神田女学園で私の「好き」を見つける
受験する学校選び
以前は偏差値表や大学合格実績を頼りにできるだけ偏差値や大学合格実績の良い難関校を目指すご家庭が多かったのですが、現在はお子さんの性格や目指す将来像に適した学校を目指すご家庭が顕著になっています。
探究型の学び、グローバル教育、STEAM教育、リベラルアーツ等の教育内容
面倒見が良く、イベントが多くて楽しそうな学校等の教育環境等で選ぶご家庭が増えています。
社会や大学受験等が大きく変化する中、どのような学校を受験するのが良いのか、情報共有しませんか。
めんどくさいが、市場経済が機能するためには
私権の適切な保護
契約の確実な執行
通貨価値の安定
許認可などの透明性
政治の安定
などが前提として不可欠であり、世界のほとんどの国はここでつまづいている。
皆が日本に生まれて国ガチャの成功に喜んでおり、イヤな人間はガンダーラのあるアフガニスタンに行けばいい。
当たり前の話さん の指摘されている事項はいずれも市場経済が運営される必要条件ですね。
運営する側の立場にたつのは、教育された一定の能力を持った人間たちです。
教育の開始は才能を育成するための期間として個人差が発現する十代初めからが適当だと思います。
>日本のリーダーは東大生ではなく、高校生から海外トップ大に進学し、リスクをとって学ぶ日本の最優秀層をリーダーとすることが不可欠。
海外で学んだリスクテイカーを帰国後にリーダーにするかどうかは、既得権益者や一般市民の支持次第なので、この人たちが「(既得権益にしがみつかない)適切に権限移譲する能力」や「(他人に怨望しない)健全に統治される能力」をもたないと、優秀層は海外に行ったきりになるでしょうね。そういう共有認識のベースとして「探究」をおくのは悪くないと思いますが。
共通認識のベースとして学力だけでなく探究をおくことが重要。次期学習指導要領では探究をベースとする方向で議論が進んでいる。
リスクをとること、失敗を許容する文化、社会が日本にはなく、米国にはあるのは、教育のベースが違うからだ。
日本の教育は与えられた課題、知識体系等、答のある問題を早く正確に解くことが必要な教育。
だから誤りや失敗を許容しない文化や社会が形成される。
企業でもミスをしない人間、しっかり仕事をする人間が重視され、課題解決のために挑戦する人間や新しい取り組みをする人間は排除される。
小学生から探究が当たり前の教育をしていれば、誰が真に優れているかなどすぐにわかる。東大だ、とか筑駒だとか言わなくても、その人間の能力はすぐにわかる。そういう社会や文化をつくっていくことが重要。
》これで日本が世界の競争で勝てるわけがない。日本のリーダーは東大生ではなく、高校生から海外トップ大に進学し、リスクをとって学ぶ日本の最優秀層をリーダーとすることが不可欠。
海外トップ大アングラだけでは話にならず、博士課程まで必須であることはほぼ確実だよね。ゲイツやジョブスは例外。
でさ、分母はどのくらいになる?
ハーバードのアングラに在籍する日本人は4学年合計で十数名ですよ。この内全員が博士課程まで走りきれるとはおもえないんでね。
旧帝大合計で年に二万、この層を無視して海外海外って、何とかの一つ覚え。
探究は答のない課題につき、自ら問いをたて、最善策を考え、課題を解決する取り組みを促すことを通じて、新しい価値を創造する主体的な学び。
来年東大は新学部を創設して、社会課題を解決するための学部を創設し、ディープテック学部等の起業家養成学部を創設するなど東大も探究人材を受け入れる改革を遅ればせながら進めている。
次期学習指導要領をまつだけでなく、大学も総合型選抜入試の枠を拡充するなどの取り組みをして探究人材を受け入れる努力をしている。
中高も新興校の台頭のように探究、グローバル教育、リベラルアーツなどの教育を行っており、そうした探究人材は徐々に日本にも増えつつある。
与えられた教科、体系的な知識を学ぶ従来の教育は、答のある問題を早く正確に解くことができる人材を量産する。日本社会が失敗を許容できない社会、文化となったのは、こうした早く正確に解く訓練を続けてきたからだ。
米国トップ大はリスクを背負い、挑戦する人間、自ら答のない問いをたて、最善策を考え、その課題を解決する取り組みを通じて、新しい価値を創造する。だから失敗を許容できる社会や文化になっている。
米国の起業家は移民が半数、外国人留学生が海外トップ大で学び、起業するケースが圧倒的。イーロンマスクだけでなく、多くの起業家は移民起業家だ。つまり、リスクを背負って必死に学ぶ、そうしたリスクを背負って必死に学んだ人材が新しい価値を創造する。
日本人でそういう人材は高校生から海外トップ大に進学する人材くらいしかいない。次点として探究人材が当たり前になれば、リスクも許容し、失敗も許す社会や文化が形成されてくるだろう。






























