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第125回日本外科学会の特別企画ご報告
インターエデュをご覧の皆さまへ。医師として、先日行われた日本外科学会での報告内容をご紹介したく投稿いたします。進学・進路を考える際、「医師」や「外科医」という職業に関心を持たれる方も多いかと思いますが、現在の日本における外科医の養成環境には、一般にはあまり知られていない深刻な課題があります。
2025年4月10日、仙台市で行われた第125回日本外科学会の特別企画にて、北海道大学消化器外科の内藤善先生が、日本を含む29カ国を対象とした外科専攻医(いわゆる後期研修医)の勤務実態に関する調査結果を発表しました。この調査は、アメリカ外科教育学会の国際タスクフォースの一環として実施されたもので、回答数は515名、日本語・英語を含む5カ国語での実施という比較的丁寧な設計となっています。
その結果からまず浮かび上がったのは、日本の専攻医が非常に長時間働いているにもかかわらず、肝心の手術経験が著しく少ないという矛盾した構造です。具体的には、週に80時間を超える勤務をしていると答えた日本の専攻医は34.2%。これに対し、アメリカ・カナダ・欧州などのいわゆる先進国群ではわずか5.4%でした。週80時間というのは、毎日11〜12時間以上の労働に相当します。それでもなお手術執刀件数は、先進国の平均129件に対して、日本はわずか61件。手術数の半分以下という状況です。
つまり、日本の若手外科医は、十分な経験が積めない環境で、他国よりもはるかに過酷な長時間労働を強いられています。
この背景には、教育体制の不備があります。たとえば調査では、「明確なカリキュラムが存在しない」「指導医の質にばらつきがある」といった問題点が多く指摘されています。依然として「見て覚えろ」という古い慣習が残っており、教育が体系化されていないのが現状です。実際に、日本の専攻医のうち57%が「雑用で忙しい」と回答し、症例数の少なさも33%が課題と感じています。臨床の現場に追われる一方で、成長のために必要な手術経験が積みにくくなっています。
さらに深刻なのは、職場環境に対する不満の多さです。外科学会の若手医師グループが行った調査によれば、
• 約30%が「一度は外科を辞めようと考えた」
• 約40%が「ハラスメントを受けた経験がある」
• 約30%が「時間外業務に対して給与が支払われていない」
退職を考えた理由の多くは、ハラスメントと生活の質(QOL)、あるいは仕事と生活の両立(WLB)に関するものでした。長時間労働に見合うリターンが得られていないという意識が、若手外科医たちを疲弊させています。
外科専門医資格の取得・更新にかかる費用の重さも問題です。内藤先生によると、専門医を取得するには最低でも約12万円が必要です。内訳には、学会費・講習費・試験料・認定料などが含まれます。さらに、5年ごとの更新には約20万円が必要になります。これだけの自己負担を強いられても、資格取得後の待遇に明確なインセンティブが設定されているとは言い難い状況です。
たとえば、2019年に実施された日本外科学会の調査では、専門医資格とは別に、外科医に対して何らかのインセンティブ(手当や優遇措置)を用意している施設は、全国でわずか11%しか存在していませんでした。
一方、米国では外科専門医の年収は4000万〜5000万円程度という報告があります。専門医資格があることで保険請求の上限が引き上げられる、患者からの信頼が増す、病院との契約時に優位に立てるなど、実利的なメリットが明確に存在します。これが若手の育成にもつながっており、制度としての循環が成立しています。
内藤先生は、こうした状況を踏まえ、
• 明確な教育カリキュラムの整備
• 指導医の質と教育能力の底上げ
• 働き方や待遇の見直し
• 専門医制度に対する明確な報酬・インセンティブの導入
これらをセットで進めなければ、外科医の減少に歯止めはかからないと指摘しています。
