日本の教育が大きく変わる今、 知っておきたい“地域留学”という選択肢(後編)

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前編では、全国から生徒を募集し、高校の魅力化に取り組む島根県立隠岐島前高校について、“自ら問いを立て、本質に迫る力”を育成する教育を軸にご紹介しました。後編では、離島に暮らす隠岐島前高生の生活の様子や高校と地域の関係、さらに、隠岐島前高校から島根県、全国へと広がりを見せる“地域留学”について、詳しく見ていきたいと思います。(文/笹原風花)

生徒が地域に入り込み、地域が学校に入り込む。島は、多様な人々が混じり合い融合した学びの場

隠岐島前高校の生徒の約半数は、島外出身の“島留学生”です。遠くはブータン出身の生徒もおり、生まれ育った環境は千差万別。これまで小さなコミュニティで和気あいあいと学んできた島内生(島前3島出身の生徒)にとっては、島外生(島留学生)との出会いは刺激的であり、離島の高校に一人で飛び込んできた島外生にとってもまた、島のすべてが新鮮に映ります。入学当初こそ環境に慣れるまでの障壁はあるものの、生徒たちはすぐに混じり合い融合します。

島留学生は、学校の敷地内にある寮(男女別)で暮らします。男女とも「自主・自立」の理念のもと寮生が主体となって暮らしやすい環境を作っており、島外からの視察者の案内も自分たちで行います。また、地域住民も参加できる蚤の市の開催や地域の祭への出店など、寮生が自主的に企画・運営するイベントも多く、地域に開かれた寮になっています。

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寮生が企画した「三燈蚤の市」には、子どもから大人まで多くの島の人が訪れた
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昨年の夏に島で開催された音楽イベントでは、会場設営や音響、出店などを高校生が一丸となってサポートした

島内生も活発に活動しています。例えば、今秋、島で開催された音楽フェス「THE GRAND BLUE MUSIC FEST」は、3年生の島内生が主体となってチームで企画・運営したもの。「地域と世界をつなげる」をテーマにした「地域地球学」の授業のなかで、プロジェクトを立ち上げました。フェスのコンセプトは、「音楽を通した地域交流」。チームリーダーの小櫻錬くん(島前・西ノ島出身)は、「音楽を通して人と人をつなぎ、島前を元気にしようという思いを大事にしてきた」と言います。

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宣伝・広報物や会場のデザインなどもすべて高校生が担当。イメージを統一するなど、PR戦略面でも工夫した

当日は、プロのアーティストに加え小櫻くんをはじめ島前で音楽をしている人たちもステージに立ち、子どもから年配の方までたくさんの人でにぎわいました。企画した高校生を支えたのは、地域の人たち。「このフェスをひと言でまとめるとすれば、“感謝”。地域の方々の支援や応援がなければ、絶対に成し遂げることはできなかった。自分のやりたいことができる環境があって、それを応援してくれる人たちがいることが、本当にありがたい。これからもいろんなことに挑戦していきたい」と小櫻くん。島前高生にとっては、島がまるごと学びのフィールドになっているのです。

高校の授業や「夢ゼミ」の一環で地域に出ていくことに加え、普段の生活のなかでも生徒は地域と密にかかわっています。例えば、島留学生には“島親さん”と呼ばれる地域の人がつきます。島親さんは、生徒を自宅に招いたり、海釣りに連れて行ったりと、地域と生徒とをつなぐ一端を担っています。島親さんに誘われて地域の活動に参加したり、探究活動で話を聞いたのをきっかけに漁師さんや旅館の手伝いをしたり、地域の祭の運営を手伝ったりと、ここでは「高校生が地域の人と一緒に何かをする」ことが当たり前になっています。地元の商店や飲食店で、高校生が「あんた進路はどうすんの?」などと声をかけられることもしばしば。島内生・島外生関係なく、高校生が地域のコミュニティメンバーの一員となっているのです。

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漁師さんに教わりながら、牡蠣についたゴミを取り除く手伝いをする生徒たち

地域の人もまた、高校の運営に主体的に携わっています。高校の魅力化を推進する協議会には、地域住民や行政(役場や教育委員会)の職員も名を連ね、会合では本気で意見をぶつけ合います。これも、地域唯一の高校である隠岐島前高校をより魅力的にしていきたいからこそ。地域と行政と学校とが一丸となって教育でこの島を変えていくのだ、という強い理念や思いは、10年以上前に魅力化構想が立ち上がった当初から変わりません。真の意味で「地域に開かれた学校」と言えるでしょう。

