生徒達の心に深く刻まれた感動の一日
「国立文系は潰せ」―AI人材育成の実績から考える
>◎ AIを活用出来る人材の育成
数学が苦手な文系学生にとってはハードルが高い。 データサイエンスを学ぶ前提となる数ⅡBまで身に付いていない大学生が私立トップ校でも多い。
日本の教育は、レベルは高いが数学嫌いを増やしていることが明らかになっている。 大卒者は8割方リテラシーレベルでデータサイエンスの素養を持っていたほうが望ましい。
大学側はきっと「こんな何にもしらない状態で学生を入学させたら、教育などできない」と、いずれは大学の入試、入学要件自体が変更を迫られるだろう。
(慶應の安宅和人教授のインタビュー記事からの抜粋)
>そこで気になるのがDS教育です。
文科省の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」では、国立大学も早稲田大学も「DSリテラシーレベル」として認定されています。
ところが、教育学部の修了率を見ると、
・地方国立大学:約85%以上
・早稲田大学:5.5%
と、同じ「DSリテラシーレベル」の認定でも、実際の履修・修了状況には大きな差があります。
>投稿者: そもそも (ID:utmJJrECg1U)
投稿日時:2026年 09月 07日 09:32
そもそも国立文系の大半は4年制大学としてふさわしいアカデミズムから程遠く、早く潰してしまって、無駄な4年間を浪費させるのではなく社会で働いて報酬を得ることで経済活動してもらう方が、個人にも社会にも圧倒的にメリットがある。
「AIを活用できる人材の育成」という観点から見ると、むしろ国立大学文系より私大文系のほうが、「無駄な4年間を浪費させるのではなく、社会で働いて報酬を得ることで経済活動に参加してもらったほうが、個人にも社会にもメリットが大きい」と考えたくなります。
こうして実際のDS教育の状況を見てみると、やはり国立大学は、国家戦略における人材育成の柱なのだと改めて確信しました。
それなのに、なぜ「国立文系の大半は4年制大学としてふさわしくない」「早く潰してしまったほうがいい」といった意見が出てくるのでしょうか?
少なくとも、AI・データサイエンス人材の育成という観点からは、実際の教育実績を見たうえで議論する必要があるのではないでしょうか。
>知能が足りないから…です。
文科省は、DSリテラシーレベルの人材を年間約50万人育成することを目標としています。
また、慶應・安宅教授が「大卒者は8割方、リテラシーレベルでデータサイエンスの素養を持っていたほうが望ましい」と述べています。
大学の1学年を約70万人とすれば、
70万人 × 0.8 = 56万人
文科省の「年間約50万人」という目標とも、ほぼ一致します。
つまり、国が目指しているのは、一部の理系学生だけではなく、大卒者の大部分にDS・AIの基礎的素養を身につけさせることです。
これ、なぜ気付かないのでしょう?
その基準をすでにクリアしている地方国立大学について、「早く潰してしまって、無駄な4年間を浪費させるのではなく、社会で働いて報酬を得ることで経済活動に参加してもらったほうが、個人にも社会にも圧倒的にメリットがある」と結論づける。
少なくとも、国家の人材育成政策と実際の教育実績を見れば、そんな単純な結論にはならないと思います。
というか…
これ、知能の問題でしょうか?
思考力の問題でしょうか?






























