アートの才能を伸ばす女子教育
嫁や娘婿との付き合い方 ネガティブ編
嫁も娘婿もいます。
これはありがたいことなのですが、
困ったのは娘婿です。
私(義理の母)は、娘婿と顔を合わせる度に1週間もイライラしてしまいます。理由は、お礼が無い、挨拶が無い、遅れてもお詫びが無い、謎の上から目線、来てやったかのような態度等。初回の面会からあまり好きになれず、回数を重ねても嫌になるばかりです。
結婚して1年、ここまではなるべく穏便に対応してきたつもりなのですが。
娘本人は、自分と夫が実家と仲良くしてほしいのでしょう。何かと理由を付けてはこの婿を連れてやってきます。贈与要員、孫の養育要員として見られているのかもしれません。
(不明)
老後は特に世話になるつもりもなく、金銭面の心配もありがたいことに無いと考えています。贈与の予定もありません。
合わない義理の子供とどう距離を置くか、ご指南いただけますと嬉しいです。
>私(義理の母)は、娘婿と顔を合わせる度に1週間もイライラしてしまいます。
娘さんの夫に対してそこまでの情動を反復的に抱いてしまうということは、もはや「嫌な人がいる」レベルではなく、「自分の心がその人に縛られている」状態なのだと思います。距離を取りたいというより、心の主導権を取り戻す必要があるのではないでしょうか。
>お礼が無い、挨拶が無い、遅れてもお詫びが無い、謎の上から目線
仮にそれらが事実だったとしても、1年ものあいだ「何も変わらなかった」のであれば、これはもう性格的な部分か、価値観の違いです。残念ながら、人は「義母の気持ち」によって自発的には変わりません。距離を置くことは可能ですが、そのためにはまず「変わらない人に、変化を期待してしまっている自分」を手放す必要があるように思います。
>娘本人は、自分と夫が実家と仲良くしてほしいのでしょう。
これは当然のことです。結婚とは両家の縁組であり、「仲良くしてほしい」は娘さんの自然な願いです。ただし、「仲良く」というのは「お互いの個性を尊重しながら、衝突を避けて共存する」という意味であって、「気が合うこと」ではありません。そもそも娘婿と「仲良く」する必要はありません。淡々と最低限の礼儀だけをもって接すれば十分です。
>贈与要員、孫の養育要員として見られているのかもしれません。
「かもしれません」と仮定の上に築かれた不信感は、結局のところご自身の心の投影でしかありません。仮にそうであったとしても、実害がないならそれは娘さん夫婦の「願望」であって「強要」ではありません。嫌なら断ればいいだけの話です。
>贈与の予定もありません。
それならそれで、何も問題ありません。無いものは無いと伝えれば済みます。妙に忖度されていると感じるのは、明言しないで察してもらおうとしているからでは?
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結論としては、娘婿との「距離の取り方」は技術の問題ではなく、ご自身の「期待と執着の手放し」の問題です。相手に変化を期待するより、まずは「自分が自分の心の責任を取る」こと。そのうえで、関わりを必要最小限にとどめればいいだけです。物理的な距離ではなく、心理的な「線引き」を明確にすることが、最も有効な距離の取り方だと思います。
>私にも平和な時間を過ごす権利はあるわけで、娘婿を遠ざけることくらいは自由にやれるでしょう。
はい、そのとおりです。誰にでも「誰と関わるかを選ぶ自由」はありますし、心の平穏を守るための距離の取り方は個人の裁量であるべきです。ただし、それが正当な権利行使であったとしても、周囲にそれを支持させようとした瞬間から、それは「私的感情」ではなく「公的主張」になります。
投稿者様はご自身の感情を内省する場ではなく、「正当化してもらえる場所」として掲示板を利用しているように見受けられます。つまり、「自由」を盾に掲示板という公共の場で感情の免罪を求めている。その時点で「距離を取る自由」と「感情を共有してもらいたい欲求」とが矛盾を起こしているのです。
>掲示板も同じく自由です。
そのとおりです。ただ、掲示板の「自由」は投稿の自由であると同時に、他者からの反論や批判を受ける自由も内包しています。つまり「何を書いてもいい」は「何を言われても仕方ない」と表裏一体です。自由とは常に責任とペアです。自分は自由で、他人の書き込みには怒る、というのであれば、それはただの「不自由な感情依存」でしかありません。
「平和な時間」を本当に望むなら、まずは相手を遠ざけることではなく、自分の内側にある“戦いの癖”を見直すことが必要なのかもしれません。娘婿に、レス相手に、そして今この瞬間にも、戦ってしまうその姿勢こそが、最も「平和」を遠ざけているのではないでしょうか。































