最終更新:

111
Comment

【2848740】バブルの思い出を語りませんか?

投稿者: 女子大卒   (ID:TygJoB5izKE) 投稿日時:2013年 02月 06日 00:23

最近子供の受験が終わり、子供の自慢や愚痴スレを読むのも書くのも飽きたので…。

私はかなり終焉期ではありますが、当時大学生に人気ナンバーワンの旅行会社の内定をもらい、
拘束日はバスツアーに連れて行かれ、銀座にある料亭でワイワイ飲んだのが忘れられないかな…。
今でもその看板を見るたびにまだつぶれてなかった…と胸をなでおろします。
別の会社ではディズニーランドに行き、お土産代と称した現金ももらいました。

あとバイトで思い出すのは、舞浜に出来たばかりホテル
で時給2000円くらいで朝食バイキングのウエイトレスやってました。
おやじと若い女性のカップルが多かったっけ。

夏休みには今はなき晴海の展示場?でコンパニオンとかでもないブースの受付(座っているだけ)を
しているだけで日給1万円とかもらってました。最終日には銀座でおごってもらったっけ。

家庭教師も今みたいに個人情報とかないから
銀行に家の電話番号を貼る→それだけで週に3~4人は常時教えていました。

OLより稼いでいた日々…。旅行やエステになんて使わず、ためておくべきだった(涙)

小さい思い出ですみません。
もっとすごい話を聞かせてください~。

返信する

管理者通知をする

マイブックマーク

「なんでも雑談に戻る」

現在のページ: 1 / 14

  1. 【2848784】 投稿者: いい時代でしたね  (ID:4K8ck1Zx//k) 投稿日時:2013年 02月 06日 01:38

    たいした話は書けないのですが…。
    懐かしいので参加させてください。

    カフェバーもフレンチも社会人のお兄様方が、
    雑誌に乗る前にちゃんと連れて行ってくれたっけ。
    もちろん領収書きっていました。
    で、タク券もあたりまえにもらっていましたね。
    ディスコ全盛期には、マハラジャやエリアとか、全部タダ。
    就職も2社しか受けないうちに、2社とも内定。
    もちろんどちらも一部上場の人気企業で総合職採用。
    あとは、冬の3連休はユーミン聞きながらスキーへ。
    苗場や焼額などお約束のプリンスへ宿泊。
    男子はトランシーバーがマストだったっけ。

    私はナレーターやMCをやっていたので、晴海やイベントにでかけて、
    1日あたり3万~5万くらいいただいていました。
    お金は入ってきたし、お兄様方が景気がよかったおかげで
    遊んでも遊んでも飲食代はかからなかったものの、
    ジュンコシマダにピンキー&ダイアン、その後はイタモノ、おシャネルなど、
    装備代にはかなりかかり、貯金とは無縁の日々。

    とはいえ不動産業などで成功したおじ様方は、
    買ったばかりのハワイやNYのコンドを見せびらかしたいのか、
    長期休みには気前よく提供してくれたので、
    友人達とワイワイ、利用させてもらったり…。
    ぷーの友人たちは、2ヶ月とか住んじゃってましたね。

    気前がいいといえば、タクシーを停められずに困っていると、停めてくれたうえに、
    「これで家まで帰りなさい」なんて、
    なぜか一万円とかくれちゃう不思議な見知らぬおじさまも。

    世の中、活気がありましたね。

    なんの代償も求めなかった、あの方達、いまはどうしているのだろう。
    と、ほんとうにたまにですが、思い出すことがあったのですが、
    バブル崩壊後、長らく見かけることもなく20年以上が経ちました。

    でも、発見しちゃったんです。
    いまだ現役でいるバブルおやじ&じじい(当時はお兄様)の溜まり場を!
    マハラジャやエリア、キングのVIP ROOMが移動したような面子がずらり。
    さすがに怖くてというかなんというか話かけられませんでしたが、
    沈まずにそこにいらっしゃることに、ちょっと嬉しい気分になれました。

  2. 【2848800】 投稿者: 場違い・・・かな  (ID:yyvjuYMvmw2) 投稿日時:2013年 02月 06日 02:13

    勤続20年ちょいの会社員です。
    入社当時がバブルでした。

    地味な話しか書けませんが、タクシー券は、懐かしいです。

    会社の上司が、飲み会の帰りに配ってくれました。

    会社の経費で、フランス料理のコースを食べに行ったりしてました。
    今は、経費節減で、考えられません。

    そういえば入社した時の社内預金の利率は、6%でした。
    その時は、ありがたさに気付かなかったけれど、あの時に
    真面目に貯金しとけば良かった。(泣)

  3. 【2848808】 投稿者: よこですね  (ID:jEZzuS9XXtk) 投稿日時:2013年 02月 06日 02:42

    田舎の国立大学の学生で、その後資格職に就いたので、バブルと言ってもほとんど何も。
    学生時代は、生協の本屋でバイト、一か月に2万円ほどいただきました。
    普段は自分でおにぎりを作りお昼のお弁当に。
    たまに喫茶店でチーズケーキとコーヒーを頼むのが楽しみでした。
    周囲も同じような学生が多かったです。

    バブルといえば、当時は洋服が高かったです。
    今のように安くてそこそこ質のいい服というのがあまりなく、
    持ちのいいものを買おうと思うと高かった。
    そのかわり仕立てがしっかりしていて、生地も良かった。
    バイト代をためて、一枚ずつ買いました。

