ダンス部全員でつかむ一生モノ
職業選択について
就職は、年収の高さか、やりがいか、どちらを考えた方がいいですか。
「お金か、やりがいか」という二項対立。
それって思考の貧困そのもの。なぜなら、この問いを立てた時点で「労働とは他人に評価される行為である」という前提に縛られているから。
やりがいは、他者が設定した目的を内面化できた時に生じる感情で、お金は、その目的を社会的に交換可能な形で可視化したもの。
つまり両者は対立ではなく、同一軸の内と外にある。
本質的には、やりがいとは自分の内的報酬であって、お金とは外的報酬。成熟した社会では両者が一致していく方向に構造設計されている。だからこそ先進的な企業や研究組織では「ミッションドリブンであること」と「成果への正当報酬」が同時に機能している。
かと言って、やりがいを過剰に信仰するのは危険。やりがい搾取とは、内的報酬だけで外的報酬を免除する構造のこと。
反対に、お金だけを追う働き方も、外的報酬だけで自己同一性を失う構造でしょう。どちらも自分がどんな存在として働くのかという軸を欠いている。
究極の答えを言えば、お金とやりがいを選ぶのではなく、「設計する側」に回ること。お金を生む構造そのものを設計し、その中に自分のやりがいを埋め込む。資本と情熱を分離せず、一つのシステムとして再構築する。
働くとは、消費するために稼ぐことではなく、自分が生きる世界をどうデザインするかという行為。
だからこの問いの正しい形は、
「お金かやりがいか」ではなくて、「どうすれば、やりがいがお金になる構造を作れるか」
それを問える者だけが、労働者ではなく創造者の側に立てる。
>やりがいは、他者が設定した目的を内面化できた時に生じる感情で、お金は、その目的を社会的に交換可能な形で可視化したもの。
個人的な考えですが、やりがいは基本的に自らが決めるものです。もちろん、自力でやりがいを見出せる人ばかりではないので職場や周りからの提示や働きかけが決め手になることも多々あるとは思いますが。
さらに言えば何にやりがいを感じるかはその人次第です。金銭(給与)、感謝や賞賛、経験またはそれらの組み合わせなどです。中には他人の指示(他者が設定した目的)をクリアすることにやりがいを感じる人もいるかもしれないです。ひとそれぞれですね。




