多様な背景を持つ大人との本気のかかわりから、多くを学び成長していく生徒たち

生徒や学校を、地域と、そして世界とつなぐキーパーソンが、コーディネーターです。コーディネーターは高校の職員室に席がありますが、教員ではありません。教員や公立塾のスタッフ、寮のハウスマスターらと協働しながら、生徒の学びを文字通りコーディネートし、学校の魅力化を推進するのが役割です。隠岐島前高校では現在5名のコーディネーターが活躍しており、生徒数(全校生徒約160名)から考えると、とても充実した環境となっています。

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コーディネーターと公立塾のスタッフたち。ここでも問いを立て本質に迫るべく、熱い議論が交わされる

コーディネーター、公立塾・隠岐國学習センターのスタッフ、寮のハウスマスター、地域の人々、島外から頻繁に訪れる視察者や講演者(教育関係者から大学教授、地方創生担当大臣まで実にさまざま)…。学校の先生以外のたくさんの大人たちとのかかわりが日常的にあるのも、隠岐島前高校での学びの特徴です。日本の多くの高校生の現状と比べると、「最大の特徴」と言えるかもしれません。コーディネーターや学習センターのスタッフ、ハウスマスターの多くは、Iターン者です。多様で豊富な経験と広い視野を持つ彼らは、生徒にとっては良きロールモデルにもなります。一方、地域の大人たちのなかには、島で生まれ育った職人肌の人もいれば、島外のことを知るUターンやIターンの人もいます。さまざまな背景を持つ大人とのふれあいから、生徒たちは多くを学んでいきます。

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学習センターで3年生が取り組む「じぶん夢ゼミ」の集大成として行われたイベント「かたらーや」では、「いま語らずにはいられないテーマ」について、島内外の総勢90名の参加者と対話を重ねた

前編で紹介したように、隠岐島前高校や学習センターでは、問いを立てて対話を重ねることを重視しているため、生徒にはいろんな大人とじっくりと話をする機会が多々あります。親や先生や友だちには話せないことを話せる相手がいる、自分にはなかった視点を得られる、こうなりたいと憧れるロールモデルができるなどメリットは多々ありますが、何よりも、一人の人間として本気で向き合ってくれる大人が身近にいるということは、子どもから大人への成長段階にある高校生にとって、とても有意義なことではないでしょうか。

隠岐島前から島根へ、そして、全国へ。新たな選択肢として広がる“地域留学”

「隠岐島前高校教育魅力化プロジェクト」として始まった高校の魅力化の取り組みは、「隠岐島前教育魅力化プロジェクト」と名称を変更し、現在は島前地域内の小・中学校の教育魅力化まで拡張しています。それぞれの小・中学校にコーディネーターを置き、地域と密に連携した学びを展開するほか、各町村が小・中学生向けの“島留学”(西ノ島町「西ノ島しまっこ留学」・海士町「親子島留学」・知夫村「島留学」)にも取り組んでいます。

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島ではこの10年で、子どもや若者を見かける機会が増えた

また、全国から生徒を募集する“島留学”は島根県全体へと広がり、“しまね留学” の名で現在は22の県立高校が県外から生徒を募集しています。生徒数は右肩上がりに増え、今年度は195名の県外生が入学しました。しまね留学を行う学校の一つ、島根県立津和野高校から東京大学の推薦入試合格者が出たことは、話題にもなりました。

さらに、この動きは「地域みらい留学」という名で全国にも広がっています。北海道から沖縄まで、現在は55校が都道府県の枠を超えて生徒を募集。各学校が特色ある教育を展開しています。志願者も年々増えており、各地で開催される説明会やイベントには、数多くの中学生や保護者が来場しています。どこに魅力を感じるかは人それぞれですが、地元の公立高校の閉鎖的な雰囲気や、偏差値で志望校を決める中学校の進路指導に疑問や違和感を感じたことをきっかけに、地域留学を検討する親子が多いようです。

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多くの人でにぎわう地域みらい留学の説明会(東京会場)

親元や生まれ育った土地を離れて高校3年間を過ごすという決断は、簡単にできるものではありません。考え方次第ですが、メリットだけでなくデメリットもあるでしょう。子どもによって、合う・合わないも当然あります。それでも、日本の教育がここまで多様化していること、こういう選択肢もあるのだと知っておくことは、子どもを持つ親にとって大切なことではないでしょうか。これから数年間で、日本の教育や学力観は大きく変わることが予想されます。そんな今こそ、広い視野とオープンで柔軟な心をもって、自ら問いを立て本質に迫ろうとすることが、私たち大人にも求められるのです。

笹原風花 (ライター・編集者)
奈良県出身。京都大学文学部(考古学専修)卒業。教育系出版社で大学受験情報誌の制作に携わったのち、制作会社を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学び、子育て、ワークスタイルを中心に多岐にわたる。プライベートでは2児(7歳・4歳)の親として、我が子の子育てや教育に悩む日々を送る。


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