今年入学した高1生が語る青春リアル
便所の改修のできない国立大の3割が「授業料標準額の見直しを」 国の引き上げを期待。でも自分では学費を上げられず、そんなに偏差値が下がるのが怖いのか
授業料の値上げができた大学は東京大学など一部に留まる。
一部のクレクレ君が給食費無償化の財源を使うように要求しているが、どう考えても国立大学の方が優先順位は下。
私立でも、手続き締め切りを、国公立の合格発表までは遅すぎて無理だけど受験日よりは後で感触わかってから、あるいは早慶の合否が出揃ってからにしてくれてる学校はあります。
立命館は、1月出願の共テ利用でも3月3日締め切りにしてくれているので、1つ合格を持って他をチャレンジできるのって本当に心強いなと、いちばん受かりやすい学部に志願させてもらいました。抜けた合格者分は3月入試で調整するようです
ところが、たとえば併願で合格した青山学院に任意で納付しておき、その後の早慶合格が分かったとき、青山にその入学金を返せと要求する非常識者は訊いた覚えはない。無駄と思うなら、そもそも青山に入学金を納めなければよいだけなのだから。したがって、私学志望者はそれを承知の上で受験し、手続きをとる。
一方で、そんな当然の道理が分からぬのは、国立大学受験者たち。明らかに「国立」の看板が欲しい、あるいは学費節約志向。それも結構だ。だが、それほどカネが惜しいのなら、始めから私学を受験せねばよいではなかったか。そうすれば、その分だけ当該私学第一志望者はうれしい合格が授かれる。採点の手間も省ける。
それゆえチープな権威主義者は、国立専願にしたほうがお互いの幸せというもの。妙な劣等感を抱いて私学に入学されては、他の受験生にとって迷惑千万なことだから。受験しないで。入学金納めないで。来ないでね。
最終的に第一志望の国立大学に合格できましたが、一浪ということもあり現役時は受けなかった私立大学を受け、そちらも合格をもらいました。(受験時点で大きな奨学金は内定済でしたが、それがなかったら手堅く志望校を落としていたかもしれません)
選挙でいう供託金のような、受験生の手当たり次第の受験を躊躇わせるものではあることは承知しています。しかし、経済的に余裕の少ない家庭ではかなり大きな負担になります。実際に大学の知人でも経済的に私立大学の受験は無理だったと語っている人がいます。
自分も受験生の時には理不尽な制度だと思ったが,その裏にある制度上の話を聞いてみると社会に出てからはやむを得ないと思うようになった。
大学の入学枠って無制限なわけではなく言ってみればマンションの売室のようなもの




































