アートの才能を伸ばす女子教育
総合型推薦で合格をいただいた方に質問です
現在高2の子がいる母です。ママ友たちと高1から総合型推薦のために親子グループになってボランティア活動をしていました。
コンテストなどにも応募して、入賞はしていませんが、この一年毎月集まってボランティアをしていました。
予定では、高3の4月くらいまでやって、その後は各自論文作成とあるし、集まるのはその辺りでやめようか?と言っていましたが、どの家庭も父親は総合型推薦自体に反対で、一般受験で受からないなら浪人しろ!と言っています。
そんな状態なので、父親の留守にのときにコソコソと総合型の準備を進めていました。しかし、ここに来て、塾や担任の先生から「総合型推薦に関わる時間があるなら、一語でも多く単語を覚えたほうがいいと言われたりして、子供たちも何人かはもうボランティアやめようかな?というモードになってきました。
あと一年あるし、やめるならたしかに今という感じはあります。グループでの活動はやめて個人でやりたい人だけでやるか、もっと小さなグループでやるか、あるいは不確かな総合型推薦のための時間を使うなうなら、一般受験の勉強だけすればいいか迷っています。
総合型推薦で合格された方は、どのような感じで高2の一年を過ごされましたか?よかったらアドバイス下さい。
「合格をいただいた方」、まずはお母様が敬語の勉強をされるのが最優先かと…。「いただいた(いただく)」は謙譲語です。今回、「いただいた」動作をするのは、あなたが話を聞きたい相手になります。つまり合格した人に対して「お前は偉くないから、お前の動作は謙譲語な」とあなたは表現していることになります。おそらく、丁寧な言葉遣いをされたのか、あるいは(大学が偉いという認識で)大学から合格を与えられる行為自体に敬語のニュアンスを入れられたのかもしれませんが、文の意味としては上記の意図が含まれてしまいます。
揚げ足を取るつもりはありませんが、今回のような状況は大学入試の古文では頻出で(「給ふ」に関する問題など)、周りの方が不適切な表現をしていると受験生が(古文の)敬語表現を適切に理解できなくなります。
単純に「合格された」が良いでしょう。また、大学に対して敬意を表すとすれば「合格をいだだかれた方」でしょう(こちらの方が見慣れない表現ではありますが…、古文ではこうした表現は多いです)。この場合、先の「いただく」のニュアンスは残りますが、「れ」が「れる・られる」の尊敬の意味になり相手に対する敬意を表します(最後の「た」は過去の意味になります)。
推薦や総合選抜では、活動内容だけでなく面接を課されることが普通で、活動内容以上に差が付けやすい部分になります。受験生同士の比較が容易なためです。活動内容は受験生ごとに違い、それを単純比較することはできません。また、面接に関しても話す内容それ自体も同様です。しかし、敬語表現などは比較が容易であり、ほとんどの受験生が適切に対応できるところが弱いとかなり不利になります。試験官も暗記した内容ではなく、生の声を聞きたいわけで、その際に用意していない内容をその場で答える時に、今回のような不適切な言動があるとそれ自体が減点対象になることもあります。もちろん、面接も試験であり緊張によるミスを大学側も想定していますが、親が大学入試で協力できることは(経済的な支援以外は)ほとんどありません。ただ、こうした適切な敬語表現は、結構受験生の発言に現れます。大学側も、書類や面接だけで判断するのは大変ですが、それだけで合否を判断するとなると危険因子を除去したくなり、言葉遣いが良くない人はそれだけで目立ってしまいます。お見合いの席でお箸の使い方が悪い人は生活そのものが悪いと判断するのと同じです。親の所作・言動は親子共々気付かぬうちに伝染します。子供が宿題をいつまで経ってもやらないのは、親がすべきことをしない状態を見ているためです。親御さんもその事に気付きません。言葉遣いも同じです。
もっとも、私は個人的には一般入試でしっかりと勉強した方が、お子さんのためになると考えています。昨今、推薦入試で難関大に合格し、(売り手市場である)就職活動も上手くいった方が多くいますが、総じて聞こえてくるのは「自己アピールが上手いだけで仕事ができない若手」という上司の嘆きです。大学入試で、知識を学び、それを使う訓練をしてこなかった人は、多くのことをなんとなく・上っ面で仕事をします。それで大学入試を通過してしまい、学力向上を通して試行錯誤をする機会を得られなかった為です。そうした若手は仕事ができないというレッテルを上司に貼られてしまいます。お父様のお考えは、もしかしたらこのような若者を見られた上でのものかもしれません。まぁ、ご自身が苦労されてその苦労を子供にも感じさせたいだけかもしれませんが…。
総合型は何かを頑張ったからといって必ず合格するわけではありません。一般受験のような指標となる偏差値や模試もありません。最後まで不安です。結局、並行して一般受験の準備もすることになりましたから、早くから一般受験1本に決めてしまえば大学受験はラクになると思います。
現在進行形で、総合型選抜を受験予定。
この春から高校3年生です。
参考になれば・・・
「学校推薦の評定基準が3.5」のいわゆる普通の私立大学を志望していて
「どうしてもこの研究室に入りたいからこの大学しか受けない」
