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投稿者: おやおや (ID:LQ2d5ARhgak) 投稿日時:2024年 11月 21日 11:52
選択的夫婦別姓に関する議論が活発化していますが、感情的なやり取りや論点のすり替えが多く、建設的な意見交換が難しい状況も見受けられました。
このスレッドでは、選択的夫婦別姓の是非を冷静に議論し、具体的なメリット・デメリット、社会的影響、そして制度設計の課題について考えていきたいと思います。
以下の点を議論の基軸としたいと思います:
1️⃣:選択肢を増やすことの意義:強制ではなく、選択の自由を保障することの利点は?
2️⃣:懸念点と解決策:家族の一体感や戸籍制度への影響など、反対派の懸念にどう対応するか?
3️⃣:実現に向けた課題:法整備や社会的な合意形成に必要なプロセスは何か?
感情論に陥らず、具体的で理性的な議論を心掛けましょう。賛成・反対の立場を問わず、意見交換を通じてより深い理解を目指す場にしたいと考えています。
理想論だけではなく、現実的な視点から議論を進めましょう。
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【7585922】 投稿者: 東大卒女性 (ID:o1QuYqftzLg) 投稿日時:2024年 12月 10日 11:33
それは女性と言えども学歴や収入が高い方が選ばれやすいですから、東大女性の既婚率は高くなるでしょうが、東大女性の比率が1割から2割に増えて、その大半が東大(程度)男性と結婚すれば、東大女性と結婚せずに余る東大(程度)男性の率は8割(9-1)から6割(8-2)に減るわけです。
高学歴女性が増えているのは、東大女性だけでなく、一橋でも慶応でも起きているわけですから、結果、東大男性のうち昔であれば結婚相手の主流であった女子大出身女性との結婚率は著しく低下することになります。
もし、女子大(例えばお茶大や津田塾)出身女性の上方婚意識が昔のままで、自分は女の東大行ったのだから、マーチなんぞと結婚できるか、相手は東大一択などと想定していると極めて結婚は難しいことになってきます。
やはり、女性の高学歴化は女性の上方婚意識が変わらない限り結婚率を引き下げる効果があります。 -
【7585947】 投稿者: 横 (ID:UEL9iUEJZl.) 投稿日時:2024年 12月 10日 12:39
貴方の書き込みは、一見すると知識を駆使した深い議論のように見えますが、内容を精査すれば、議論として成り立つ要件を欠いています。選択制夫婦別姓という具体的な制度改革のテーマに対し、貴方の論旨はまるで無関係、ただ無意味に難解な言葉を並べただけで、意味が全く通じていません。
まず、「一夫一婦制」の成立背景についてエンゲルスやエディプスコンプレックスを持ち出していますが、それらを選択制夫婦別姓の議論にどう結びつけるのか、具体的な論証が完全に欠如しています。単に古典的な理論を羅列して「だから制度改革が必要だ」と主張するのは、論理の飛躍以外の何物でもありません。この議論において必要なのは、選択制夫婦別姓が現代社会におけるどのような問題を解決し得るか、そしてどのような影響を与えるかという具体的な説明です。それを一切提示せず、曖昧な理論の羅列に終始している時点で、議論の体を成していません。これは以前から異口同音に指摘されていると思いますが、説明できないのか、指摘が理解できないのかどちらでしょうか。
また、「母系制社会への逆戻り」や「家族文化への一石」などと主張していますが、これらの言葉もまた抽象的で、具体的な事例やデータが完全に欠けています。
たとえば、選択制夫婦別姓がなぜ「母系制社会」を招く可能性があるのか、その因果関係を具体的に示す必要があります。しかし、貴方の書き込みにはその根拠が皆無です。単なる空想や願望を並べるだけでは、議論としての意味を持ちません。
さらに、「エディプスコンプレックス」や「アジャセコンプレックス」といった精神分析学的概念を引き合いに出していますが、それらが選択制夫婦別姓にどう関わるのかがこれもまたまた全く説明されていません。
単なる知識のひけらかしに過ぎず、議論を進める上で何の価値もありません。むしろ、こうした無意味な理論の羅列は、論点をぼかし議論を混乱させる意図的な煙幕とすら言えます。
貴方の文章の最大の欠陥は、「選択制夫婦別姓という制度に対する具体的な是非」を全く論じていない点です。制度改革の目的や現状の問題点、それを解決するための提案やその影響を議論するべきところを、貴方は無関係な理論や抽象的な概念で話を逸らしています。結局、貴方の主張は「難しい言葉を使って知識をアピールしたい」という意図以上のものを一切感じさせません。
議論とは、具体性と論理性を持って相手に伝えることが目的です。貴方のように曖昧な理論を並べ立て、実質的な議論を放棄する行為は、議論の場において誠実さを欠く態度だと言わざるを得ません。選択制夫婦別姓というテーマについて、本当に何か意見があるのなら、まずはその具体性を示し、論点を明確にするべきです。それができないのであれば、貴方の書き込みはただの無意味な自己満足に過ぎません。
「一つでも良いので」まずその関係性を説明してみては?
