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【4708456】北朝鮮の同胞へ練炭を届ける女性たち

投稿者: 西早稲田   (ID:aSpvEmV9cGI) 投稿日時:2017年 09月 19日 13:58

全国女性会は北朝鮮の同胞を助けるため、「愛の練炭」募金を行い、全国の女性たちだけでなく、日本の教会の人々からも貴い献金をいただいた。ところが、開城の扉は「開けては閉じ」の繰り返しで、私たちは3度ものキャンセルを味わい、なかなか「愛」を届けることができないまま1年半が過ぎようとしていた。しかしやっと、3月30日、開城の扉は私たちに開いたのであった。
その知らせは突然で、決断は急を要した。急遽、金貞姫会長、金貞子社会局長、金必順総務、呉寿恵第3代総務がソウルへ飛んだ。
開城への練炭運び入れは、5万個の練炭を25トントラック8台に積んでソウルから陸路で入るのだが、その前に、政治と宗教の話はしないなど、北に入るための教育を受けなければならなかった。
ソウルから車でわずか40分も走ると、開城に着いた。非常に近い。統一省南北出入管理事務所を9時半きっかりに通過し、午後3時半には戻らなければならない。この時間を少しでも逃すと出入りができないため、通過時には緊張が走った。
早春とは言え、韓国には木々が豊かであった。しかし、南側との境を越えるや否や、茶色くやせた土がむき出し、見渡す限り木はない。北側の鉄条網の入り口には、テレビでよく見たあの大きな帽子をかぶった若い兵士が無表情に立っていた。
立派な工場の並ぶ開城工業団地を通過すると、道はたちまちでこぼこ。そのまま民家を通り過ぎ、とある村の鉄道の駅に着いた。そこには、地元の男性が数十名、練炭を下ろすために待機していた。駅と言っても、建物も看板もなく、昔のプラットホームらしき跡に沿ってトラックが並んだ。
私たちもエプロンと軍手をして、トラックから練炭を降ろし、プラットホームに積み上げる作業にとりかかった。練炭は意外に重い。1個が3.6キロもする。練炭はつぶれてしまうと使い物にならないので、乱暴には扱えないし、高く積んでもいけない。
一緒に作業をした北朝鮮の人々は、無表情で、口数も少なかった。しかし、練炭の扱いが不慣れな私たちが作業しやすいように、気遣ってくれているのを肌で感じた。2時間近くして、練炭は全部おろされた。
そこで、私たちに同行した基長女信徒会が用意してきたお餅を配った。北側の食料不足を聞いていたので、彼らはお餅を見て目の色が変わり、必死の態度にでるのではと予想していたのだが、その期待は見事に裏切られた。彼らの表情と態度は淡々としており、こちらから「お餅を受け取りましたか?」と、一人ひとりに尋ねなければ受け取らない。
むしろ、物質の豊かな日本では、物欲にとらわれた人々があさましい姿をさらしている。物に恵まれている私たちは、決して満足せず、欲望はさらにエスカレートしているのではないか。その点、北側の人々は、(教育の結果かもしれないが)人間としての節度を備えているように見えた。
鉄道レールの向こう側、村の真ん中あたりに、新しい立派な塔が建っている。しかし、その周辺の人々が住んでいる建物は灰色で、老朽化し、屋根もガタガタである。こんな家で、どうやって寒い冬を耐えるのだろう?この家々の様子は1960年代の韓国と同じだそうで、その頃は北の方が生活は良かったのだと、同行した女信徒会の人が教えてくれた。
[削除しました]らの田畑の土はいかにも痩せていて、手で刈り取ったらしい稲跡の間隔は狭い。木がないため、国土全体の砂漠化が進んでいる。それでも、南側から練炭を運び入れることによって、金剛山の木だけは何とか伐採されないですんでいると聞いた。北側には、練炭を作る設備はない。
私たちを案内した名勝地総合開発指導部副部長の官僚に、思い切って聞いてみた。「北には石炭が沢山あるのではないですか?」。彼の答えはこうだ。「炭坑はあるが、みんな中に水が入ってしまっているんです。」それで、石炭を掘り出せないのである。燃料と食料の問題は、ますます深刻だ。
村の人々の様子も気になる。仕事がないため、歩いていても、座っていても、目的もなくぼんやりしていて、好奇心の片鱗すらない様子であった。私たちを見ても、興味を示さない。
帰途、私たちは昼食の接待を受けた。こぎれいな身なりの若い女性が給仕してくれたごちそうは、食べきれないほどの種類と量であった。北朝鮮で食べ残しをしてはならないと思い、必死に食べたが、全部はどうしても食べ切れなかった。私たちにこんなにご馳走しなくてもいいんですよ、という言葉を呑み込んだ。
食後、給仕をしていた女性たちが楽器(電気ピアノ、ドラム、アコーディオンなど)を持って演奏し、歌を歌った。その中で、アコーディオンを演奏した女性に、私の心と目は釘付けになった。「アリラン」の複雑な変奏曲を、ダイナミックに、まるでオーケストラのように全身で弾く彼女の姿は、「ひたむき」そのものであった。私たちが失くしてしまった人間存在のオリジナルな輝きが彼女からほとばしり出ていて、まるで「谷間に咲くゆり」のようであった。
練炭を届けることは、ただの人道支援で物資を届けることに終わらない。私たちが北の同胞を覚えて祈ることの実践であり、またその祈りを直接伝えることである。今回のことを通して、北朝鮮の困難をわずかに垣間見たに過ぎないが、自分の五感で実際に感じ取るものの大きさは計り知れない。テレビで編集された金正日書記や軍人の姿、「悪の枢軸」と悪口を言われる国家、そのような先入観よりもっと大切なのは、そこには神様がいとおしんでおられる多種多様な生身の人々が、風前のともし火のように生きているという事実である。練炭を通して、そこにいる人々と出会い、つながることこそが、平和実現のための重要な一歩である。