    都会に住んでいると また違う景色が見えたのでしょうか。
    個人的にはバブルの熱気とはほど遠い学生時代、社会人でしたが
    時代の雰囲気が明るかったことは憶えています。

    バブルの話を聞くと虚しくなる とはある学生さんの言葉です。

  4. 【2848909】 投稿者: みんなの歌  (ID:c6FbpS9pi4I) 投稿日時:2013年 02月 06日 08:00

    バブルのころって「バブル」って言葉、使ってなかったですよね?
    「バルブがはじけた」って間違って言っていた人、いましたもん。

    残念ながら家庭の事情により生活の苦しかった時期でした。
    なのに周りが景気が良くて明るくて、デパートの改装なんかも非常に華やかに行われていて、
    生活が苦しいながらもお中元やお歳暮などの購入にデパートに行くととても辛かったですね。

    『一円玉の旅がらす』という曲と、
    友達の妙に金ボタンみたいなのがずらりと並んだスーツ、ティファニーの紙袋が思い浮かびます。

    よこですねさんのおっしゃるように、安い服がなく、あっても見るからに「安い服」
    だった気がします。
    下手に幼いころ縫製の良い服を着させてもらっていたので、そのような服を買うことも出来ず、
    いつも同じ服を丁寧に洗って何回も着ていました。

    すみません、全然バブルの思い出じゃないですねえ。
    景気の良い話、どなたかお願いします。お風呂はドンペリです、みたいな感じの。

  5. 【2848984】 投稿者: お立ち台  (ID:cUDqyw8/3Kg) 投稿日時:2013年 02月 06日 08:51

    懐かしいですね…。
    学生時代~就職活動まで、どっぷりバブルを堪能させて頂きました。

    舞浜のホテル群はその当時、高級連れ込み宿として大賑わいでしたね。

    大学生でも普通に高級車乗りまわしてて、持ってる車で男の価値を測ったりしてた時代。 女子大生というだけで女の価値が上がった(ような気がした)時代でした。
    オールナイトフジが懐かしい。

    アルバイトでは、証券会社の接待に同席することが異常に多かった。今となっては喉から手が出そうな名刺もたくさんもらったな。

    ジュリアナ東京はバブルの象徴のようなイメージだけど、時代の終焉を迎える間際だったからか、一抹の寂しさが感じられます。 やっぱり本当に華やかだったなーと思うのは、マハラジャの方かな。

    就職活動も百戦錬磨…。拘束日のバスツアーなんかも、今子どもに聞かせたって「なんじゃそりゃ?」って感じなんですかね。

    苗場や焼額…行きました行きました!! その当時のスキーウエアーを着てる人、今でもたま~にスキー場で見かけます。バブルを懐かしむ瞬間ですね。

  6. 【2848989】 投稿者: バブリープルプル  (ID:Sc21fpg2FO.) 投稿日時:2013年 02月 06日 08:53

    懐かしいですね。

    思いっきりバブルの恩恵は受けました。
    マスコミ系の会社に勤めていましたが、もともとお給料が良かった上に営業部の成績がいいとインセンティブがポン!とボーナス並みに貰えました。新卒の小娘がボーナス以外に100万円くらいポンと入ってくるので、お正月はハワイで豪遊。ヴィトンを買いまくった記憶があります。

    仕事柄、移動は全てタクシーで、帰りも勿論タクシー。全て会社の経費で青天井に使えました。電車なんて、朝の通勤以外ではほぼ使いませんでした。

    おじさま方も景気が良かったので、会社経営の方は経費を使いまくりで帝国のシャネルで気前よくスーツをプレゼントしてくれる方もいました。勿論、何もやましい関係はありませんがとても親切にしてもらい、その後もたくさんプレゼントをいただきました。会社名義で領収書をもらっていらっしゃったと思います。誕生日にン十万の札束を貰った事もあり、さすがにそれはお断りしました。
    美味しい物もたくさん食べました。デートでケチる男もいなかったですね、当時は。話題の店には足を運んだし、その時は必ずスポンサーがいたし・・・書いていくうちに、まるでキャバクラのお姐さんだったような錯覚に陥りますが、職業によってはこんな思いをした人はそこそこいると思います。


    こんな小娘時代を過ごしたものですから、いまだにその当時の癖は抜けません。
    たまたま良い旦那様と結婚できたので、当時ほどの贅沢は出来ませんがそこそこに生きてます。
    あの時代のパワーは確かに異常だったかも知れませんが、その勢いで26で小さな企業を立ち上げ、子供が生まれるまでは頑張って続けていました。

    はぁー夢のように駆け抜けた時代でしたね。まさにバブル。

  7. 【2849016】 投稿者: レキシントン  (ID:xIt5NfqJcxA) 投稿日時:2013年 02月 06日 09:05

    就活で会社訪問の度に「お車代」を頂いて、拘束日には旅行にご招待。

    数年前、子連れスキーで湯沢に行ったときに、関越トンネルの渋滞が無くてびっくり。
    あの頃の渋滞は半端無かった。
    リフト渋滞も無くなったしね。

「なんでも雑談に戻る」

現在のページ: 1 / 14

あわせてチェックしたい関連掲示板