進学先として医学部を選び、さらに将来の専門分野として外科を志すお子さんがいるご家庭にとって、こうした現実は決して他人事ではないはずです。外科医という職業が、個人の犠牲によってなんとか成り立っている構造から、持続可能な職業として再設計される必要があります。
若手外科医が、医師としての責任とやりがいを感じながら、適切な時間と報酬の中でキャリアを積める社会。医療にとっても、患者にとっても、最終的に望まれるのはそうした仕組みです。
以上、医師の立場からの報告でした。
今後、進路を考える上での参考になれば幸いです。
ご返信ありがとうございます。
ただ、その内容は「後出しで主張をすり替えている」に過ぎません。
最初の投稿では、「こういう話を見れば外科を避けるようになる」「真剣に考えるなら方法論を見直せ」と、現実を語ること自体が誤りであるかのような言い回しでした。
にもかかわらず今回は、「いや、外科離れはもう起きている」と前提を変え、議論の軸をすり替えています。
「こうなるだろう」と「もうなっている」はまったく異なる主張です。後者を前提とするなら、むしろ現実を明示する行為の重要性は増すはずですが、あなたはそれを否定していました。ご自身の論の整合性が崩壊している点にお気づきでしょうか。
加えて「少人数の特殊な外科医療チームならわからないでもないが、それは国の必要条件をみたさないと思いますよよ。」
これは明確に文意と態度の破綻を示しています。
最初の投稿では「よろしいかと思います」と慇懃無礼な物腰で突き放していたのに、今回の投稿では劣勢を感じたのか、語尾に「よ」を添えて感情的な緩和を試みています。その結果として「よよ」という誤記に至ってしまったこと、総文字数約250字というごく短い投稿でありながら、それを見直しもせず投稿してしまったという事実から、あなたの焦りと精神状態を察するに難くありません。
無理にご返信は不要ですので、どうぞご自愛ください。
ご投稿、拝見しました。
一点だけ、やや引っかかる点がございます。
そもそも「5月」氏は当初、「進路考察の参考にこれを読むと外科を避ける」などと、投稿内容そのものを諫めるような論調でしたが、その直後に現れたこの「そもそも」氏の投稿では、外科に人が集まらない現状を「制度の側の問題」として急に理解を示す方向に寄せています。
言葉選びも含め、論調の変化がやや唐突で、「別人を装った補強」に見えなくもないのが正直なところです。
仮に自作自演でなければ、このタイミングで「外科に人が来ないのは制度のせい」という方向に議論を持ち込む意図自体が、核心をすり替えるものであるのは間違いありません。
問題の本質は、外科医を志す若手が「定量的に減った」ことではなく、「質的に失望して去っている」点です。待遇も環境も改善されず、「改善の気配すらない」中で、現場のリアルに希望が見い出せないからこその外科離れであり、制度の問題にすり替えてしまえば、医局・病院側の責任は一切問われなくなってしまいます。
制度改革の議論はもちろん必要ですが、それが現場からの告発的な声を曖昧に包み込み、骨抜きにするための煙幕に使われるのであれば、本末転倒です。
真に制度を語るなら、制度によって保護すべきは「医師の疲弊を当然としない労働環境」の方であるはずです。
>このタイミングで「外科に人が来ないのは制度のせい」という方向に議論を持ち込む意図自体が、核心をすり替えるものであるのは間違いありません。
問題の本質は、外科医を志す若手が「定量的に減った」ことではなく、「質的に失望して去っている」点です。待遇も環境も改善されず、「改善の気配すらない」中で、現場のリアルに希望が見い出せないからこその外科離れであり、制度の問題にすり替えてしまえば、医局・病院側の責任は一切問われなくなってしまいます。
先日スレを読んで現場で頑張っておられるスレ主さんの危機感がひしひしと伝わりました。レスを全部読んだわけではないのですが、もはや現場のがんばりや啓蒙、医局・病院側の工夫でどうなかなる段階ではなく、制度自体をどうにかしなければならない段階であるように感じました。
