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【5107158】中学受験における理系科目(算数、理科)のくだらなさについて

投稿者: マキアート   (ID:HpNnlmi.ZMA) 投稿日時:2018年 09月 06日 22:10

東京医科大学の女子に対する採点差別が明らかになりましたが医学部入試で数学が重視されるのは女子を排除するためではないでしょうか?そして中学受験で算数理科が重視されるのも女子差別の結果ではないでしょうか?医学部ではさして数学は使わないらしいのでとても怪しいと思います。男女別学が礼賛されるのも疑問です。塾講師の間では男女差別はさして問題ないことなのでしょうか?

やる気のある女子はハーバードを目指した方がいいような気がします。私は入試に出るからと言って将来使いもしない理系科目を重視するのはくだらないことだと思います。女性差別への加担になりかねないからです。一方私の意見は偏っているかもしれないと思います。優秀な中受講師は差別の疑惑を越えて入試算数の意義を説明できるものなのでしょうか?

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  1. 【5126529】 投稿者: マキアート  (ID:HpNnlmi.ZMA) 投稿日時:2018年 09月 25日 21:18

    既に書きましたが再掲
    https://www.huffingtonpost.jp/2018/08/10/igakubu-data_a_23499881/

  2. 【5126775】 投稿者: おたく  (ID:h/xmfPIxzBo) 投稿日時:2018年 09月 26日 00:48

    > そこで、私は入試科目を今後の専門と密接にかかわるものを優先すべきだとの結論に至る。

    密接にかかわるものだけを入試科目にすると視野が狭くなります。既存の延長上では新しいものは発見できません。専門分野は大学に入ってからでも間に合いますので、高校では基礎知識、基礎能力を幅広く身につけさせるべきです。入試科目を絞れば受験生はそれしか勉強しなくなるので、かえって逆効果です。

    > だからこそ、「経済学は数学が必須」との雑な俗論にも疑問が生じてしまう。はたして、それは本当に必須か。

    経済学部出身の方が必須だというのならそうでしょうね。門外漢は疑問点を確認するのはかまいませんが、良し悪しを判断すべきではないでしょう。経済学のテキストをいくつか見たところでは、高校の数学を使っているところがありました。個人的には、原理原則に立ち返って物事を考えるという数学の素養は、経済学部に限らずどの分野でも必要ではないかと思っています。

  3. 【5126784】 投稿者: おたく  (ID:h/xmfPIxzBo) 投稿日時:2018年 09月 26日 01:02

    >>(まあ、前衛党さんは純粋に論理を主張すればよく、政権や企業の批判はやめた方がいいですが。)
    > 国や大企業が、私如き軽輩に批判されないような立派な政策や経営、人事管理を行っていただければよいだけのこと。

    前衛党さんは国や大企業の活動の良し悪しをジャッジする立場ではないのですから、批判するだけ無駄です。ジャッジは国民や世論に任せましょう。また、いくらすばらしい論理を述べていても、批判や愚痴が出てくると見ている人に嫌悪感を与えますので、それが色あせてしまいます。事実を述べるのは構いませんが、他人を貶めることはやめた方がいいです。

  4. 【5126797】 投稿者: おたく  (ID:h/xmfPIxzBo) 投稿日時:2018年 09月 26日 01:18

    > この抑制と均衡(checks and balances)の思考こそ、国内外、体制の相違を超えた共通価値であると思われる。権力の一任は独裁化への端緒である。

    誤解していますね。私がイメージしていたのはどこかのコンサルティング会社の採用面接です。採用面接に出席した面接官の5人が同等の権利をもっていて、そのうち誰か1人でも○を付けたら採用する、あるいは誰か1人でも×を付けたら採用しない、と言ったものです。権力を1人に集中させるわけではありません。

    なお、多数決はある意味マイノリティーを排除するシステムです。繰り返せば多様性はどんどん失われていきます。面接官もそれぞれで主義主張は違うでしょうから、面接官の直感に頼るのもありかと思います。

  5. 【5126812】 投稿者: 前衛党  (ID:MfrF1R7gSas) 投稿日時:2018年 09月 26日 02:06

    わが国の入試は、高校の知識再確認テストではない。それとは異なるコンセプトにあるといえる。このことはけっして軽視されるべきものではない。

    もし入試の本質が「再確認」であるならば、大学入学後の専攻との整合性をどのように考えたらよいのだろうか。仮に英文科であれば、まず問われるべきは英語や国語の力であり、数学や物理ではあるまい。数学の実力者であっても、英語が未熟であればその後の英文学の学びに不適切であるからである。

    日本の大学の多くは、米国のようなリベラルアーツを取り入れていない。すなわち、かの国のように大学院で以て専門を究めるとの構造になっていないということだ。そうであれば、わが国の多くの学生にとっての最終学校である「学部」において、一定の専門性を修得することが制度上も要請されているのである。

    したがって、大学(や大学院)の入学試験とは入学後の学びでの知的適応性を験すことが―最優先に―求められ、またそれを通じて各大学は、それぞれの学びのポリシーを受験生にメッセージするのである。

  6. 【5126814】 投稿者: 前衛党  (ID:MfrF1R7gSas) 投稿日時:2018年 09月 26日 02:46

    >前衛党さんは国や大企業の活動の良し悪しをジャッジする立場ではないのですから、批判するだけ無駄です。ジャッジは国民や世論に任せましょう。

    とんでもない暴論だ。呆れている。
    あなたは大学での学問や研究というものをご理解なさっていないのではないか。

    私たちは政治屋のように政治的意見を表明し、それにつき有権者に審判を受けることを前提にしてはいない。その目的の第一は、学問的対象物の究明にある。それを前提にしての意見の表明であり、学生への教授である。ゆえに、むしろ国民大衆の思惑に無関係であらねばならないとさえいえる。すなわち、権威に盲従せず、通説を疑う姿勢こそが真骨頂だ。たとえ「経済学には数学が必要」と言われても、それに「ああそうですか」漫然と盲従するようでは、およそ学問を志す資質にさえ疑問符が付くと言わざるをえまい。

    批判こそが、学問の最大にして最高の真髄である。
    それゆえ、外部からの大学への不当な干渉を排除するため、学問の自由(大学の自治)も憲法上保障されたのである。現実に昨日行った日本政治外交史のゼミでも、1952年の日米安保条約1条の米軍の使用目的や米国の日本に自国軍隊を配置する「権利」などにつき、その片務性等も含め当時の日米当局者らの交渉上の経緯や思惑につき容赦のない批判が浴びせられていた。

    なお、この問題にご関心ある向きは、早稲田・政経学部OGである豊田祐基子氏の『日米安保と事前協議制度』(吉川弘文館、2015)が詳しい。沖縄の基地問題の本質もその知識なくして理解は困難であろう、いや議論する資格さえ有しないと申してもよいくらいだ。

  7. 【5126890】 投稿者: JQ  (ID:d2IufS.Ei42) 投稿日時:2018年 09月 26日 07:55

    >大学での学問や研究

    大学にもよるし研究室にもよると思いますよ。読んでて頭痛くなって来た。

  8. 【5126932】 投稿者: 医学部は  (ID:X.045drpyOk) 投稿日時:2018年 09月 26日 08:32

    桜蔭の国語のような、物語文の登場人物の気持ち、みたいな現代文の科目を入れればいいと思うの。そういう人の気持ちがわかる能力って大事だし、桜蔭でもやってるくらいだからペーパーテストで評価も可能。女子の得意分野だから嫌だなんて言ってる人は、男女差別主義者よ。

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