できない時点で
「難しい言葉を使って知識をアピールしたい」
が確定です。
再掲すればこの状況、まさにアインシュタインの
“If you can't explain it to a six-year-old, you don't understand it yourself.”
〜「6歳の子どもに説明できなければ、理解したとは言えない〜がぴったりです。 -
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【7585962】 投稿者: いやいやいや、横以前のレベル (ID:jLFNAQPEl8s) 投稿日時:2024年 12月 10日 13:37
貴方の主張を拝見しましたが、根本的に現代社会の進展を無視しており、前提条件そのものが時代遅れです。DNA鑑定が存在し、しかもその精度、スピードが日々劇的に進化している現代において、「正統な財産の相続者を確保するために一夫一婦制が必要」という主張は、時代錯誤も甚だしいと言わざるを得ません。それはまるで電球が存在しない時代の価値観を持ち出して、「夜にスポーツができないからスポーツは昼間の娯楽である」と結論づけるのと同じくらい無意味です。
現代では、血縁関係の証明が科学的に可能であり、家族形態が多様化しても財産の相続や親子関係の確認に困難が生じることはありません。さらに、財産相続における法的整備や手続きも進んでおり、貴方が主張するような「父親の認知」が家族制度の存続に不可欠だという論理は、完全に破綻しています。こうした状況下で、一夫一婦制を私有財産の必然的な帰結として論じること自体が、もはや文明以前の発想に囚われている証拠です。
また、「母系制社会への逆戻り」という表現も、現実から乖離しています。現代の家族制度において、男女双方が平等な立場で財産を形成し、それを相続させる仕組みは既に存在しています。選択制夫婦別姓を採用することが、どうして「母系制社会」を引き起こすのか、その具体的な因果関係が全く説明されていません。むしろ、DNA鑑定や法整備によって血縁確認が容易になった現代社会では、姓の問題が血縁の認識や財産相続の手続きに与える影響はほとんどないと言えるでしょう。
貴方の書き込みは、近代以前の価値観を持ち出して現代社会を語ろうとしている点で、全くの無意味です。時代に即した議論を行うのであれば、現代の科学技術や社会制度の現状を踏まえるべきです。それを無視して、旧態依然とした価値観に基づく論を展開しても、読者には何の説得力もありません。結果として、貴方が何を主張したいのかも分からず、単に知識のひけらかしに終わっているだけです。議論の場においてこうしたアプローチを取ることは、建設的な対話を放棄しているに等しいと言わざるを得ません。 -
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【7586000】 投稿者: 回答 (ID:wcjrcm6I5so) 投稿日時:2024年 12月 10日 14:42
まあ、結婚時の妻の改姓の慣習化というのは、一夫一婦制に基づく家父長制の名残であることは確かだと思います。
私の展望では、保育施設が充実し、教育は完全に無償化され、子育てにかかわる様々な役割を共同体が担うことにより、ヒグマの母子家庭みたいな単位が家族の主流になる社会は、一種の理想的な「共産主義社会」になるのだろうけど、そうなるとそれはそれで、例えば、男たちが勤労意欲を失ったり、その結果、技術の進歩が停滞したり、という問題点が噴出するのだろうと思う。
そうではなくて、あなた方は、私有財産の形成とそれの子供たちへの相続による継承を基本目標にする「一夫一婦制」の枠組みの中での男女同権、男女の役割の同等化や選択の自由を主張している、というのであれば、それはそれで首尾一貫した要求であると思っています。
それが実現すれば、家父長制的な一夫一婦制の文化特性であるエディプスコンプレックスもアジャセコンプレックスも解消に向かっていくことでしょう。
資本主義社会も、今直面している産業のIT化、AI化への動機が高まって、親爺たちの社畜文化が解消し、労働市場の活性化により、今まで以上に発展していくと思う。
親爺たちの社畜文化はエディプス的殺意に満ちた家父長制の文化そのものですからね。