者: ?  (ID:247q2eUn67Y) 投稿日時:2022年 11月 21日 13:52

    まあさん宛てです。

  2. 【7010137】 投稿者: 理系人  (ID:LRMvBS9qIyk) 投稿日時:2022年 11月 21日 14:15

     この問いかけに少々興味を持った。

    > 「機械の知と人間の知」について....
    > コンピューターによる計算や翻訳という行為は、物理現象か心理現象か....

     コンピュータの内部では、ANDとかNORとかの論理ゲート(電気的スイッチの組み合わせ)を用いて論理回路が構築されている。これに「0101....」のようなデータやコマンド(命令)を入力して(00101...のような)出力を得るわけだ。要するに、大掛かりではあるが単なる入出力機械なのだ。
     なので、「機械の知」って何?となるわけだ。

     コンピュータによる「計算」「翻訳」も、データ、コマンド入力による反応(出力)に過ぎないので、「心理現象」と比較などできそうにない。
     そもそも、「心理」とか「魂」とかを、数理的な反応ルールで定義できていないのだから、コンピュータと比較できるはずはないのだ。

     ただし、このコンピュータの入出力も、巨大な参照データと比較してそれらしい出力が得られるようになると、Siriのように人間的な反応をある程度模倣はできる。
     最近のAI技術の進歩があり、「コンピュータが人間に近づいた」と考える人が増えたのだろうが、根本的にはやはり「入出力機械」だ。

     やはり、文系人との距離は遠い(と感じる)。

  3. 【7010173】 投稿者: そうだろうか①  (ID:jvi8Jvxu//c) 投稿日時:2022年 11月 21日 14:43

    私は、そうは思わない。しかも、卑見は私独自のものではなく、哲学史の常識でもあると思われる。その観点からは、君もまた素人である。すなわち、パラダイム論とは従来の科学の進歩の検証手続きとして帰納的・仮説的に設定された命題が実証的観察によって認証・反証され、これにより科学理論が確立されるとした実証主義的科学観を否定するものだ。

    ところでKuhnの説くパラダイムparadigmは、もともとギリシャ語のparadeigmaに由来する。それは「範型」「手本」を意味した。彼はこれを「任意の時期に科学の専門分野の成員が、そこから自分たちの仕事の実践を学ぶような特別のモデルとなるような業績」と定義した。

    たとえば、ニュートンの『クリンキピア』に凝集された業績で、このようなモデルが提供されるためには、次の二点が必要だとした。

    ①当該業績が、一群の問題の解決規範と方法とを明示していること
    ②一定の科学分野の研究者群が、当該分野の学問的発展のために適切な基礎として受け入れていること

  4. 【7010175】 投稿者: そうだろうか②  (ID:jvi8Jvxu//c) 投稿日時:2022年 11月 21日 14:45

    (続き)
    この科学者共同体によって共有されたパラダイムは、通常科学normal scienceと呼称される研究活動を推進する。だが、そこに変則事象anomaliesが見いだされることによって、既存のパラダイムが危機に陥る。この危機が、科学革命scientific revolutionというパラダイムの交代現象によって克服されるとする。

    したがって、以上の観点からは、私が先に例示した天動説から地動説への科学理論の歴史的変遷は、パラダイムそのものの転換を引き起こし、実証主義的な検証に耐え得るものではなかったと思料する。このように、パラダイム論の核心とは科学理論の「歴史的・社会的相対性」にあるのである。お分かりかな。

  5. 【7010198】 投稿者: ありがとう  (ID:jvi8Jvxu//c) 投稿日時:2022年 11月 21日 15:07

    理系の方から、初めてまっとうなご意見をいただいた。
    感謝申し上げる。そこでこの際、若干申し上げたい。

    私の出題の背景には、上述kuhnとともに現代科学論で革命的な提唱とされたハンソンN.R.Hansonの「観察の理論負荷性theory-ladeness」の命題がある。周知のようにこれは、科学的な観察・事実・データに対する理論の認識的先行性を主張するものだ。詳細はすでに述べたので割愛するが、要は理論の反射を受けない純粋無垢な現認など存在しないということである。換言すれば、観察事実は科学理論を検証・反証する際の中立的な基盤にはなりえないことを意味する。

    したがって、ある理論を批判するのは観察事実ではなく、新たな理論でなくてはならないとする。その観点からすると、国会での官僚らによる数字を駆使した答弁から、本掲示板でコピペされ続ける怪しげな「データ」に至るまで、それが単なる感覚与件ではなく、理論的文脈に依存した意味でのーある意味、恣意的なー把握であることが理解できる。まさに、新科学哲学の大きな論拠である。

  6. 【7010281】 投稿者: コピペばかり  (ID:jvi8Jvxu//c) 投稿日時:2022年 11月 21日 16:18

    要は、実質的に君ご自身は何ら語っていないのと同じ。しかも、引用した当該コピペと君ご自身の「お考え」とがいかなる連関にあるのか、まったく明記されていない。ただ貼付されているだけ。欠落している。

    そうした、あたかも「読者が勝手に考えよ」式の不親切な論法は、大学生の卒論でしばしば見受けられる。それとも君は卒論をお書きにならなかったのだろうか。そこで、ゼミ教授に指導されなかった?

  7. 【7010395】 投稿者: ポストモダン  (ID:9z9cbRfhTXA) 投稿日時:2022年 11月 21日 17:50

    >それゆえ、そうした「技術知」や「実践知」は、ギリシャでは奴隷の仕事とされてきた。他方で市民や自由人は、他の目的のためではなく、そのものの知の探究ができた。

    このレスには、私も唸りました。
    まさに、歴史の学習は、このような認識に到達するためにこそ有益なのだということですね。
    哲学、すなわち、知を愛するという意味のphilosophy は個々の人間の自己実現のためにこそ存在するという意味ですね。ソクラテスやプラトンが哲学に求めたものもそのようなものであった、と思われます。
    科学技術が人類に提供する、人間を単調な労働から解放するためのロボットやAIは、古代ギリシャでは奴隷が担っていた役割であって、奴隷以外の自由市民は、奴隷労働によって生じた余暇を使って、専ら自己実現のための哲学に明け暮れていた。
    つまり、科学技術は哲学に寄与するためにこそその存在意義があるという御所論と理解しました。
    科学技術による生産性の向上が生み出す余暇は、究極の趣味や娯楽である哲学による自己実現のためにこそあるべきである。
    全く同意いたします。

  8. 【7010418】 投稿者: ポストモダン  (ID:9z9cbRfhTXA) 投稿日時:2022年 11月 21日 18:10

    >またその小さい存在の地下アイドルクーンのコピペばかり。

    その元地下アイドルグループのAKBの圧倒的な人気は何を意味しているのでしょう。冴えないポスドクよりはよっぽど稼いでいて、経済の活性化に寄与していますよ。

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