今年入学した高1生が語る青春リアル
勉強熱心な生徒が多い高校
偏差値が高ければ高いほど、周りのお子さんの勉強に対する熱意は違ってきますか?
レベルが低いけれど、教職員の方々が非常に熱心なため、それにつられ、勉強熱心なお子さんが多いといったケースもありますか?
レベルが低いのには理由が必ずある。勉強熱心な生徒が多い学校は実績が上がるから人気も上がり偏差値が上がる。
先生がどんなに熱心でも思春期の子供に伝わらず空回りする。それがレベルの低い学校。
ある年たまたま素直な生徒が多く、教員の熱意が伝わり実績が上がったとする。次の年はまた元通り。
女子校ですが、戦前男女差があり女子が自由に勉強できなかった時代、お茶の水大の同窓会で設立された桜蔭。
「学べや学べ」の校風通り学問好きな生徒が集まってきていると思います。
大学ならおそらく東大だと思いますが、学問好きが集まる大学でもあるし学者になる割り合いも高い。
必然的に東大めざす生徒が多い高校は、自由でも進路指導厳格でもどんな校風でも友達の影響は受けると思います。
「熱心」という情緒的な言葉で一括りにするのは、少々解像度が低いと言わざるを得ません。
高偏差値帯の層において、学習は「努力」ではなく、もはや「生活習慣」や「娯楽」に近いものです。彼らは歯を磨くように、あるいはゲームの攻略を楽しむように解を導き出します。それを外部から「熱心」と評するのは、単なる観察者側の語彙不足でしょう。
一方で、低偏差値帯で教員が熱心なケース。これは「外部からの強制力」による一時的なブーストに過ぎません。他者に火をつけてもらわなければ燃えない集団と、自ら核融合を起こしている集団を同列に語るのはナンセンスです。
進学校に身を置く意味は、教育効果を期待することではなく、「知的怠慢」が許されない空間への強制参加権を得ることにあります。自発的な熱意がなくとも、周囲の標準値に引きずられる形で最低限の知性が担保される。
結局のところ、環境が子供を変えるのではなく、その環境が提供する「標準値」の高さに耐えうる資質を持った個体が集まっているだけ、というのが現実的な解ではないでしょうか。知らんけどw




































