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医師が患者に飲みたい薬を聞くことについて
先日、医師との診察時に以下のような会話がありました。
私:「〇〇(〇〇は薬の名前)を50mgにしてから痙攣のような症状が出るようになりました。」
医師:「〇〇の量を減らしますか?」
私:「〇〇は効いている感じがしないし、怖いので違う薬がいいです。」
医師:「ネットで調べたりして何か飲みたい薬ありますか?」(薬品名を聞かれた)
医師から飲みたい薬(薬品名)を尋ねられましたが、正直なところ医師でも薬剤師でもない素人の私にそんなことを聞かれても困るのが本音です。
医師が患者に飲みたい薬(薬品名)を聞くことについて、皆様は一般的だと感じますか?
ご意見をお聞かせいただけますと幸いです。
こういうケースは医師が患者の自主性を尊重して聞いたというより、責任放棄に近いグレーで、医療法・医師法の趣旨からするとまともとは言い難い。
医師法そのものに患者に薬名を聞いてはならないという条文はない。
が、医師には診断と治療方針の決定について専門的判断を行う義務がある。これは医師法19条の応召義務と同時に、医療の専門職として当然の注意義務(民法上の注意義務)を負っているという理解になる。
問題は、薬物治療の選択そのものが高度な専門判断である以上、「飲みたい薬ありますか?」と丸投げしている時点で、医療水準に適合した説明義務・判断義務を尽くしているとは言えない事。
医療訴訟の実務でも、薬剤選択は医師の裁量領域として扱われ、患者の自己判断に委ねて責任を回避するような行為は、過失の一要素とみなされるでしょう。
さらに、薬剤によっては添付文書に慎重投与や禁忌(ある医薬品を投薬すべきでない患者やその状態、併用してはいけない薬剤等)がある。
患者が名前だけ知っていても、既存の合併症・飲み合わせ・副作用プロファイルは総合的に判断する必要がある。ここを医師が問診・処方判断として担わず、逆に患者に指名を求める態度は、医師の裁量義務の放棄に近く、医療安全上もアウトと言っていい。
だから法律条文に直接抵触するというより、医療過誤になり得る危険な振る舞い。医師会の倫理規程でも、患者の誤解につながる自己判断強要は推奨されていない。
医療現場で一般的かというと、全然一般的ではない。普通は「こういう選択肢があり、それぞれリスクとメリットがこうです。あなたの場合ならこちらを推奨します」という説明をするのが筋だし当然。それをせずに何か飲みたい薬あります?は完全に責任放棄で許される行為ではない。
法令の文言違反というより、医師としての注意義務・説明義務を満たしておらず、責任を患者に転嫁した形で、医療水準にも倫理にも適合しない。
問題視すべきだし、医師会に報告すべき事案です。
>こういうケースは医師が患者の自主性を尊重して聞いたというより、責任放棄に近いグレーで、医療法・医師法の趣旨からするとまともとは言い難い。
精神科受診とのことですので、状況からアドヒアランスを高める必要があると判断されたからでは?
精神科でアドヒアランスを意識するのは当然だけれど、それは治療選択を患者に丸投げすることとは全く別の話だよ。
普通は医師側が候補薬を挙げて、それぞれの効果・副作用の見通しを説明した上で、患者の希望や生活背景を踏まえて調整する、という形。
今回のケースは順序が逆で、専門的判断を提示せずに「飲みたい薬あります?」と聞いている。
これはアドヒアランスを高めるための関わりじゃなく、判断そのものを患者側に負わせる構図で、医療現場では寧ろ危険視される。
薬物治療は最終的に医師の裁量で決める領域だから、そこで患者に薬名の指名を求めるのは、アドヒアランスとは別系統の問題として扱われる。精神科だから許容される、という話でもない。
というか擁護したいって事ですか?
私も医師に、「飲みたい薬ありますか?」と聞かれ、「特にないですけど前に飲んでいた〇という薬がいいです」と答えたら〇という薬になった。
その後自分で調べて飲みたいという薬ができたので、医師に「△という薬が飲みたいです」と言ったら△になった。
最近の医療の現場では、患者が自分で薬を調べる人が多いから、患者の飲みたい薬をなるべく出すようにするという方針になったのではないだろうか?
パターナリズムでなく良きアドバイザーでサポーターであり並走者という立場を取った方が治療効果が上がるという判断だったのではないでしょうか。もちろん、希望する薬が体質に合わなかったり飲み合わせの悪いことが予想される場合は代わりの提案があると思いますが。




































