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【139103】学問の目的

投稿者: ふと疑問   (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 24日 16:57

中学受験のとき、子どもに「何で勉強するの?」と尋ねられました。

私達の小・中学校の頃は、先生も親も
「どの様な分野でも、世の中の役に立つ人になる為、社会に貢献できるようになる為、学問・教養を最大限生かした時結果、自分の能力を生かしたという自己実現になる」
というような趣旨をいつも話し、また今でもそれが正しいと思っています。
子どもにも、その様な内容で答えたように思います。

最近の掲示板を見ていると、たまに、
医師・弁護士・一部上場企業などを目指す=出来るだけ偏差値が高い大学を卒業する=お金+ステータスGET
のようなご意見も散見されます。

皆様はどうお考えになったり、お子さんに同じ質問をされた時、どうお答えになっていらっしゃいますか?

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  1. 【144800】 投稿者: 世間しらずな父親  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 02日 22:09

    たるさんお話聞けて嬉しいです。

    >小学生の頃に意味なくどんどんいろんな物を暗記する訓練を怠ると
    大人になって覚えられる容量そのものが小さくなってしまうのではないかなと
    思っています。

    子供が小学校の頃、しりとりで遊んでいました。
    いろいろに工夫して、例えばしりとりでお互いに答えた言葉をつなげてしりとりをおこなうこと
    「タイコ」「タイコ。コトリ」「タイコ。コトリ。リス」
    という具合にこれがどんどん続きます。最後に20個くらいで私の方がギップアップ
    忘れるのですね。これは知識の連鎖を身に付けるにはよい遊びだと思います。

    またしりとり言葉に制限を設けて行います。
    例えば、3文字しりとりとか海のものしりとりとか、これも頭の中で知識選択する
    訓練になります。
    ちょっとした遊びでも工夫次第で面白い知的な訓練を遊びながら自然に学ぶことになります。
    試してみては…お勧めです。

    私は苦手な学問が人生の成長に役立つのではないかと思えてきています。
    これは人間関係にも言えるのかなとも思うのです。
    自分にとって苦手な人の言葉の中に自分の気が付かない内容を学ぶことが多いのです。
    自分が未熟であることを思い知らされることも多いです。
    自分にとって謙虚さを学ばされることがあり、生涯苦手な学問を学ぶことが
    私の成長につながっているのかなと思わされます。

    たるさんの言われるように幸せなことなのかもしれませんね。

    皆様お子様に勉強を促すのに苦労されていらっしゃいますね。
    ちょっと気になるのですが。
    母親は子供にとって安らぎを与え、父親は子供にとって厳しさ、怖さを与えるのだと
    感じることがあります。
    母親には甘え、父親には認めてもらおうと見栄をはる。
    私の場合、父親である利点で子供に学問を教えるという役得に恵まれました。
    だから、勉強しなさいではなく、分からない所を持って来なさい
    お父さんが教えてあげるからという具合で。
    まあ、親子の会話を勉強を通じて始めたような気がします。
    できれば誉め、できなければ教え(これが父親を尊敬するきっかけとなります)
    親が子供に教えられる期間ってそう長くないのですから
    どんどん旦那を働かせましょう。家庭に帰ってからはなかなかやることがないのですから。
    それに、本当に子供を理解し(能力、性格など)受験時期、子供にプレッシャーを
    与える発言(○○高校くらいには入らなければ…とかどうして偏差値が低いんだとか)
    がなくなると思います。
    子供の将来を考えるのであれば、子供をまず理解することから始まります。
    子供の能力を知らずに、難関といわれる高校、大学に入らなければと言うだけでは
    心傷つきます。

    ナツメグさん

    >毎日のような娘とのバトル。頭から湯気を出し、ハラワタ煮えくり返り、
    罵声に、涙に、ため息に、・・・・まみれし日々。

    娘は母親に生き抜く精神的な強さを、父親に優しさを学ぶと思っています。
    それだけ強くたくましく成長しているのです。
    大切なことだと思います。(大変だと思います、頑張ってください)

  2. 【144967】 投稿者: たる  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 03日 01:43