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  1. 【4709250】 投稿者: 疑問?  (ID:S5.E9SQ8/uk) 投稿日時:2017年 09月 20日 07:20

    西早稲田関係やシールズ関係のTwitterやFacebookを見に行っても
    トランプの横田めぐみさんの言及については全く無視されていた。

    ね と うよ
    と言われているような人たちは

    トランプありがとう

    なんて言っている


    この違いを誰か説明してくれないか?

  2. 【4710042】 投稿者: 社民党時代からマスコミに忖度させる  (ID:N9cfuPU0x.I) 投稿日時:2017年 09月 20日 20:32

    辻元清美は社民党時代に、北朝鮮による日本人拉致はデマだと言いました。
    社民党は、警察が北朝鮮の拉致の操作するのを止めました。当時日本の警察は、北朝鮮による日本人拉致の証拠をつかんでいました。その時にすぐに動いていれば、被害者が増える事無く、今の様に長引く事も無かったのかもしれません。
    社民党は、マスコミにも北朝鮮による日本人拉致事件を報道しない様に圧力をかけました。都合の悪い事はマスコミに圧力をかけるのは、民進党も同じです。

    北朝鮮は嘘つきで平気で約束を破りますから、どんな交渉をしても拉致被害者は返しません。辻元清美は朝鮮総連を通じて北朝鮮に日本の情報をリークしている
    北朝鮮のスパイで、拉致被害者救出の妨害をしています。

  3. 【4710059】 投稿者: 日本大好き倶楽部  (ID:A2EE8/KIpoM) 投稿日時:2017年 09月 20日 20:50

    北朝鮮ミサイル問題は、アベは手詰まり、
    上手くまとめられるのは辻元先生しかいないだろう。
    上の人が言うように、北と繋がりがあるなら願ってもないチャンス。
    国難から日本を守るのは、辻元総理しかいない。

  4. 【4710432】 投稿者: パチンコの正体  (ID:uVF/WcIrq8E) 投稿日時:2017年 09月 21日 06:11

    辻元清美と崔竜海(北朝鮮NO2)は親しそうな画像がネット上でよく見かけます

    ハニートラップを仕掛けられた新代表も北朝鮮の立場なのですか?

    北朝鮮を助けたい気持ちで
    ミサイルの資金を提供しているのかも
    と思うとゾッとします

  5. 【4747565】 投稿者: ↑  (ID:kJLwZfaTFzE) 投稿日時:2017年 10月 22日 15:50

    ICBMを持つまではアメリカと外交交渉はしないと
    強きの北朝鮮の国民は来年餓死者が増えますか?

