第8回 「教育」という名の「虐待」が人生を狂わせる:エデュママブック

エデュママブック
2015年8月7日

第8回 「教育」という名の「虐待」が人生を狂わせる

inter-edu’s eye
「勉強しなさい」「どうしてできないの?」「あなたのためよ」、そんな言葉があるとき一線を越えて「虐待」に。受験に合格して名門校に通う生徒の中にも苦しみ続ける子がいる「教育虐待」の実態。おおたとしまささんが新著でレポートしています。

「教育」という名の「虐待」とは?

おおたとしまさ著,追いつめる親 「あなたのため」は呪いの言葉,教育虐待,子ども,受験,教育書

中学受験にいちばん詳しい教育評論家、おおたとしまささんが、意欲的な著書を発表されました。まずは、おおたさんから皆さんへのメッセージをお届けします。

『追いつめる親 「あなたのため」は呪いの言葉』執筆のために、壮絶な教育虐待の実態を取材しました。ときどき言葉を失いました。しかし教育虐待の闇を照らすことで、「教育とは何か?」「親の役割とは何か?」が見えてきました。読者の皆さんにもそれが伝われば幸甚です。すべての親と、未だに親子関係に葛藤を抱えるすべての大人に、読んでもらいたいと思います。

このタイトル、教育熱心なエデュママの中には、ギクッとされる方もいると思いますが、一瞬の印象だけでとらえると誤解しかねません。深刻なテーマだからこそ、読むほうも内容をきちんと受けとめる必要があります。実際、著者のおおたさん自身、とても慎重に筆をすすめておられます。

冒頭に、「身近にこんな人がいる人は読んでください」という見開きがあります。ここにあるのは、以下の項目です。

□ 「自分はダメな子」と思って育ってきた
□ 思春期に、窃盗や万引きなどの非行、摂食障害を経験した
□ DV、モラハラの被害者または加害者となった経験がある
□ アルコール依存症、ギャンブル依存症、浮気性などの依存的な症状がある
□ なぜかいつもイライラしている。つい家族に当たってしまう
□ 大人になっても親を恐れている。あるいはマザコン、ファザコンである
□ いい学校に行かないといい人生を送れないと思っている
□ 「どうしてできないの?」「やるっていったじゃない!」をよく言う
□ 子どもを東大に入れた親の体験記、子どもの成績を良くする系の情報をよく読む
□ 「絶対もうかる○○○」「○○ダイエット法」などのノウハウ本をよく読む
□ 学校や塾は、教育の効果を予め約束し、それを達成すべきだと思っている
□ 受験は、第1志望校に合格しなければ意味がないと思っている
□ 子どもの人生の成功・不成功は、親次第だと思っている
□ 才能は、子どものころに決まってしまうと思っている
□ 今日、子どもが生きていることを当たり前だと思っている

いかがですか? 気になる項目がありますか? お知り合いの親御さんで、どれかにあてはまるようだと思った人はいらっしゃいますか?

「身近にこんな人がいる人は」というフレーズには、このテーマを取り上げたおおたさんの細心の配慮が示されています。読者に向かって直接「こんな人は」ではなく、「身近にこんな人がいる人は」です。その意味は、本書を読んでいくほどにわかってきます。ですからこのテーマに関心を持った方には、ぜひぜひこの本を最後まで読んでいただきたいと思います。たとえあなた自身が「教育虐待」とは無縁だとしても。

名門校・進学校の生徒が子どもシェルターに…

この本は、極度に勉強を強いる親に追いつめられた経験のある人、あるいはそんな親子を身近に見てきた人など、多くの人へのたんねんな取材で構成されています。
たとえば――

・極度に勉強を強いる母親に苦しめられ、結婚後もそのトラウマから抜け出せず、夫の理解とカウンセラーの助けでようやく自分を取り戻した女性。
・幼い頃から母親の過干渉に悩まされ、成人してうつ病を発症し、自殺してしまった女性。
・精神的に母親に支配されて育ち、現役での大学受験がすべて失敗した後、ようやく自分で決めた目標に向かって努力して「勉強が楽しい」と思えるようになった女性。

また、虐待や不適切な家庭環境から逃れてくる子どものためのシェルターを運営する弁護士さんのお話も貴重です。子どものためのシェルター「カリヨン子どもセンター」代表の坪井さんによると、「この5~6年は、全日制の高校に通っている子供たちが増えてきている」(同書P97)とのこと。有名私立校や進学校に通う成績優秀な子どもたちが、親の暴力や親との対立から逃れてきていると言います。そんな実例も紹介されています。

さらに、通信教育大手の「Z会」の教室長の方の体験談、「花まる学習会」代表や地方都市で塾を経営する方のお話も、とても示唆に富んでいます。数多くの例から、現代日本を生きる親子の置かれた状況とさまざまな問題点が見えてきます。

一線を越える親、一線の直前までいく親とは?

