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【3083742】子供が脳死になったら

投稿者: 秋のセミ   (ID:ti66JQdfUBQ) 投稿日時:2013年 08月 21日 17:57

私はドナー登録ガードもっていて、献体以外ら全て献体以は全て提供する意向をエンディングノートなどに記載しています。

でも、自分の子供が脳死になり、ドナーガードを持っていたら…。
果たして子供の意志を尊重してドナーに踏み切れるか。
自発呼吸はなくても、人工的でも暖かい身体の我が子の呼吸を止めて、ドナーに踏切れるのか。 

考えました。

私の身体は迷わずドナーですが、家族は悩むでしょう。
その時の為に日頃から延命治療拒否とドナー登録の話はしています。 

テレビの救命病棟を見て、考えてました。

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  1. 【3093196】 投稿者: 私は  (ID:CuGpgpwrbH.) 投稿日時:2013年 08月 29日 12:17

    私は登録していません。
    もちろん自分が提供を受ける立場でも拒否します。
    生まれた姿で召されたいです。

    子供には成人後は自分で決めて、でも成人するまでは
    やめてほしいと伝えました。

  2. 【7489744】 投稿者: 面白いスレッド  (ID:ysT4lnBeqdA) 投稿日時:2024年 06月 13日 21:53

    面白いと言うと語弊があるかな?
    非常に意義深いスレッドですね。
    医師家族の立場からの批判もあって、それ昨今散見される、見栄からの成りすましでは無さそう。

    私の意見。
    臓器移植提供の意思表示に賛成することは、医学的・倫理的・社会的に深い意義を持つ行為であり、私たちの社会において大きな意味があると思います。

    臓器移植は、多くの命を救うための素晴らしい医療技術で、終末期臓器不全患者にとっては唯一の希望となることがあります。

    腎臓移植は慢性腎不全の患者さんに透析治療からの解放をもたらし、心臓移植は末期心不全の患者さんに新たな命を与えることができます。

    肝臓や肺の移植でも、同じように患者さんの生活が大きく改善されるのです。QOLの向上、そんな表層的表現でなく、子を産み育てる意外にできる、「命を紡ぐ行為」そう思います。

    臓器提供の意思を示すことは、具体的に他の人々の命を救う事に直結する。

    臓器移植提供の意思表示は、倫理的な観点からも大切な意義があります。他の人々の命を尊重し、助けたいという気持ちを持つことは、非常に尊い事ではないでしょうか。

    自分が他者に臓器提供をすることを選ぶことで、無条件の善意を示すことができるのです。そして、自分の死後に他の人々の命を救えるということは、社会全体の未来のために大きな貢献をすることになり得ます。

    さらに、臓器移植提供の意思表示は、社会全体における連帯感や共感を育む役割も果たします。臓器提供は、自分の利益を超えて公共の善を実現するための大切な手段です。

    誰かのために自分の臓器を提供するという行為は、社会の中で信頼や協力の基盤を強化するものです。臓器提供の大切さが広く理解されることで、提供者の数も増えていきます。その結果、救われる患者さんが増え、社会全体の健康が向上し、医療資源も効果的に活用されると言う、好循環が生まれる、まさにペイフォアード。大袈裟に言えば、世界を変える為に投じられる一石、第一歩だと。

    臓器移植提供の意思表示は、倫理的な視点からも重要な意義を持ちます。

    カントの定言命法に基づくと、他者の生命を尊重し、自分が望むように他者を扱うことが求められますが、自らが他者に対して臓器提供を行うことを選択することは、他者への無条件の善意を示す行為で、高い倫理的価値を有する行為と言えます。

    功利主義の観点からも、臓器提供は最大多数の最大幸福を追求する行為言えるでしょうから、自らの死後において他者の生命を救うことができるという事実は、社会全体の幸福を増大させることに寄与できると言えるでしょう。

    臓器移植提供の意思表示は、個人にとっても深い意義を持ち、自己の死後においても他者の生命に貢献できるという認識は、自己実現や自己超越の一環として捉えることができます。

    これはマズローの「欲求段階説」における最高段階である自己実現欲求や自己超越欲求に対応する行為で、個人の内面的な成長と満足感を得ることができる行為と捉える事もできます。

    臓器移植提供の意思表示に賛成することは、医学の進歩、倫理的価値の向上、社会的な絆の強化、そして個人の自己実現に大きく貢献します。

    これらの多面的な意義を理解することで、臓器提供の意思表示がどれほど重要で価値のある行為であるかを再認識し、自分の選択が多くの命を救い、社会全体の幸福に繋がるということに誇りを持つことができるのではないでしょうか?

    私は臓器移植提供の意思表示に賛成し、その理由と意義を多くの人々に伝えることの大切さを強調したいと思います。

    勿論、私は免許証の裏の項目、全てに○を付けています。
    子も同じ。既に祖父で脳死を経験していますが、目の前の愛する家族の「カタチ」に拘るのはエゴと表層でしかありません。生命は有限だから価値があり、美しいのです。

  3. 【7489795】 投稿者: 個人的には  (ID:PexGr5KRtQ6) 投稿日時:2024年 06月 13日 23:04

    >脳死と植物状態の区別もあいまいな一般国民に、ドナーカードを持たせる政策は、あくどいと思います。無知につけこんだ臓器狩りというか・・。

    私自身は脳死でなくとも植物状態での臓器移植は受容できます。でも条件があります。麻酔をかけてから臓器を取り出しその後に安楽死薬を注入するか、物理的に痛覚を完全に遮断してから臓器を摘出して欲しいのです。だから植物状態になったら臓器は他の人に役立てて欲しいと思いながらもドナー欄は白紙のままです。
    脳死したら感覚はなくなりますよと言われても完全にドロドロに溶けたらそうでしょうがそうでなければいまいち信じられないです。

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