  6. 【4759891】 投稿者: くり返す支援  (ID:AGOFy1tvS7c) 投稿日時:2017年 11月 03日 12:48

    社民党が北朝鮮の「先進社会主義」に心酔しているとき、北朝鮮は日本人拉致を本格化し始めていたのだ。社民党は旧社会党時代から現在に至る迄、日本の国益よりも北朝鮮の代弁者としてその役割を果たしてきたといえよう。共産党も同罪である。2000年10月の党首討論で、当時の不破哲三委員長は、拉致事件は「疑いがある段階から出ていない」とし、拉致事件の解明を国交正常化交渉の前提とすべきではない、と主張していた。

     村山富市元首相を団長とする超党派訪朝団が一兆円もの持参金を持って日朝国交正常化に臨んだのは、1999年のことであった。同じ年、北朝鮮工作船による日本への領海侵犯事件がすでに発生しており、前年の1998年には北朝鮮が日本へ向けテポドンを発射してたばかりであった。当時北朝鮮は、戦争ポスターに「東京」と書き、攻撃目標にしていた。訪朝の際、金正日総書記への手土産として食糧80万トンの無償援助のほか、朝銀系信用組合に一兆円の公的融資が行われた。1997年に大阪朝銀が波綻した際は、預金保険機構から約3160億円にのぼる巨額の公的融資が、議論もなく投じられた。さらに、全国38の朝銀のうち、経営破綻を来した東京、福岡など13の信用組合に約一兆円の金融支援が追加されたのである。 朝銀は朝鮮総聯直系の金融機関であり、その中枢に北朝鮮労働党の非公然秘密組織「学習組」が存在し、カネの流れや人事を指揮しているという。その融資先のほとんどは、学校、機関紙(誌)、通信社、総聯地方本(支)部など非生産部門ということもあって、将来、再び焦げ付き、資金回収ができなくなる可能性が強い。すなわち、我々国民の血税が朝銀、総聯を通じて金正日に貢がれ、日本に向けた核弾頭ミサイルの開発にも充てられているわけだ。村山は政府に
    (1)制裁処置の解除
    (2)拉致問題を国交交渉再開の前提条件としない
    (3)過去の植民地支配を謝罪
    (4)食糧支援
    などの条件を提示し、村山北朝鮮訪問団は日本人拉致事件解決などの前提条件抜きで両国国交正常化交渉の再開を決めた。交渉に際し北朝鮮側は、「食糧支援は国交正常化交渉に先駆けて前倒しで行って欲しい」と言い出し、野中広務も帰国後、「北朝鮮への食糧支援を速やかに行うべき」と発表している。また、野中はテレビのインタヴューの中で、「拉致やミサイルのことを、いつまでもグダグダ言つていたら、日朝交渉は進まない」と驚くべき発言をしている。
     翌2000年、日本政府は北朝鮮にコメ50万トン(1,200億円相当)を送った。北朝鮮が支援要請してきていないにもかかわらず、である。すでに2000年3月、日本は北朝鮮にコメ10万トンを無償で送っていた。ちなみに過去5年間では70万トンも送っている。9月、世界食糧計画は北支援のため国際社会に対して19万5千トンの供給を要請した。ところが、日本一国だけでその2~3倍に当たる50万トンを出すという。このコメ支援決定は「私の責任で決断した」と河野洋平外相(当時)が語った。1997年11月に、自・社・さの与党三党訪朝団(事務局長・野中広務)は、北朝鮮の対日工作責任者、金溶淳書記と50万トンのコメ支援を密約していた。この時の団長が、森義朗首相(当時)だった。更に1999年12月、村山訪朝団はそれを追認した。その約束履行の一環として、2000年3月に10万トンを送ったのだが、4月と8月に開いた日朝交渉本会談で、北朝鮮は密約の残り40万トンを早く送れと執拗に迫ってきた。コメの行く方は労働党幹部と軍部に廻しているといわれ、実際に飢えた人々に配給されることはなく、その使途が不透明であることはすでに周知だ。コメというカードを使い切ってしまったら外交の場で先にギブアップするのは日本の方だろう。何故50万トンなのか、その根拠について、政府は国民に納得できる説明をしないし、野党も全く追及しない。与野党、閣内においても議論されなかった。

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