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世界のトップエリートの息づかいを学ぶ6日間

inter-edu’s eye

この夏も巣鴨中学校・巣鴨高等学校(以下、巣鴨)で特別なサマースクールが開かれた。生徒たちが「もう一つの最高の夏」と称するそのサマースクールに、今回は教育・育児ジャーナリストのおおたとしまささんと潜入取材を決行。ジャーナリストが見たハイレベルなサマースクールのようすをご覧いただきたい。
(本文:おおたとしまさ 撮影・編集:インターエデュ・ドットコム)

ジェントルメン!
素晴らしい主張だ。素晴らしい着眼点だ

難しい歴史問題について、英語で必死に意見を述べる生徒たちを讃えるトリスタン先生。イギリスのパブリック・スクール(全寮制の私立中高一貫校)の現役の教師が、なぜか8月の日本で、日本の中高生たちに歴史を教えている。

ここは長野県蓼科高原。避暑地として知られる一方で、多くの学校が、研修施設を構える。その一角に巣鴨の“学校”もある。巣鴨生は毎年夏、この山の中の学校で勉強合宿を行う。しかし今回はいつもとはようすが少し違う。

イートン校のサマースクールを
基にしたプログラム

みなさんは巣鴨がイギリスの超名門パブリック・スクールであるイートン校のサマースクールに参加できる首都圏唯一の男子校であることをご存知だろうか。

日本中から参加者が集まるイートン校の「サマースクール」に、巣鴨では毎年約40名もの生徒を参加させている。1440年に創立されて以来、由緒正しい「英国紳士」を育て続けているイートン校の校風と、伝統と規律を重んじる巣鴨の校風には共通点が多いのだ。

さすがは世界で最も有名なサマースクール。参加者の満足度は非常に高い。「人生が変わった」と言う生徒が続出する。巣鴨でも毎年、当然のように参加希望者が殺到する。本当は全員を連れて行ってあげたいが、人数は限られている。そこで、もっと多くの生徒に、イートン校のサマースクールと同様の体験をさせてあげられないかと考案されたのが、「SUGAMO SUMMER SCHOOL(巣鴨サマースクール)」だ。

イートン校のサマースクール

本場も驚く豪華な講師陣

教えるのは7人のイギリス人。しかもオックスフォード大学もしくはケンブリッジ大学を卒業し、現在は文字通り世界を股にかけて活躍するグローバルエリートばかりだ。

オリー先生
オリー先生
(ダイレクター:責任者)
オックスフォード大学卒業

Eton College Summer Schoolでダイレクターを複数回勤めた。現在は世界展開するコンサルティング会社に勤務。イートン聖歌隊日本公演では皇太子に随行。人気アカペラグループを結成し、イギリス首相の前で演奏を披露している。

アレクシー先生
アレクシー先生
オックスフォード大学卒業

数学・科学の豊富な指導経験を持つ。世界有数の経営コンサルタント会社に勤務し、わずか3年で要職に抜擢された。プロ歌手でもあり、女王陛下や首相が列席する戦没者追悼祭で、イギリスを代表する歌手として歌唱を披露した。

ベン先生
ベン先生
オックスフォード大学卒業

Eton College Summer Schoolで豊富な指導経験を持つ。同大学言語学科をトップの成績で卒業した後に、法科大学院に進学。イギリス有数の法律事務所に勤務の後、現在は大学院で翻訳を学ぶ。パワー・リフティングの大学代表としても活躍した。

ジャック先生
ジャック先生
オックスフォード大学卒業

9歳から大学生までの幅広い年齢層に英語・数学・科学を指導した経験を持つ。エンジニアとしてチェルシー・スタジアムの建設に従事しながら、アルマーニのCMにも出演。水泳(バタフライ)元イギリス代表。

ノア先生
ノア先生
オックスフォード大学卒業

イギリス政府勤務。中高時代にイギリス数学チャレンジで金賞を4度受賞。フェンシングのロンドン・ユース大会では銀メダルを獲得。教育困難校での指導経験もある。趣味はチェスと読書。

サミー先生
サミー先生
オックスフォード大学卒業

同大学の哲学・政治経済学部をトップの成績で卒業。ロンドン・パリで、英語・ラテン語・数学・歴史の指導経験を持つ。現在はイギリス政府に勤務し、要職を歴任している。趣味はピアノ・ギターの演奏とサッカー。

トリスタン先生
トリスタン先生
ケンブリッジ大学卒業

Eton College Summer Schoolでダイレクターとしての豊富な指導経験を持つ。イギリスで最も先進的なパプリック・スクールの1つであるウェリントン・カレッジの歴史科教諭およびハウス(寄宿舎)の副寮長。

