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【4570448】関関同立とくくることが間違っている点

投稿者: Mr.xxx   (ID:XOsbUlRmq1U) 投稿日時:2017年 05月 11日 22:07

関西では明らかに上位の関西学院大学・同志社大学、下位の関西大学・立命館大学の差が大きく、本来なら一緒にすべきではなかったのです。

しかしながら、受験産業の中核を担うようになった予備校が、野球の関関戦と同立戦を一緒にして「関関同立」と名付けて、より多くの生徒をグループで予備校に集めようとしたことによって、まとめて呼ばれるようになったのです。

関西に在住の人々は、関関同立の上位が関西学院大学・同志社大学、下位が関西大学・立命館大学であることは常識的にわかっていますが、関西以外の人(特に関東の人)はそのような関関同立の社会的評価に関する認識が薄く、関東ではグループ内の大学でさほど差がないMARCHと同じようなものと勘違いされていることも、関関同立とまとめて呼ばれることに拍車をかけていると言えるでしょう。近年は関西学院大学の躍進(復活)と同志社大学・立命館大学の凋落によって、関関同立は関学>>同志社>関大>立命館になりつつあります。

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  1. 【4570458】 投稿者: 大笑い  (ID:EOD87Ldbt12) 投稿日時:2017年 05月 11日 22:20

    関西在住ですが、どこもお金持ちの子しか行けない、という括りで、同等にしか見えません。

  2. 【4570492】 投稿者: 通りすがり  (ID:YPF67bE4Kqg) 投稿日時:2017年 05月 11日 22:41

    関西なら京大へ

  3. 【4570539】 投稿者: 自由でしょう  (ID:BRCTJWs6Ofg) 投稿日時:2017年 05月 11日 23:36

    括りはどんなものでも自由でしょう。

    例えば、東京六大学。
    東大だけが国立(しかも最高峰)で、あとは私大。でも違和感はありません。

    括りを否定する方は、結局いかなる括りも設定できないのだと思います。
    価値判断は人それぞれですから。

    という点において、スレ主さんは意味のないことをおっしゃっているように思います。

  4. 【4570655】 投稿者: いつものこと  (ID:VKzJs.jsBps) 投稿日時:2017年 05月 12日 05:16

    エデュやヤフー知恵袋で、延々と同じことを書いている関西学院大学信者の方のいつもの文章ですね。まともに相手をしても無駄ですよ。
    たぶん、もうちょっとしたら、週刊誌に掲載される現役進学者数を基に「現役本命率は関学が一番!」って書きだすと思いますよ。

  5. 【4570728】 投稿者: 便利じゃん  (ID:uZKq.hiJLGs) 投稿日時:2017年 05月 12日 08:13

    まあまあ
    便利でしょう。お子さんは?関関同立です。とか。
    大人になっても地域によっては石を投げれば同じ大学の人がいるわけで
    学校役員なんかでちょっと親しくなって、ひょんなことから大学の話になって、年下だけど浪人してたからあっちが先輩とかメンドくさい。
    関関同立といえばその辺りもモヤっと返事して解決。
    関東行くと兵庫の人がみんな神戸出身って言うのと同じ。
    八王子の人が東京から来ました〜って言っても関西の人はシブヤやらスカイツリーが思い浮かぶのと同じ。

  6. 【4571851】 投稿者: 言いたいことは分かります  (ID:j/HlvAs4Kig) 投稿日時:2017年 05月 13日 08:25

    関西在住です。

    確かに関学と同志社は様々な意味で少しレベルが高い…とは思います。ましてお子様が関学や同志社に在学中なら、一括りにされたくないお気持ちも分かります。

    しかしながら、他の方も仰るように、当事者以外はあまり気に留めません。

    子供たちの学校から関関同立に進学される方は殆どおられず、その4校のレベル格差に関する話題も出ません。でも、やはりその中でも関大や立命館はさらに聞かないかも…ですね。

    関関同立には内部進学やスポーツ推薦の方もおられますよね。だから大学受験して入学された方が『必死で勉強して入学した同志社と関学は違うのに…』と、主張したくなるのではないでしょうか。確かに京大残念組さんたちも在学中ですものね。

  7. 【4716330】 投稿者: xxx  (ID:V56lBYmtWek) 投稿日時:2017年 09月 26日 10:39

    "関関同立""産近甲龍"といった″大学のくくり”を調査を進めるうちに"関関同立”がある大学を応援するために創られたキャッチコピーだったとつかんだコピーライターの川上徹也氏。”関関同立”はいつ、どのようにして生まれたのか? 知られざる逸話、本邦初公開!
    誕生秘話を取材に大阪へ

