理工系砂漠・東京
人口比で国立大学が少なく、9割以上が私大卒。理系学部特に工学系が定員の多くを占める国立大と異なり、私大は文系中心であるため、都内の大卒のほとんどが文系。
大学進学率が7割位あるが、都内には私大が140校近くあり(ちなみに島根には私大ゼロ、鳥取には1校)、田舎の県との進学率の差分はFランで稼いでいると思われる。
地方の県トップからは旧帝理系が最大勢力なので、地方都市出身の高学歴民はなんとなく、進学校の人=理系多数と思っているが、東京はそうではない。
あと、非首都圏の県立進学校は2番手3番手でも全員共通テストを5科目受けるが、都内の特に私立校では年内に推薦や総合入試で私大に決める人が多く、共通テストを受ける生徒自体が少数派である。
中堅層に理工系が極めて少ないのが東京の特徴。
中受や高受で人気の大学附属は、東京や神奈川のセレブとその取り巻きが、自分達だけで固まるためのコミュニティ形成ツールとなっていて、大学名=学歴と勘違いしている人がほとんど。
(※学歴とは、高卒とか大卒とか修士卒とか博士卒のことである。学部卒を高学歴とは言わない)
特定の私大のエスカレーターに早く乗せることが受験の目的化している。
そういう人々は「タイパ」重視なので、上の大学に理工学部があっても進まず、楽単の学部に進む。
東京は子供の数は多いが、理系人材特に産業の基盤となる理工系の人材を産み出さない砂漠である。
政府もこの状況を問題視して、手をこまねいているわけではなく、私大の理系学部への転換に補助金を出しはじめているが、さて…。
気になったので調べてみたところ
・岡大の工学部は1960年の新設
・広大の工学部は1920年にできた官立の広島高等工業学校と公立校の広島市立工業専門学校と共に広島大工学部、とある
・名工大も1905年創立の官立の名古屋高等工業と公立校の愛知県立高等工業を一緒にしたと沿革に書いてある
岡山大学と広島大学ではやはり岡山大学が上ですね。
まあ岡山大学と広島大学では、大学としての歴史に大きな差がありますから。
仕方がないですよ。
岡山は大正時代には既に大学でしたが、その頃の広島はまだ高校でした。
広島は昭和生まれの新しい大学です。
岡山大学は旧一期校であったのに広島大学は最初は旧二期校でした。
ただし、広島大学も文部省へ働きかけて途中から一期校へ転換しています。
とにかく広島大学の欠点は長年にわたり蛸足大学であったことです。
本部の千田キャンパスも高校に毛の生えた程度の狭いもので、とても大学と言えるようなものではなかったのです。
そもそもが岡山大学とは比較にならないほど大きく劣っていて、とても対抗できるような大学ではありませんでした。
その後、広島大学も東広島市に広大な敷地を手に入れ、総合大学に相応しいキャンパスを構えることに成功したのです。
ここから広島大学の快進撃が始まり、大きく差をつけられていた岡山大学と肩を並べるまでに急成長しています。
ダイヤモンドの全国2254校「大学合格力」ランキングからデータを取っているのですが、対象校の選定基準が国公立大に3人以上の合格者で記載の対象。
従来の難関国立大10大学でのカウントを止めて、国公立大20大学との新基準(←全く定着していない)、その20国公立大学とは何ぞや?と見ていくと広大も岡大も入って来る。
旧帝7と旧六(←岡大が入る)と、旧官←が広大、筑波大、神戸大、東工大、一橋大で、数合わせなのか大阪ハム大と都立大を合わせて20大学だそうです。
東工大が医科歯科大と合併し東京科学大になると医学部を持つ、すると新基準では都立大と一橋大だけが医学部が無い2大学
戦前の旧制高校や官立の医科大だったかで、現在の国立大学の沿革で今も受験生や保護者の評価に残るんだなと、思いますよね。
国大協の各国立大学入学者の都道府県別高校所在地を見ると、岡大も広大も隣接県と瀬戸内を挟んだ四国の国立大学とで細かく移動し合っています、神戸大にも広島は4.39%、九大にも6.09%、九工大にも6.35%、
まあ、比較的中近距離で移動してるかな?と思いました。
普通に岡山大学>広島大学でしょう。
広島市>岡山市だけど岡山大学>広島大学
大阪市>京都市だけど京都大学>大阪大学
これは大学の格や歴史が違うからです。
もっとも京都大学と岡山大学はそれぞれ京都市、岡山市にありますが、
大阪大学は豊中市、広島大学は東広島市にあります。