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【569442】附高の制服について

投稿者: 受験生の母   (ID:GqbVz3qE1k.) 投稿日時:2007年 02月 15日 20:28

本日、内進組で、合格いただきました。制服取扱指定店は、?茗荷谷のT洋服店と?渋谷のT百貨店となってましたが、値段・サービス等で違いがあるのでしょうか?先輩、在校生ご父兄の皆さん、どちらがよいのか教えていただけませんでしょうか?

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  1. 【5332870】 投稿者: 入学おめでとうございます!  (ID:wICg2JPlh.Q) 投稿日時:2019年 02月 25日 09:16

    合格者もほぼ決まりました。
    4月からいよいよ学附生ですね!
    入学されるご家庭、そして生徒さんに必要な、役に立つ情報満載のスレだと思いますので、あげておきます。
    ご質問等ありましたら、自由に書き込んでくださいね!

  2. 【5347767】 投稿者: 男子のワイシャツの校章の位置。  (ID:ZGXbr2xpvcg) 投稿日時:2019年 03月 07日 21:19

    お言葉に甘えて頂きます。

    ワイシャツにアイロンで付ける校章の位置ですが、
    ポケットのどの辺りに付けるのでしょうか?
    回答よろしくお願いします。

  3. 【5348065】 投稿者: アイロンプリント  (ID:rJq7pEZybAI) 投稿日時:2019年 03月 08日 02:01

    おめでとうございます。
    アイロンプリントでつける校章の位置につきまして、ワイシャツのポケットは上部の生地が二重になっているので、それに重なるように、おおむねポケットの上端から7mm下くらいに校章の最上部が位置するあたりかと思います。左右については、もちろん中央、つまり校章の左右の端からポケットの端までの距離を左右とも同じにします。
    アイロンの温度は高めに、ハンカチなどであて布をして、アイロンを動かさないように強く、多少長い時間押しあててください。うまくつかないとしたら、たぶん温度が低いのです。

    胸に校章が付いたワイシャツは、基本的に夏服として着用するものですが、冬服の時でも上着の下に同じ白のワイシャツを着ます。しかしブレザーでなく詰襟なので、ワイシャツの襟にすっぽり重なった上着の襟で首が圧迫される感じになるのと、すぐに暑くなるのとで、上着は授業中など脱いで過ごすこともあります。その時のため、上着の下に着るワイシャツにも胸に校章をきちんとつけておくのがよいですね。ですから、入学前のいまから胸に校章の付いたワイシャツを準備されるのは、とても良いことだと思います。

    では、素晴らしい附高生活を過ごされますよう!

  4. 【5348511】 投稿者: ありがとうございました。  (ID:ZGXbr2xpvcg) 投稿日時:2019年 03月 08日 12:15

    とても丁寧に説明して頂き感謝しております。

    ずれないように慎重につけたいと思います。
    本当に有難うございました。

  5. 【5521165】 投稿者: 敗北の象徴  (ID:wICg2JPlh.Q) 投稿日時:2019年 07月 26日 15:41

    現在の附高の制服は、その昔、制服自由化運動で敗北して、制帽だけ廃止され今の形になったもの。生徒側には敗北の象徴なのに、何を有り難がっているんだろう。

  6. 【5537382】 投稿者: 歴史  (ID:t.kAzy8yL9o) 投稿日時:2019年 08月 13日 07:49

    「敗北の象徴」という歴史の事実が制服に深く沁みているのだから、何を言っても仕方がありません。あった事実をないようにすることはできません。

    時は今から半世紀前、1960年代末、多くの高校で学生運動が燃え上がり、制服自由化はどこでも生徒たちの重要な要求でした。運動の結果、求めた自由化を勝ち取った生徒たちも、各地の高校に結構ありました。身近では、筑附、筑駒、西、くにたち、竹早、麻布、関西では大教大附属池田、地方県立トップでは、水戸一高、仙台一高、長野… などなどといったところですね。

    附高でももちろん学生運動が起こりました。ところが、制服自由化について落ち着いて教官と議論するより先に、反戦映画禁止に反対する一部の生徒が先鋭化して、バリケード封鎖。制服のことなどじっくり話し合う機会は得られないまま、学校側は機動隊を動員して、首謀者を留置場にぶち込んで退学処分という強硬策に出ます。
    もう少し生徒たちがマイルドに学校側と接して、生徒を支持してくれた教官を味方につけるなどうまく行動していたら、制服自由化はきっと勝ち取れていたはずです。しかし、そういう教官が生徒と一緒になって行動することもあまりないまま、強行策をとる学校当局と生徒支持教官が対立状況になって、辞職して学校を去るということまで起こりました。

    あらゆる点で、生徒側に損害と混乱ばかりで、勝ち取れた成果ゼロの戦術ミスでした。そして生徒たちは、学生運動が終息した後もいぜん、東京地区の進学国立附属高校でただ一校、旧態依然の窮屈な制服を着用し続けなければならなくなったのです。ほかの高校では勝ち取れたものを、自分たちだけ勝ち取れなかったのです。「恥ずかしい」「口惜しい」という感情が制服の中に沁み込んでいってもおかしくない状況ではありませんか?

    そういう屈辱の歴史が、附高の制服には詰まっていることを、今まだ同じ制服を着せられている生徒たちが知っておいて悪いことはないでしょう。

  7. 【5537923】 投稿者: 勇  (ID:NnlDMPCc3hY) 投稿日時:2019年 08月 13日 17:38

    そういった歴史は事実なのでしょうが、現役の附高生や志望している中学生にとっては、日本各地にある戊辰戦争の弾痕のようなものでしょうね。

  8. 【5538560】 投稿者: 笑  (ID:tH6VxadHlwI) 投稿日時:2019年 08月 14日 11:55

    いつの話したんだろうw
    そもそも、進学校ぢゃないし…

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