高2が体験!金沢探究レポート
Fランと揶揄される大学も難関国立大学も変わらないことがバレ始めている
今では、安いユニクロも高級服も品質は、ほぼ同じ。高級服を、ステータスとして、自慢する人が減り始めている。AIでアニメ制作の全工程全自動が始めている。何年もける一流の新海や宮崎アニメより、短時間でできるAIアニメで満足し始めるかも。同じようなことが、大学進学でも、事実が、バレ始めて、起こる可能性は、ある。Fランでも、学内競争が、緩く、優秀な成績の学生は、学費免除、大企業に入れる学生も、日大でも、一級建築士試験合格率は、トップクラス、トップ企業に、就職する学生も、珍しくない。この事実が、バレ始めている。公務員試験に、学歴フィルターはなく、自分次第、見栄を張り、難関大学内でさえ競争の厳しい一部の学歴フィルター難関企業内定に拘るより、400社に拘るより、他の良い会社で、満足し始めている。日本は、イタリアやスペインあたりの国力に落ち着ついていき、そうなっていんじゃないかなー、と思っているが、皆さんは、どう思ってますか。
花巻東高校出身で高卒の大谷翔平選手は、生涯年収1000億円は確実でスポンサー契約を合わせるとその数倍、直近の年収も3億あるいは100億円。
例外なんていくらでもいるし、自身のポジションが悪ければそれを跳ね返す努力が大事。ただ、可能性としてはやはり難関大学出身様の方が成功する確率は高い。
もっとも日本の大学は国私立で入試科目の違いはあれど、比較が比較的容易なわけで、企業にとっては互換性のある人材。ただ、大学名が通用するのは新卒時だけど考えるべき。そのあとは仕事の内容や質で判断されるよ。とはいえ、簡単に合格できる大学出身者で凄いと思った人に会ったことはないが…。逆に、難関大卒の人でも仕事ができない人は結構いる。そういう意味ではスレタイは「難関国公立大の人でもFランと同様の人がいることがバレ始めている」のほうがより正しい。
何を言いたいかと言うと、ブランド、難関、と言われる大学に魅力を感じなくなる学部受験生が、増えるんじゃないかなぁ〜、ということ。例えば、400社でなければぁ~、難関企業だぁ~、とかの価値観、見栄、に縛られなければ、実際に、Fラン大学から、良い会社に就職(成功)している学生は、少なくないし、環境も、1日中、大学内にいるわけでもなく、もちろん、良い先生もいるだろうけど、人脈も、その人次第。
成功とは、何か分かりませんが、その確率は、今は、高いのかもしれません。しかし、これから、受験生の、何を成功とするか、価値観が、変わり、難関大学進学信仰、ブランド大学進学信仰が、カッコ悪い、くだらない見栄、と見なされ、18才からの学び、人間性、に企業人事も重視するような時代になる、とは、考えられないでしょうか。
そうなんですよね。
子供が学びたい学問の関係でFランの大学を希望しています。早慶を狙える子なのに、本当に良いのか? いつか後悔しないか?と毎日悶々としています。ただ、そのFランの大学、就職率が良いんです。女子大で生徒数が少ない分、就職の手助けも手厚いですし。早慶やGMARCHに行っても、消極的な我が子は就職で苦労でしょう。それなら手厚いFランで学びたい勉強をする方が良いのでは?という気もしています。
しかし、これから、受験生の、何を成功とするか、価値観が、変わり、難関大学進学信仰、ブランド大学進学信仰が、カッコ悪い、くだらない見栄、と見なされ、18才からの学び、人間性、に企業人事も重視するような時代になる、とは、考えられないでしょうか。
…あなたが何を望んでいるのか分からないが、そうしたことは起きないだろう。
そもそも、難関大学信仰というのは宗教のそれとは違い、「能力の担保」が根底にあるから。古今東西、知識が多い、判断力がある人が出世するのは当然の摂理。日本の大学入試は(推薦や総合選抜は微妙だが)そうした能力を一番判断できる。他の大学との比較も予備校などが行なってくれており、毎年何万人もの受験生が参加する大学入試はその参加者の能力をかなり正確に判定する。
中国でも寝そべり族といわれる、若者が増えているが彼らは競争から脱落しただけであり、世の中は彼らを無視し能力ある大卒を賞賛する。若者の価値観が変化し、難関大学信仰がなくなり、寝そべり族を採用する企業があると思うだろうか?頑張らない人や生き物が生き残れないのもまた自然の摂理。
確かに以前より難関大学信仰が弱まる可能性はあるし、入試方式が変わることはあったとしても、能力が高い、一生懸命物事に取り組む人が出世することに変わりはない。大昔は太れることが富の象徴だったが、現在では痩せていることの方が賞賛される。これはその時代でそちらの方が難しく、その体型が能力の高さを表すから。ただ、勉強などに関してはそうしたことは起きない。まぁ、中卒でも親の遺産で仕事をしなくても平気な人という場合は、むしろ低学歴ご凄みになるが、それくらいしかない。
さらに、万が一学歴が問われなくなる社会が登場しても今度は何らかの能力を測るシステムを使うだけ。優秀な人間はそうしたシステムの変化に敏感。富裕層や超優秀層が子供を海外の大学に進学させるのはそうした変化に対応する為。




