昨年に続き「巣鴨サマースクール」のダイレクター(責任者)を務めるのはイートン校からオックスフォード大学に進学し、日本について学んだオリー先生。本場「イートン校サマースクール」でも5年間ダイレクターを務めた実績がある。そうそうたる講師陣はオリー先生の声がけで集まった。

その一人、冒頭に登場したトリスタン先生も、「イートン校サマースクール」でのダイレクターの経験がある。その彼をもってしても、「今回の講師陣のプロフィールを見たときに緊張しました。イートン校のサマースクールの講師陣よりも豪華です。私自身がほかの講師から多くを学んで帰りたい」と言うほど。

そんなグローバルエリートが、それぞれの得意分野を活かしたオリジナルの授業を用意してわざわざイギリスから蓼科にやってきた。「イートン校のサマースクールではカリキュラムが決められていて講師の裁量は少ないが、ここ巣鴨サマースクールでは自分の思い描く授業を生徒に合わせてできる。その分講師たちのモチベーションもさらに高い」とトリスタン先生。

夏休み期間中に「英語漬けの合宿」をする学校は少なくない。
英語だけなら、どんなネイティブスピーカーからでも学べる。日本の中高生への英語の教え方が上手なネイティブスピーカーなら日本にもたくさんいる。しかし「巣鴨サマースクール」で生徒たちが学ぶのは英語だけではない。グローバルエリートの視点、考え方、話し方、息づかいを感じられることこそが、このサマースクールの魅力なのだ。
「巣鴨サマースクール」は、次元が違う。
「世界の一流の“種”」が、生徒たちの心に植え付けられる。

「この1週間で生徒たちに身に付けてほしいイチバンのものは、英語力ではなくて、自信です」と、講師たちは口をそろえる。

世界的「勝ち組」たちの
失敗自慢を聞く授業

5泊6日のプログラム。8時30分から授業が始まり、50分間の授業を毎日5コマ。その後夕食までの時間は、屋外でのクリケット体験やラグビー体験などのアクティビティーも用意されている。最終日の夜にはグループごとの演劇の発表もあり、そのための歌や踊りや演技の練習の時間もある。それももちろんその道のプロである講師陣が指導してくれる。

授業のテーマは、「帝国を築くには?」「効果的なコミュニケーション」「漫画」「イギリス式のお茶の作法」「イギリスの音楽」「イギリスのスポーツ」「演劇」など。

冒頭のトリスタン先生の授業は「帝国を築くには?」の1コマ。イギリスとインド、そして日本と中国の関係を対比しながら、戦争責任について話し合う。非常に重いテーマだ。

一方で、アレクシー先生の「イギリスの音楽」は、イギリスのロックバンドやポップミュージックシーンについての授業。スマートフォンから流れる曲を聴いて、演奏するバンド名を当てたり、いつの時代の曲かを当てたりする。
アレクシー先生は、現在はロンドンビジネススクールでMBAの取得を目指しているが、ミュージシャンとしても活動しており、かつては女王陛下の前で歌唱したこともある。

ノア先生の「イギリス式のお茶の作法」では、イギリス式のクリームティーの作法を学ぶ。授業の最後には、実際にスコーンと紅茶を楽しむ時間も用意されている。東京の巣鴨の校舎には本格的なお茶室があり、生徒たちは全員茶道の基礎を学んでいる。だからこそ日英のお茶文化の対比もできる。

このほかに、すべての講師が必ず行う授業がある。
それが「モチベーション・カーブ」だ。

モチベーション・カーブとは要するに、人生の波瀾万丈。7人の豪華講師陣が、自分の人生を振り返り、失敗談とそこからどう立ち直ったのかを話してくれるのだ。彼らが自らの人生で得た教訓を、直接教えてもらう貴重な機会だ。

以下、オリー先生の「モチベーション・カーブ」の授業を実況中継する。もちろん授業はすべて英語で行われるが、話の内容を理解するために必要になる英単語を授業の最初に押さえておくので話がちんぷんかんぷんになることはない。

授業のようす 授業のようす

この授業の目的は、失敗を未然に防ぎ、あるいは失敗を克服する方法を学ぶことです。

そう言いながら、オリー先生は4つの山と5つの谷からなるモチベーション・カーブを黒板に描いた。その曲線が、人生の絶頂とどん底を、それぞれ表している。

「イートン校に入学して、私は聖歌隊に入りました。大きな賞を受賞してワールドツアーに行かせてもらいました。その途中、日本にも訪れました。それが私と日本との出会いです。そのとき徳仁皇太子と直接お話する機会を得ました。とても光栄なことでした。さらに日本各地に行き、たくさんのおいしいものを食べることができました」

