5つの入試スタイルと合格ポイント
AO入試は危うくあるませんか?
やたら総合選抜やAO入試がもてはやされているが、従来必須としてやってきた数学、物理、化学などの基礎知識は理系大学生なら誰でも必要でしょう。
大学学部以降も知識を積み上げ、最先端レベルにたどり着く為には基礎学問をマスターしていなければどうしようもなりません。大学院の授業が理解できない。
また、法学部や文学部、経済学部の学生も生物や進化の基礎、宇宙の成り立ちを知っておく必要もあります。
厚労省の予算配分に当たる財務官僚も最新の生物の知識や癌医療について知らなければ何が必要かのやりとりも出来ない。他の官僚達もAIや新型原発、核融合、宇宙などもある程度の知識がなければ国会答弁も書けないでしょう。
AO入試だからといって基礎の抜けや落ちがあってはまずい。この点東北大などはきちんと確認しているのだろうか?
基礎知識がない理系などいらない。
新卒一括採用の日本では、高等教育で学んだことなど何の価値もない。大学で足ギリしてあとはコミュ力などの人間性などで採用を決めている。
日本の企業側は、日本の高等教育に何も期待していない。だから博士は使えないし、修士も学士も同じ扱い。日本の企業は高等教育に何も期待していない。学生はそれを知っているので学ぼうとはしない。
新卒一括採用、終身雇用の日本では高等教育は無用扱い。ただ最近は他国企業のように専門能力や即戦力を重視するジョブ型雇用が増えつつあるので少しは変わるかもしれない。
あなたの様な論調が必ず見落とすのは、日本の企業が高等教育に期待していないのではなく、学位を抽象的に評価する制度設計そのものを持っていないという点だと思う。
企業が重視しているのはコミュニケーション能力でも体育会系のノリでもなく、配属後に組織内の手順や商習慣にどれだけ早く順応、同期できるかという即時適応性で、これは専門教育の内容と直結しない。
だから学士も修士も博士も同じレーンに乗せられ、結果として学ぶ動機が内側から枯れる。
問題は終身雇用や新卒一括採用といった枠組みそのものではなく、教育側の専門性を企業側の職務記述に翻訳する機構が欠けたまま、入口だけを総合職で平坦化している構造にあるのです。
欧米でジョブ型が機能するのは、仕事の定義が先にあって、学位がそこに自然に接続しているから。ところが日本はその逆で、仕事の側が定義されずに運用だけが残っている。
だからジョブ型ですよーと、表札を掲げたところで、専門を評価する回路がなければ形骸化する。
日本で変化が起きるとすれば、企業が大学に期待するようになるから改革されるのではなくて、企業が抱え込んでいた育成コストを吸収できなくなり、外部の専門性を明示的に買わざるを得なくなる局面が来た時だと思う。
そこで初めて、学んだ内容と職務の結びつきが問われるようになる。
あなたの提起する議論は、制度疲労を個人のやる気やコミュ力に押し込めているだけで、配置のルールそのものに手を入れない限り、表向きのジョブ型だけが増えて中身は変わらないという状況が続くだけです。




































