生徒達の心に深く刻まれた感動の一日
兄弟揃って灘→理三現役合格の事例から考える、中学受験における「才能」と「早期教育」の影響
2000年代前半のデータハウス『東大理三』本に掲載されていた体験記について気になっていることがあります。
その方(兄)は、幼稚園から公文式で学習習慣がついていたものの、小5まで住んでいた名古屋では中学受験とは無縁の生活でした。
小6で大阪へ引越してから周囲の影響で塾に入り、実質1年ほどの受験勉強で灘中に合格されたそうです。
おそらく弟さんも同様に灘から理三へ現役合格されているご兄弟かと思います。
このように、小6からの本格的な受験勉強で灘に合格し、そのまま理三まで到達できるのは、やはり生まれ持った才能(地頭、遺伝)が支配的なのでしょうか?
それとも、小6からの1年で最難関レベルまで一気に伸びた背景には、幼児期からの公文等による基礎体力・処理能力の蓄積が決定的な役割を果たしていたと考えられますか?
兄弟揃って最難関を突破されている点も含め、中学受験における「素質(才能)」と「早期からの基盤づくり」のバランスについて、皆様のご意見を伺いたいです。
野球やサッカー、ピアノでも同じことが言えると思いますが、幼少期からの好みと、目的意識への挑戦や努力だと思います。
公文とかどこの塾とかツールでありあまり関係ないかもしれません。大谷選手がどのルートで成功したかより、その時の環境でベスト尽くしてだと思います。
まずは知識と技術、それにトレーニングに尽きると思います。
あとはメンタル面、努力の継続と忍耐力とかでしょう。
東大理Ⅲが目標の人もいますが、それだけではないと思います。
その事例については、才能が支配的だと思います。そのうえで、努力。早期教育もある程度は能力向上に寄与したと思いますが、才能以上の役割を果たしたとは思えないです。もしそうだとしたら、もっと事例が出てくるはずだと思うからです。東大理三レベルになると、サッカー選手とかピアニストとかと同種なのかなと思います。才能と努力。早期教育で補えるレベルではない。
才能と早期教育は、二律背反ということでもないので、両者のバランスというのも特に無いのかなと思います。
才能「高」の人に早期教育を施せば、それなりの効果があるし、
才能「並」の人に早期教育を施しても、それなりの効果がある。
早期教育については、それが具体的にどのようなものを指しているのかによるので、「(狭義の)勉強的なもの」と「勉強以外のもの」に分けて考えると、
「勉強的な」早期教育は、「習慣」「好み」といったあたりに影響を与えると思います。(なにかのきっかけで)子供のころから理科が好き、みたいなイメージです。それが間接的に学力につながることは充分にあると思います。
「勉強以外の」早期教育は、決定的に能力を向上させることがあると思います。ピアノと感動体験です。大人との会話とかも。ピアノが脳に与える影響については、学術研究が多くあるので、ここでは割愛します。あ、一つだけ。開成に、というか、理系にピアノ経験者が割と多いのは、相関がありそうです。感動体験は、例えば音楽に感動する、読書で疑似体験する、といったあたりです。情操教育で共感力を高める。それが学力を含む様々な能力を高めてそうな気がします。






