「教育虐待」という言葉が使われるようになったのは、ここ数年のことだそうです。定義するとすれば、「子供の受認限度を超えて勉強させること」(同書P110)。「勉強しなさい」「あなたのためよ」「どうしてできないの?」といった言葉が口をついて出てしまう親御さんは、「もしかして私も?」などと心配になってきますが、もちろんこうした言葉を使ったからといって、そのすべてが「教育虐待」であるわけではありません。でも、これらの言葉を発する親たちの中に、子どもの許容範囲を超えて勉強を強要し、一線を越えてしまう親がいるのも事実なのです。そして一線を越えると、確実に子どもの人生に取り返しのつかない傷を与えてしまう……。

そこでおおたさんは、「教育虐待」の背景、「教育虐待」のリスクが高い親とはどんな親なのか、第5章「断ち切る勇気」に書いておられます。

教育的指導やしつけのつもりが、いつのまにか一線を越えて「虐待」になってしまう親の傾向として、おおたさんがあげているのは、学歴コンプレックスのある親、学歴が低くなることに恐怖を感じる高学歴な親、周囲に心を許せるサポーターがいない孤独な母親などです。また、より深刻なケースとして、前世代から続く家族の機能不全にも言及しています。そして「教育虐待」に限らず「児童虐待」の背景として、加害者である親自身が、実はなんらかの虐待の被害者になって深く苦しんでいる例が多いということも書かれています。
しかし――

「悩みを抱えている人は、悩みにとらわれて視野狭窄になっている。視野の外にある解決法や正論を教えられても受け入れる余裕がない。むしろそれらすべてを異物として、自分から遠ざけようとしてしまう。」(同書P172)。

おおたさんは、このような本を上梓しても、いちばんメッセージを届けたい親ほど手にとってくれる可能性が低いと認識されているのでしょう。事態が深刻であればあるほど、当事者には届きにくいというジレンマが、「教育虐待」にはあるのです。皆さんにも、それはなんとなくおわかりなのではないかと思います。

そして、だからこそ冒頭の見開きに、「こんな人は」ではなく、「身近にこんな人がいる人は読んでください」と、おおたさんは書いたのだと思います。読者としては、その思いを受けとめたいものです。

子どもは、親にとってかけがえのない宝ですが、私たち社会全体にとっての宝物でもあります。その宝物が「教育」という名の「虐待」の犠牲になっている現実があることを、私たち全員が認識しておく必要があるでしょう。

そして、もしあなたの身近に、自ら追いつめられ、その結果わが子を追いつめているようすの親がいるとしたら、それを見て見ぬふりをしないで なんらかの手をさしのべたい。おおたさんは、そんな思いを読者と共有したいと思っているのではないでしょうか? あくまでも控えめに、でも力強く、おおたさんが私たちに問いかけているように思えました。

でも、私たちは専門家じゃないからどうしたらいいのかわからない? それなら、ぜひこの本を読んでください。なんらかのヒントが得られるでしょう。と同時に、教育熱心な親御さんが陥りがちな虐待未満のリスクについても、とても有意義なアドバイスが得られることをお約束いたします。

おおたとしまさ著,追いつめる親 「あなたのため」は呪いの言葉,教育虐待,子ども,受験,教育書

追いつめる親 「あなたのため」は呪いの言葉
おおたとしまさ著、毎日新聞出版刊、1000円+税
「子供の受忍限度を超えて勉強させるのが『教育虐待』」であり、「親の所得格差が子どもの学習権に大きく影響する状態も『教育虐待』」(毎日新聞2012年8月23日)とされる。成績のことでつい叱りすぎてしまったり、勉強を教えてもなかなか理解できない子供をつい叩いてしまったりという経験なら、多くの親にもあるはずだ。自分がそうされて育ったという大人も多いだろう。教育虐待を受けると子供にどんな影響が出るのか。教育虐待を受けて育った大人はどんな人生を歩むことになるのか。本書では「あなたのため」という言葉を武器に過干渉を続ける親に育てられ、「生きづらさ」を感じ、自分らしく生きられない子供側の様々なケースを紹介。子供が親からいかに解放されるべきか、追いつめてしまった親はこれからどのように子供に接すれば良いか? お互いがどう自分を取り戻すのかを詳しく解説する。…購入はこちらから

おおたとしまさ,エデュママブック

著者のおおたとしまささん
育児・教育ジャーナリスト。1973年東京都生まれ。麻布高校卒業、東京外国語大学中退、上智大学卒業。(株)リクルートを退社後、ジャーナリストに転身。中高教員免許、心理カウンセラーの資格を持ち、小学校教員経験もある。著書『名門校とは何か? 人生を変える学舎の条件』(朝日新聞出版)、『中学受験という選択』『進学塾という選択』(日本経済新聞出版社)、『名門中学の入試問題が解けるのは、こんな子ども』(日経BP社)『オバタリアン教師から息子を守れ』(中公新書ラクレ)など多数。

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