「それがここ、私のモチベーション・カーブの最初の頂点です」

スライドには、大学生のオリー先生が当時の皇太子と直接やりとりしている写真が映し出され、生徒たちは「おお!」と思わず声を上げる。

「世界を回ったのち、イギリスに戻りましたが、私はまた日本に行きたいと強く思うようになっていました。そこでイートン校の学習支援費を得るためにプレゼンテーションを行いました。日本に行って、自然の中でトレーニングするという馬鹿げたプランだったのですが、1000ポンド(約14万円)の支援金を勝ち取ることができました」

かくして15歳のオリー先生は夏期休暇を利用して、友達と5人で、北海道を訪れた。そこで1か月間キャンプをしながら、毎日山道を歩いて身体を鍛える計画だった。でもそれはあまりに無謀だった。

「日本の夏は蒸し暑いと思っていたので、薄着しか用意していませんでした。寝袋も薄いもの。しかし北海道のしかも山の上は寒かった。寒くて全然眠れない。しかもお金がなかったので食事は毎食カップヌードル。どんどん体力が失われました。しかもキャンプを始めて数日のうちに、大事件が起こりました。北海道の山の中に、スープが残ったカップヌードルを置いたままにしておけばどうなるか、みなさんなら分かるでしょう(笑)」

生徒を指さす。

「ベア?」

「そう。熊がやってきたんです。こちらは寝袋にくるまって身動きが取れない。死ぬかと思いましたが、幸い、熊はカップヌードルに満足して帰ってくれました。しかし翌朝、もう限界でした。私は体調を崩し、山を下り、病院に行きました。著しく体力を消耗していたのです。そして自分の計画の無謀さに打ちのめされていました。それがここ、最初のどん底です」

しかしオリー先生はそこから、経験と準備の大切さを学んだと、巣鴨生たちに訴える。

続いて、オックスフォードでバーを開き、夜な夜なパーティをして世界中からやってきている学生と友達になったこと、オックスフォード在学中に1年間日本にやってきて、中央省庁でインターンを経験したことなどを話した。

「スーツを着て、セキュリティの厳しい日本の中央省庁に通勤するなんて、最初はカッコいいと思って、テンションが上がりました。でも、任された仕事はひたすら書類の整理や封筒ののり付け。昼休みは霞ヶ関の疲れたサラリーマンと一緒にラーメンをすする毎日。そんな生活にだんだんと嫌気がさしてきました。しかも、イギリスにいた彼女からは、突然別れを告げられました。『こんなはずじゃなかった』。どん底でした。でもそのとき、自分のマインドセットを変えようと思ったんです。コップの中に水が半分入っているとき、半分も入っていると思うのか、半分しか入っていないと思うのか。それまでの自分は後者の視点しかありませんでした。でも、まだ水は半分も残っているじゃないかと思うようにしたのです。世の中の見方を変えたら、自分が変わりました」

その後、テレビのオーディション番組で賞を取ったこと、オックスフォードの最終試験をトップクラスでパスしたこと、就職活動に苦労したこと、働き過ぎて生活のバランスを欠いていた時期があったことなど、たくさんの失敗談を巣鴨生たちは聞いた。

現在のオリー先生の経歴を見れば、「勝ち組」としか思えない。しかしそこに至るまでにたくさんの失敗があり、失敗があったからこそいまがあることを生徒たちは学んだに違いない。

世の中を変えるには、
失敗にめげない能力が最も大事

授業後、巣鴨サマースクールにかける思いをオリー先生に聞いた。

たった1週間しかない。たくさんのことは教えられない。いちばん伝えたいことは、マインドセットを変えることです。

オリー先生

ちょっとでもいいから物事を見る角度を変えられたらいいなと思います。私も14歳や15歳のときの体験を通じて感じたことはいまでも鮮明に覚えています。そういう印象を、巣鴨の生徒たちの中にも残したい。

おおた

今年で2年目、昨年との違いは何でしょう。

オリー先生

理念は変わりません。ほかでは得られない経験をしてほしい。そのために個性的な講師陣を迎えました。プロの歌手もいれば、水泳のイギリス代表もいます。彼らのパーソナリティや経験からこそ、学んでほしいのです。今年はさらに改善されています。どんな環境でどんな時間の使い方ができるのかが分かっていたので、事前に細かい準備ができました。生徒たちの名前を事前に覚えておき、バスを降りた瞬間から、彼らをファーストネームで呼ぶことができるようにしました。その分早く信頼関係を結ぶことができて、早く中身に入っていくことができました。