    今日は子供が塾が遅くなり、駅まで迎えに行き帰ってからばたばたしてたら
    こんな時間になってしまいました。

    世間知らずな父親様、しりとり遊び私一人きりではありますが
    やってみました。なかなか面白かったです。どこまで覚えていられるか
    なんか挑戦してみたくなるゲームみたいですね。
    今日は23個まで言えました。さて明日は何個言えるでしょうか?
    楽しみです。
    本当は子供とできたらもっと良かったのでしょうが、低学年のお子様、
    あるいは受験を考えておらず時間の余裕がある高学年のお子様を
    お持ちのお父様お母様是非お勧めです。

    それから、私も世間知らずの父親様同様、苦手なものから
    やはり大人になって学ぶことが本当に多かった気がします。
    私はやる時は一つのことに没頭するタイプで、周りが見えなくなるタイプです。
    他のことが頭から抜けていってしまうのです。
    一つのことに熱中するあまり他のことが見えなくなり
    結局普通に人が普通にこなすことがこなせないということが多々ありました。
    学生の頃はそれでも許されることも多かったのですが、社会にでれば
    そうはいきませんでした。
    取捨選択の必要性は日々せまってきていました。
    そんな選択、効率の良さも学生の頃の試験や受験で
    知らず知らず身についていることも後々気がついた次第です。
    人生に無駄は無い今はそう確信しています。
    無駄にしてしまうか、糧にできるかは、本人次第なのかも。

  3. 【144976】 投稿者: あー、暇があれば  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 03日 02:03

    大ベストセラー「学問のすすめ」もお読みあれ。
    現代語訳もあったような気もする。

    悪くないよ。

  4. 【145033】 投稿者: たる  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 03日 08:48

    誤字訂正します。

    普通に人が普通にこなす→普通の人が普通にこなす

  5. 【145194】 投稿者: 家では  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 03日 13:23

    随分前に書き込みをさせていただきましたが、熱心な皆様のご意見に圧倒されて読むだけで
    今日まで過ごしておりました。

    世間知らずな父親様
    お嬢様に対する取り組み素晴らしいですね。家は3人育てており、それなりに一生懸命に育ててきた自負はありますが、とても足元にも及ばないと思います。

    ただ一つ質問があるのですが、受験と言うものが本来の学問と離れているとお考えのような
    ご意見でしたが、私は勉強に無駄なことは一つもないと思っております。
    義務教育でいやな勉強もしなくてはならないと考えて過ごすのは子供にとっても辛いことだと思うのです。

    何事も基礎は大事ですし、家では中学位のときは学校で習ったことをなるべく会話の中に入れたり生活に結びつくようなヒントを与えて興味が持てるように工夫しました。
    そのうちに自分の興味のある分野を見つけ、それぞれ目標をもって頑張るようになりましたが、深く学ぶにつれて専門外の意外な知識が役に立ったりもしております。

    学校の勉強即テストの点数のようにこだわらなくてもよいような気がしているのですけれど。

  6. 【145371】 投稿者: 私も気になっていました  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 03日 18:57

    > 世間知らずな父親様
    > ただ一つ質問があるのですが、受験と言うものが本来の学問と離れているとお考えのような
    > ご意見でしたが、私は勉強に無駄なことは一つもないと思っております。
    > 義務教育でいやな勉強もしなくてはならないと考えて過ごすのは子供にとっても辛いことだと思うのです。
    > 学校の勉強即テストの点数のようにこだわらなくてもよいような気がしているのですけれど。

    私もいつも父親様のご意見を拝聴していますが、同様な違和感を感じていました
    学問のねっこは全部一緒だと思います
    受験勉強でも知識はつきますし、知識が増えれば学問は深まります
    頭がやわらかい時期の詰め込みはむしろ後々の役に立つと思います
    別々に考えていらっしゃるのがどうにも理解できません

    いつぞや「勝負は大学受験」とおっしゃっていたことも合わせて考えると。
    結局のところ大学に照準をあわせていらっしゃるので
    高校受験の勉強がムダに感じられたり内申点の評価が低いことにも納得できなくて
    中高一貫校に行かせたかったという後悔から抜けられないだけではないのでしょうか
    それにもう1つついでに言わせていただければ、高校受験は本人のものです
    いつまでも中学受験のときのように干渉されないほうがよろしいような気がします