一昔前なら、分煙やハードな飲み会、男尊女卑的な雰囲気を減らすなどの配慮である程度の効果が期待できたかもしれませんが。
家庭医と専門医の資格を区別して、一定期間家庭医を経験後、または学部の成績優秀者しか専門医コースに行けないようにすればよいのかもしれないですね。
あとですが、5月さんとは別人で遅れての参加です。
ご丁寧なご返信ありがとうございます。
また、遅れてのご参加とのことで、その点も承知いたしました。
制度的なアプローチの必要性については一定の理解がありますし、「もう現場努力では限界」というご指摘も、現場に身を置く者として実感する部分です。分煙やハラスメント的要素の排除も、かつての医局文化を是正する努力として重要でした。
ただ、その上で申し上げるなら、今議論されているのは「制度の欠如」よりもむしろ、「制度があっても現場で形骸化し、正しく運用されていない」という点に重きがあると考えます。
つまり、制度の未整備よりも「運用意識の欠如」や「組織文化の硬直」が問題の核心にあるため、制度論だけで打開策を語るのはやや早計に感じるのです。
また、家庭医と専門医の振り分け制度のご提案も一考に値しますが、仮にそれを強制した場合、「外科」や「救急」など激務科への人材確保を一層困難にするリスクもあるため、制度設計は極めて慎重を要すると考えます。
今後もぜひ、異なる立場からのご意見をお聞かせいただければ幸いです。
ご丁寧にありがとうございます。
>「制度の欠如」よりもむしろ、「制度があっても現場で形骸化し、正しく運用されていない」という点に重きがあると考えます。
つまり、制度の未整備よりも「運用意識の欠如」や「組織文化の硬直」が問題の核心にあるため、制度論だけで打開策を語るのはやや早計に感じるのです。
制度があっても現場で形骸化されてしまうのは人員が絶対的に不足しているためではないでしょうか?あと、組織文化の硬直は今の方法では行き詰まるしかないということで、これを打開するためには大幅な制度改革しかないと思います。でも、疲労困憊して困り果てているのは現場の人たちだけで、それを変えることのできる立場人たちはあまり困っていないかもしれないですね。
>家庭医と専門医の振り分け制度のご提案も一考に値しますが、仮にそれを強制した場合、「外科」や「救急」など激務科への人材確保を一層困難にするリスクもあるため、制度設計は極めて慎重を要すると考えます。
海外のように専門医を特別な立場とすることで逆に外科系の専門医は人気が出ませんか?
制度については海外を参考にすればよいと思います。
ご返信ありがとうございます。引き続き、冷静に議論できることを嬉しく思います。
ご指摘の「絶対的な人員不足」が制度の形骸化を招いている点については、確かに重要な要素の一つだと思います。ただ現場から見ると、それ以上に深刻なのは「少ない人数でも回して当然」という空気が制度運用者の側にも染みついており、それが結果的に現場を消耗品扱いする構造を温存していることにあります。
現行制度でも、たとえば宿日直許可制度や働き方改革関連のガイドラインは存在します。しかし、病院経営や教育の名の下にそれらが抜け道として運用される場面が多く、結局“制度があっても意味をなさない”のです。制度改革が必要なのは事実ですが、「誰が・どこで・どのように運用するか」という視点が欠けていると、結局“改革後も同じ構造が繰り返される”可能性は否定できません。
また、外科系専門医の地位向上による人気回復というご提案も、理論的には理解できます。ただ、海外と異なり日本では、外科専門医に至るまでのプロセスで犠牲にするものがあまりに多く、しかもそれが可視化されない(=尊重もされない)傾向があります。名誉や地位だけでは、人は動かなくなってきているのだと思います。
最前線で頑張る若手にとっては、「制度」そのものより、その制度が自分たちの生活や人生を本当に支えてくれるのかが問われている時代なのかもしれませんね。