おおた

この1週間で伝えたい究極のメッセージは。

オリー先生

自分で自分の人生を前に進める力の“種”を授けたい。まっくらな部屋にいるとしましょう。周りを壁に囲まれています。あなたには2つの選択肢があります。1つ目は何もしないことです。そうすれば危険がおよぶことはない。
もう1つは、手を伸ばしてみることです。何かにぶつかって怪我をしてしまうかもしれない。でも自分の限界を知ることができる。つまり、暗闇において不安でも、何もしないより何かをしたほうがよいということです。
イギリスと日本の教育システムの大きな違いは、失敗への捉え方だと私は思っています。イギリスでは生徒が先生を相手にして正直に自分の意見をぶつけます。失敗は悪いことだとはされない。世の中を変えるには、失敗にめげない能力が最も大事です。

おおた

オリー先生のその考え方はどこからきたのでしょう。

オリー先生

もとをたどればイートン校かもしれません。イートン校での教えは、“Independent(独立、自主、自由、自尊)”でした。先生たちはただ環境を与えてくれるだけなんです。その中で自分で考える方法を学びました。オックスフォードでもケンブリッジでも、先生たちは答えを教えてはくれません。でも自分がやる気になればいつでもどんなことでも手にすることができる環境は与えられます。そこで常に自分を試される経験をする。その中で、私は日本にたびたび訪れ、そこで成功も失敗も経験し、この考え方をさらに補強していったのだと思います。

オリー先生

巣鴨からオックスフォードへ
きっかけはサマースクール

世界一流の“種”を得て、さっそく挑戦に打って出た巣鴨のOBがいる。金田隼人さんだ。

巣鴨の高校1年生だったときに「イートン校サマースクール」に参加した。イギリスの文化を学べたことはもちろん、講師陣の気遣い、情熱に衝撃を受け、人生観が変わった。その講師陣の中に、トリスタン先生もいた。
「彼らのようになりたい」。
帰国後、さっそく巣鴨の英語科・岡田先生に電話して、イギリスの学校で学ぶ方法を聞いた。

岡田先生の紹介で、イギリスのパブリック・スクールの受け入れ先を見つけることができた。最初は1年間の留学のつもりだった。しかしそこでの成績が評価され、もう1年残らないかと引き留められた。
「このまま頑張れば、君はオックスフォードやケンブリッジに入学できる」。
そう言われたのだ。

金田さんは悩んだ。両親も迷った。巣鴨にも戻りたい。しかしこのままイギリスに残れば、憧れの先生たちのようにオックスフォードやケンブリッジに行けるかもしれない。金田さんは挑戦することを選んだ。そして見事、オックスフォード大学への進学を決めた。2018年の秋から大学生としての生活が始まる。

大学生活を始めるに当たって、さまざまな準備をしなければいけない。しかしその前に恩返しがしたい。金田さんは「巣鴨サマースクール」へ、ボランティアスタッフとして参加することにした。新しい世界への入口を教えてくれた巣鴨への恩返し。そしてトリスタン先生とも再会した。

金田くん

少しでも後輩たちの役に立てればと思って参加しましたが、そうそうたる講師陣と間近に接することができて、自分にとっても学ぶことが多いです。

おおた

どのようなことを学びましたか。

金田くん

彼らは、非常に仲がいいのですが、それでも仕事に関しては、日ごろから非常に丁寧なコミュニケーションを心がけていることが印象的です。さまざまな場面で、曖昧なままにしないんです。

おおた

後輩たちへのメッセージを。

金田くん

この1週間でも、自分からどんどん先生に話しかけるなど、自分から動くことの大切さを学んだと思う。チャンスがあるなら全部使ってほしい。そういう気持ちを得て帰ってほしい。

金田くん

隣で聞いていたトリスタン先生は、目を細めて言う。

「今回の巣鴨サマースクール参加者の中からも、隼人のような生徒が出てきてくれたらとてもうれしい」

1440年から受け継がれるイートン校の“種”が遙か海を渡り、巣鴨に根付き、新しい花を咲かせた。そしてその“種”がまた新しい芽を伸ばそうとしている。そんな瞬間に立ち会うことができた。

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巣鴨サマースクール2018

文:おおたとしまさ
企画・編集:インターエデュ・ドットコム
提供・取材協力:巣鴨中学校・巣鴨高等学校