「ここがダメだったら浪人せずに公務員試験を受ける」とのこと。
娘の受験はとにかくその学科を、総合型選抜・公募推薦・学科別一般
全学部共通一般・個別共テ利用・全学部共テ利用と
可能な限り、合格するまで受けられるだけ受けていく というスタイルです。
今は一般入試に必要な科目に絞って勉強しており、学科別一般と全学部共通の過去問では
安定して合格点を超えられるようになりました。
模試では全学部一般A判定、後期日程や共テ利用だとB-C判定といったあたり。
高2夏のオープンキャンパス、高2春のオープンキャンパスに夜行バスで参加し
夏のオープンキャンパスではお目当ての研究室の先生に研究内容を聞いたり、学部生や院生の研究内容を聞いたり、
また自分の探求課題について説明してアドバイスを頂いたりしました。
春のオープンキャンパスでは大学入試部の方と面談して受験方法を相談し
模試や過去問の状況を見せてアドバイスをもらったり、過去の総合選抜の評価基準や試験内容についての説明をして頂きました。
総合選抜の受験は最近増えていますが
・志望度が非常に高く
・入学後に実践したいことが明確で、かつ研究室の内容にマッチしていて
・それを実践していけるだけの素養が備わっている
ことが最低限必要だと感じています。
高2の間は、学校と塾で受験科目を一生懸命勉強してました。
長期休みに、師事したい教授の論文を読んだり、学問分野に関する勉強をしたり
実際に大学へ行って研究室の内容を詳細に聞き、ミスマッチが無いか確認しました。
高3では、小論文対策講座を学校で3回、塾で4回受講
夏休みは夏期講習を受けながら事前課題のブラッシュアップと面接練習
後期日程と共テ利用でA判定を取れるところまで頑張って成績を上げ
秋の総合選抜本番に備えるというスケジュールだそうです。
正直、父親はもっと視野を広げてとか地元の国公立を受けろとかいろいろ言いますし
学校の教職員も「第一志望が中堅私大??」ととても否定的。
毎年30-40人が医学部医学科に合格する中高一貫校なので
国公立も難関私大も目指ささない娘は完全に「外れ値」扱いですが
娘は「大学に実際に通うのは私」と一切聞く耳を持たず。
母方の祖父母を味方につけて学費と生活費援助の交渉も済ませており、
私が受けたい、通いたい大学は1つだけだと譲りません。
娘は学校で、進路指導の先生から「総合選抜を受けられるような実績が何もない」と言われて自分には無理だと思っていたようですが、実際に志望大学の入試部の方に聞いてみると全然違いました。
その方曰く、
〇〇オリンピック(数学、物理、生物など色々)に出てるとか、専門誌に論文を投稿してるとか、生徒会長や運動部の部長を経験してるとか、留学経験があるとか、そういった物は所詮「付録」でしかないのだと。
まず自分が学びたい事が決まっていてそれに対する明確なビジョン、熱意があること。将来設計などが語れると更に良い。専門的な知識は大学で身に付ければいいので、受験時点では身に付いてなくても大丈夫。
そしてそれを学ぶ環境を大学側が提供出来るかどうか。
指導できる教授が居るか? 同じ分野を専門とする研究室があるかどうか?
そこにミスマッチがあると、どんなに実績があり、学力が高くて熱意がある学生でも不合格にせざるを得ないということでした。
熱意があり、ミスマッチが無いことが確定すれば次の段階で
・実践していける基礎学力があるかどうか(これは他の学生とのバランスもあるので、あまりにも差があると不利。必然的に難関大学ではハードルが高くなる傾向)
・実際の実習やプレゼンテーションをさせてみて積極性や協調性があるかどうか
などを審査すると言われてました。
もちろん上記は娘の志望大学の判断基準なので、他の大学がそうとは限りません。
英検などの各種検定、コンクール、部活動や委員会活動などの実績、大学の公開講座への参加などに加点措置をすると公表している大学もありますし、様々です。
特に最難関と言われるような大学だと、ミスマッチもなく熱意や基礎学力も申し分無い受験生が集まるため、「付録」は持ってて当たり前で、コンクールなど「実績」のレベル勝負になるのかもしれません。
だからそういう難関大学や、加点措置が明確にされている大学の総合選抜を実績の無い生徒が受験することに対して「加点実績を作ることに時間を使うより、一般受験で合格できる学力をつけなさい」と勧める先生の気持ちも分かります。
でもほとんどの大学の総合型選抜で最も重視されてるのは、学生側の「学びたい」と大学側の「学ばせたい」のマッチングなのかな、と。
「学びたい度」と「マッチングの高さ」を測る内容の試験が行われるので、学びたい事やそれに繋がる分野の基礎学力を高めていればおのずと合格ラインに近付くように、結果的に努力の方向性がちゃんと重なるように出来ているんだな、と思いました。
どうしても進みたい道があり、その道を進むための努力はいくらでも出来るんだけど、テストで高得点を取る勉強は苦手だとか
その道を進むための努力が、なかなか高校の教科の成績には反映されにくいとか
そういう場合に「学力ではない部分のマッチングの高さまで含めて判断してくれる」のが総合型選抜の良いところだと思いますし、そういう子が合格できるのが総合型選抜であって欲しいと思ってます。