  7. 【145464】 投稿者: 世間しらずな父親  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 03日 21:16

    家ではさん、私も気になっていましたさん

    違和感ですね。私も感じていました。
    受験勉強と自由な学問は根っこでは同じと言うことでしたね。
    知識が増えれば当然学問も深くなってきますね。

    以前このレスに学問を学ぶ側の心の問題と言うことを書き込んだような気がします。
    公立と私立の授業の大きな違いは3年間で学ぶことと、6年間で学ぶことを
    どうカリキュラムを組むかということのように思っています。

    数学体系という考え方は中高一環では当たり前のようになっていますね。
    しかし、公立では違います。
    公立の数学は体系を無視し、ぶつ切り状態で進んでいきます。
    関数を例にあげれば、一次関数、二次関数と順序良く学んでいけば理解しやすいですね
    しかし、公立では一次関数のあとは別の単元を学びます。例えば整数とか…
    同じように、理科、社会でも物理、化学、地学などを一まとめにして理科と称して
    ぶつ切りに学びます。
    古典にしても、中学と高校と分けた範囲を学ぶことになります。
    自由な学問はある程度その範囲(中学生が高校の範囲を学ぶこと)を広げたところから
    始まるような気がするのです。
    中学で学ぶ化学も、高校で学ぶ化学をある程度学べば理解できるのではないかと思われます。

    娘の通っている中学で英語の試験のとき、不定詞は習っていないので使わないようにとか
    この単語は習っていないので使わないようにとか、一つの枠にはめて試験をしていました。
    これは平等性を保つためには仕方のない行為だと思うのです。
    (授業で習った範囲でその理解度をチェックする為の試験ですから)

    このように画一的な範囲の中で、制限された形で学ぶことに疑問を感じていました。
    公立の中学で求められる学生像があるようにも思われます。
    そして、その基準で内申の点数が決められます。
    試験の点数で内申が決められるわけではないのです。

    高校受験は必要だと思っています。それは中学3年間で学んだことをしっかりと
    基礎を定着させる意味においては大切なことです。
    その基礎定着を主眼と置くのが公立高校の入試だと思います。
    この為、偏差値の低い公立高校では、基礎の定着率が低い生徒の為に
    中学の範囲を復習しながら高校で学ぶ内容を教えなければならなくなり。
    高校の内容を学び終わるのが高3の3学期(一部終わらない単元もあることも…)
    これでは大学受験の勉強をする時間もありません。
    また、塾の講師の話しによると(以前通っていた塾ですが)大学受験は
    進学塾で行ってくださいと言われることもあるそうです。
    この為、トップ公立高校以外では難関大学の進学率はかなり低く、浪人を余儀なくされる
    お子様もいらっしゃいます。

    内申点の低いお子様はたとえ、主要5教科が高くても(他4教科が低い場合)
    トップ高校に試験さえも受けられない状態になり
    中学の復習をしながら、学校のカリキュラムに合わせ勉強をすることになります。

    私立高校入試についてなのですが、基本的にその高校に入学するための勉強をすることですね
    その為、必要な学問と共に受験テクニックも身に付けます。
    確かに、時間内に答えを出すという能力はたるさんの言われていた通り
    社会に出てからは必要となるものです。
    ある人が高校受験についてこう言っていました。
    多くの鍵穴に多くの鍵を持ち、時間内にその鍵穴に合った鍵を見つけ出すようなものだと。
    試験範囲は中学3年間という膨大な量を高い難易度の問題を時間内に解くという行為
    をこう表現されたものでした。

    これはちょっと自由な学問とは違うのではないかなと疑問を持ったのがきっかけなのです。
    中学受験もまた、このような傾向があったことは皆様もおわかりだと思います。
    受身の勉強ということが丁度このように感じられるのです。

    娘が中学受験を終え、公立の中学に入ったとき、この受身の勉強を、自分で学ぶ勉強に
    切り替えるとき、教わって理解する(暗記する)ことを何故、どうしてという
    疑問を持ちながら自分から進んで学んでいった姿を思い出します。
    自分で考えて理解する。独学の大切さを感じます。
    たるさんやふと疑問さんが言われた遠回りの勉強と称されたことがある意味
    無駄ではない、自分らしい勉強の仕方なのだと思います。
    効率の悪さ、時間がかかり他のことを犠牲にすることは
    仕方のないことなのだと思われます(これも賛否両論あると感じます)

