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【4937684】早慶は昔は馬〇がいく学校だったのでしょうか。

投稿者: 父は大学教授でした。   (ID:mx9ZCt5cZhk) 投稿日時:18年 03月 22日 00:19

 父は旧帝大の教授でした。私の弟が大学受験で一浪した時、地元の旧帝なら絶対合格できる水準でありましたが、京大を受けて落ちてしまいました(予備校からは東大も合格できると言われていましたが、一浪していたので、少しランクを落として京大を受験しました)。併願していた慶応に入学したのですが、「あんな、馬〇の行く学校に金はだせない」と怒ってしまった結果、塾の教室をやっていた母が入学金等を出しました。
 私や弟が受験した当時から、早慶といえば、難関大学でしたが、私の父世代からするとたいしたことはないのでしょうか。それとも、官僚や教授→国立、民間→早慶という図式があり、いわゆるエリート層からすると、早慶を見下す傾向があったのでしょうか。

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  1. 【5146668】 投稿者: それから  (ID:FNSOkf9FKUM) 投稿日時:18年 10月 12日 21:58

    ありがとうございます。嬉しいですね。
    法学部卒ですが、本当は文学をやりたかった人らしいです。
    私が小さい頃に亡くなっていて、
    記憶はほとんどないのですが、
    残した本から、文学に傾倒した祖父の人となりが見えて、捨てられません。
    旧仮名遣いで、読みづらいんですけどね。
    川端康成の雪国は初版でした。
    そんなのも面白くて。

  2. 【5146682】 投稿者: 遅レス  (ID:pqQd/OQ5dao) 投稿日時:18年 10月 12日 22:06

    ご丁寧にありがとうございました。
    残念ながら祖父の若いころからの蔵書はほとんど空襲で焼けてしまったそうです。別の家にあって空襲を免れた、若かりし頃の祖父によるドイツ語がびっしり書かれたノートは私の宝物です。私が大学でドイツ語を専攻したのは、たぶん祖父の影響です。

  3. 【5146689】 投稿者: それ  (ID:FNSOkf9FKUM) 投稿日時:18年 10月 12日 22:09

    素敵です。
    生きて会えなくても、子々孫々に受け継がれるものってありますね。
    私も実はフランス文学をやりました。
    不思議なものですね。

  4. 【5146713】 投稿者: 趣味いいですね  (ID:XSqWmW5o5Y6) 投稿日時:18年 10月 12日 22:29

    私も文学好きなもんで。
    フランスだったらゴーチェの幻想的な小説とメリメ、あとはベルレーヌが好きですね。
    スレチですみませんが。

  5. 【5146866】 投稿者: それ  (ID:FNSOkf9FKUM) 投稿日時:18年 10月 13日 00:35

    趣味いいですねさんこそ、趣味がいいです。
    今、若い人で19世紀フランスの詩人に興味もつ人っているんですかね?
    うちの子に知ってるか?と聞きましたけど、名前くらいしか知らないみたいで。
    どうも、文化の継承がうまくなされていないようです。
    旧制高校の教養主義の香りが、本の並びから漂ってきて、
    私はそれに強い影響を受けました。
    ランボー、コクトーなんかも好きでした。

    思うに昔の東大生って、立身出世も夢見たでしょうが、
    文学や哲学のような実社会で役に立たないものに
    実は拠り所があったのかなと想像しています。
    そういう意味では、
    早慶がば○だとか、見下すとか、
    そういうことから遠い世界にいたような気がしています。

  6. 【5146899】 投稿者: 趣味いいですね  (ID:XSqWmW5o5Y6) 投稿日時:18年 10月 13日 01:21

    昔の旧制高校は今の大学の教養過程のようなもので、「デカンショデカンショで半年暮らしあとの半年寝て暮らす」というくらい哲学や文学に親しみ、卒業して帝国大学へと進学し、それぞれの専門分野へと進んだわけです。
    ちなみに戦前は陸士海兵東大が超エリートでしたね。
    小津安二郎の名作「秋刀魚の味」の中で、先生が出世した教え子に「君は海兵だったねえ」としみじみと語る場面がありますが、あれは「君は海軍の兵隊だったね」という意味ではなくて「君は海軍兵学校出のエリートだったね」という意味なんですね。

  7. 【5146914】 投稿者: それ  (ID:FNSOkf9FKUM) 投稿日時:18年 10月 13日 01:41

    なるほど、面白いですね。
    秋刀魚の味は見ましたが、全然気にもとめていませんでした。
    こういう話は大好きです。

    教養主義を考えるとき、私が思うのは
    時代の背景です。
    日本がまさに軍国主義へと急速に舵をきっていく時期。
    当時のエリートがどんな思いで生きていたのか…
    あれほど文学や哲学を愛した人が、
    どのように現実に折り合いをつけて生きたのかと、
    思うことがあります。
    あの時代だからこそ、芸術への渇望があったのかなと。
    想像にすぎませんが…

  8. 【5147069】 投稿者: 趣味いいですね  (ID:dc3t2RB1UDA) 投稿日時:18年 10月 13日 08:30

    現代の我々は戦前と戦後では大きな意識の隔たりがあるように錯覚しがちですが、実は人間なんてそんなに変わっていないんじゃないでしょうか。
    むしろ戦前のエリートの方が教養深く自由で合理的な考え方をしていたように思います。
    大正時代に書かれた夏目漱石の「私の個人主義」を読むと、我々個人の自由や個人主義を担保するものは国家であり、戦争などの国家の危機には個人を超えて国を守るという根本的な考え方が示されています。
    逆に今の日本人はそこに国家の部分だけがすっぽりと抜け落ちている。
    私にはそう思えてなりません。

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