     近畿大学からの依頼で、大学の“くくり”の由来を調べることになった。 まずは、“関関同立”というフレーズから由来を調べてみることにした。 “関関同立”とは、「関西大学」「関西学院大学」「同志社大学」「立命館大学」という関西の難関四私大のことをさす。

     このフレーズの歴史は古い。私の記憶では1970年代後半には、関西では既に定着していたと思う。しかし、なぜこの順番なのだろう。伝統や偏差値から言えば、同志社の同が先頭に来てもいいはずではないだろうか。

     例えば、wikipediaの“関関同立”の項には「関関同立という言葉は戦後まもなくから通用しており、大学受験生向けの月刊雑誌である蛍雪時代や、昭和30年代の広辞苑に早くもこの項目が建てられている」とある(2017年3月15日14時最終確認)。 本当だろうか?

     手元にある広辞苑(第六版)をひいてみたが発見できなかった。念のため私は、地元の中央図書館に行き、書庫から広辞苑第一版(昭和30年5月25日発行)、第二版(昭和44年5月16日発行)を出してもらい、いろいろな項目で調べてみたがやはり発見できなかった。

      また蛍雪時代の元編集者への取材から、「“関関同立”というフレーズは、昭和40年代に大阪の夕陽丘予備校の創設者である白山桂三氏が考案し、のちに蛍雪時代でも使うようになった」という情報を手に入れた。野球などのスポーツの対戦で「同立戦」「関関戦」などのフレーズは古くからあったにせよ、大学の難易度による“関関同立”という“くくり”は、大阪の予備校が発祥であることはまず間違いないであろう。

     白山氏は既に亡くなられているが、この経緯に詳しい夕陽丘予備校の現校長である窪津典明氏が取材を受けていただけることになり、私は大阪に向かった。

     大阪のミナミのさらに南、天王寺駅の近くに夕陽丘予備校はある。私自身、生まれも育ちも天王寺駅近くの阿倍野区で、高校はこれまたすぐ近くの今宮高校に通っていた。 事前にそんなことを話していたことも効いたのか、窪津校長はとてもフランクに私を迎えていれてくれた。


    “関関同立”の命名は夕陽丘予備校の創設者 白山桂三氏

     創設者の白山桂三という人は、とても魅力のある人物だったらしい(故人なのでここから敬称略)。 旧制大阪高等学校から東京帝国大学に進み、高校教師になる。昭和27(1952)年、大学に受からなかった生徒たちを、難波でトタン屋根の校舎を建てて教えだしたのが、夕陽丘予備校のルーツだ(当時は浪速予備校という名称。のちに夕陽ケ丘の地に移転してから現名称に)。

     その後も白山は「青年は宝だ」「若者を育てないと日本の未来はない」という信念の下、受験勉強だけでなく人間教育にも力を入れた。その結果、夕陽丘予備校は普通の予備校とは違うユニークな存在になっていく。普通、予備校は、大学に入学してしまえば、寄りつくような場所ではないが、夕陽丘予備校は、大学生になっても社会人になっても白山桂三を慕って卒業生が学校に集まってきたという。

     現校長の窪津氏もそんな白山桂三門下生のひとりだ。高校生時代、家が経済的に苦しかった窪津氏は、夕陽丘予備校でバイトしながら国立大学を受験したが失敗。私立大学には行けるような経済状況ではなかった。 すると白山は窪津氏にこう言ったという。

    「大学行くだけが人生ちゃうぞ。うちに就職せぇ。大学の4年で学ぶようなことは全部俺が教えてやる」

     この言葉に窪津氏の心は動き、大学に行かずにそのまま夕陽丘予備校に就職した。そして白山の秘書的な役割から始まって夕陽丘一筋四十年以上、現在の校長に至るという。

     予備校の先生が「大学行くだけが人生ちゃう」というのが痺れる。 ええ話や。しかし、私は夕陽丘予備校の「ええ話」の取材をしにきたわけではない。 そう“関関同立”のルーツを聞かなければ。


    夕陽丘予備校校長の窪津典明氏
    “関関同立”の初登場は昭和46(1971)年

     まず窪津校長が私に見せてくれたのは「創立三十年夕陽丘予備校史」(1981年発行)という本だ。その中に、当時大阪新聞記者だった宮本守正氏が寄稿した「『大学へアタック』を始めた頃」という文章の中に、“関関同立”というフレーズが誕生したきっかけが書かれているという。早速、読ませていただいた。

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