    中高一環に通っていれば、娘はこれほど自分なりの勉強の仕方を身に付けたかといえば
    どうでしょうか??  何々したら、すればという たられば では分からないことです。
    今、最もベストと思われることを頑張るという姿勢でこれたことと思います。

    また、娘には中学1年からこう言っています。
    「勉強とは親の力なしに、自分の力で大人に成長する大切なこと、自分で自分の夢を
     かなえることができるもの、そしてこれは、どんなに親が頑張っても
     子供に与えてあげられないもの、援助はできるけど、主役はあなたです」

    私は援助はしています。それは親として唯一伝えられることと思っているからです。
    お金や物を残すことより、子供に残せる大事なことを今していると思っています。

    私は、娘に勉強しなさいとは言いません。
    「あなたが頑張って夢をかなえるために、お父さんは最大限の援助をします。
     もし、あなたの夢が別のものになっても、それに必要と思われることについて
     援助をします。だから、はっきりと伝えてください、必要なければないと伝えてください」

    主役は娘です。そして娘は自分の夢をかなえる為に頑張っています。
    大学受験を視野に入れているのは、大学でなければ専門の勉強をすること
    その職業に就く事ができないと思っているからです。

    そして、今の頑張りが専門を学ぶ為に役だって欲しいと願っています。

    私は子供が成長して巣立ってくれればそれだけで十分なのです。
    本心、高校を卒業し社会人になることも、専門学校に行くことも
    娘の夢がそこにあればそれだけでよいと思っています。

    長々とレスしました、まだ十分に答えになっていないと思いますが
    次のレスでまた書き込めたらと思います。

  8. 【145524】 投稿者: ドラエモン  (IP Logged) 投稿日時:2005年 08月 03日 22:35

    皆様のレスを興味深く読んでおりました。
    世間知らずの父親様のお考え、はじめにもたれた疑問について、今度のレスを読み改めてよくわかった気がします。

    公立中学から高校受験した息子を持っているので、
    今の公立中学に存在する理不尽さを私も経験しました。
    でもだからこそ希望の高校に入ったとき、そして現在も本人の喜びは大きいものです。

    受験勉強というのは、単純に考えれば、
    本来の自分の望む場所に行くための勉強なんでしょうね。

    思うのですが、学問の目的を考えるとき、
    「学校」というものに対する考えも大きく関係するのではないでしょうか。

    学校は、学問をする場であるのは当然なのですが、
    それだけではないと思います。
    とくに私にとっては、成長する子どもが身をおく大切な環境としての場という意味合いが大きいのです。
    こんなこと、皆さん当然だとお思いだと思うのですが、どちらかというと、中高一貫受験校の位置づけは、希望の大学受験のための通り道のように考える傾向があるように思います。

    私にとっては、そこで学ぶ学問がどういうものかとは別に、何をその学校で学べるのか、得ることができるのかということが最大の関心事なのです。

    「学問」は「学校」で勉強するとはかぎらないのと同時に、学校に行かなくてもすばらしい人生を送れる可能性はあるかもしれません。
    でもやりたいことをするために、できる力を身につけるために学校に行くというとき、その学校で得られるものが何かは大きな意味を持ちます。
    結局それが大きな意味での「学問」になる(遊びも無駄な時間も含んだ・・)ということなのでしょうか?
    その意味で、自分で考える時間が取れないほどの、ハードな受験勉強に偏ったような学校があったとすれば、そこはそういう場ではないように思うのです。
    でも学校がのんびりしていると(いえ、そうでなくても)塾に行って時間を削ります。
    結局「受験体制」にあるうちは時間的にどうしても本来の学問をすることが難しいということはないのでしょうか。
    もちろん、その過程で学ぶこともあるのでしょうが、
    受験勉強が小学生から大学受験までずっと続いていくその時間が本当に効率的なのか、あるいは遠回りなのか、なんだか分からなくなってきました。


申し訳ありませんが、このフォーラムへの書き込み権限が無いようです。

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