哲学者が贈る「考え抜く力」を養うための8つのレッスン

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今回ご紹介する書籍は『哲学の世界へようこそ。 答えのない時代を生きるための思考法』(岡本裕一朗著 ポプラ社)。身近な8つのテーマを選び、それぞれで思考実験をすることで、「考えることは楽しいことだ」ということを若者に伝える目的で刊行されました。哲学の本というと「難しそう」と思ってしまうかもしれませんが、表現は平易で読みやすく、さまざまなテーマを著者と一緒に考えることで、知らず知らずのうちに哲学のエッセンスである「考えるとはどういうことか」がわかってくるでしょう。

困難に直面したとき頼りになるのは「考え抜く力」だけ

本

この本を執筆したのは、長年にわたって哲学を研究し、大学などでも哲学を教えてきた岡本裕一朗さんです。専門は西洋の近現代思想ですが、現代社会のさまざまなテーマに関心を持ち、領域横断的な研究をしています。専門書から哲学の入門書まで著書も数多くあり、2016年に発表した『いま世界の哲学者が考えていること』は、ベストセラーとなりました。

今回、取り上げる『哲学の世界へようこそ。 答えのない時代を生きるための思考法』は、入門書の中の入門書と言ってもいい本でしょう。緻密な思考を要求されますが、「思考実験」という具体的なテーマを元に考えていくので、気軽に読み進められます。ふだん、あまりしない思考法を頭の中で試せるので、脳のコリをほぐすような快感を味わえるほどです。著者の専門である現代思想の概念も適宜紹介されていますが、「小難しい説明は省いた」というだけに、いたって読みやすい内容です。

本書はふたつの大きなパートで構成されており、第1部「生きるとは、考えること——哲学者以前の君へ」で本書を執筆した趣旨と、「考え抜く力」とは何なのかが説明されます。著者は、第1部の冒頭で次のように書いています。

「この本は、ある物事や事象に対し、まず『直感』をもとに立場を決め、それを正当化しうる『理屈』を組み立てる方法を伝えるために書かれたものだ。いわば『考え抜く力』を養うためのレッスン」

そう、この本はただ「考える」ではなく、「考え抜く力」が大きなポイントなのです。人間、生きていればしばしば困難な状況に陥ったり、理不尽な目にあったりします。そんなとき、ただ漫然と考えていても、通り一遍の常識で判断し、現状を甘んじて受け入れるだけになってしまうかもしれません。困難に直面したとき、それに立ち向かい、自分なりの答えを出す。そのときに強い味方になってくれるのが「考え抜く力」。哲学のエッセンスでもある「思考法」を養おうというのが、本書の狙いです。

「考え抜く力」を養うための4つのステップとは

「考え抜く力」を養うとは、どういうことなのでしょうか。「いや、いつだって考えているよ。友達との付き合いでもテストに望むときも、考えている」と思うかもしれません。しかし、往々にして、人は自分勝手な思い込みや世間の常識にとらわれて、考えている気になっていることが多い。実際に、そういう人に出会い、通り一遍の常識を押しつけられて、うんざりした経験をしたことも多いのではないでしょうか。

スポーツや習い事でも、いきなり上手になることはありません。最初は基礎の型にはめて練習をしますし、上達してからも常に基礎トレーニングは欠かせないものです。「考えること」も一緒。誰でも漫然と「考える」ことはできるでしょうが、考えて考えて、考え抜くには、やはり思考の型を身につけなければならないのです。

著者は、「考え抜くためには4つのステップがある」と言います。下記がそのステップです。

1 直感をもとに立場を決める→「君がその立場を選んだ根拠は?」
2 根拠に説得力を持たせる→「その根拠はどれだけ妥当か?」
3 別の観点から問い直す→「より納得のいく根拠はないか?」
4 使える結論を導き出す→「感情ではなく理性にもとづいた結論か?」

世の中のさまざまな決まり事に対して感じる「なぜ?」「どうして?」という素朴な疑問や直感から、「考え抜く」ことは始まります。次に直感を正当化するための根拠を見出し、第3ステップではその根拠を別の観点から問い直す。そして、最後に説得力をもって人に説明できる結論を導き出す、というプロセスです。

これは論文の執筆法とよく似ています。試験の小論文ではテーマをあらかじめ決められることが多いですが、この思考法は、あらゆることがらについて応用が可能。自らの直感、モヤモヤした感情を大切に、かつそれを元に課題を設定し、自分の考えに説得力を持たせていくのです。

著者は「これは、君の直感を理論武装するための思考法でもある」とも書いています。実は、古代ギリシャの哲学者から、現代の哲学者に至るまで、すべての哲学者もこのステップで思考しています。いや、哲学者だけではありません。理系、文系を問わず、学問の世界では当たり前に行われている思考法でしょう。

漫然とただ考えているだけでは、説得力を持った自分なりの答えを見出すための「考え抜く力」は身につきません。第2部では、著者が設定した8つの思考実験を通じ、著者と一緒に考え抜くことで、「思考の型」が次第に身につくような仕組みになっています。

考えることは楽しい 一生使える武器となる

鉛筆

「思考実験」とは、文字通り頭の中で、ある事象について、自分の直感だけではなく、あらゆる方向から考えてみることです。現実の世界で実行したらひんしゅくを買って、ときには犯罪になってしまうことでも、思考実験であれば試せます。哲学は自然科学と違って実験ができないので「これが非常に有効な武器になってきた」そうです。

「考え抜く力」に必要な4つの思考ステップを身につけるために、著者が選んだテーマは次の8つ。

・レッスン1 「コピペ」を考える——パクリはいけないことなのか?
・レッスン2 「個性」を考える——ほんとうの自分は存在するか?
・レッスン3 「サイコパス」を考える——共感できるのはいいことか?
・レッスン4 「同性愛」を考える——なぜ認められないのか?
・レッスン5 「友だち」を考える——どこからが敵なのか?
・レッスン6 「AI」を考える——バーチャルな恋愛は成立するか?
・レッスン7 「転売」を考える——どこまで売り物にできるのか?
・レッスン8 「仕事」を考える——働かない生活はありか?

幅広いテーマに関心を持ち、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究にも積極的に取り組んでいる著者らしいセレクトです。私たちにとって身近となり、現代を象徴するテーマと言えるでしょう。

具体的な思考実験の内容を書くとネタバレになってしまうので、ここはぜひ本書を読んでいただきたいと思います。それぞれのテーマについて、4つのステップを忠実にたどり、著者の結論が導き出されます。

一つひとつのステップでは、過去の賢人たちの意見や、それらをもとに著者が導き出した検証結果が示されていますが、読み手が反論したくなる余地も残されています。まるで「私はこう考えるが君はどう考える?」と問いかけられているような構成です。つい、「著者とは違うが、こう考えたらどうだろう?」と考えてみたくなってしまいます。

第2部の前、第1部の最後で「各テーマはそれぞれ独立しているから、どこから読んでいただいてもかまわない」と書かれており、それはその通りなのですが、テーマをバラバラに読んだあと、最初から読み直してみたところ、第2章は最初から順番に読んだほうがわかりやすいということに気づきました。そのあたりの理由については「あとがき」で著者が説明しているので、ぜひ読んでみてください。

本文の中で現代思想の概念が適宜解説されているだけではなく、各テーマの最後に、そのテーマに関連する研究を行った思想家の説を解説したコラムがあります。

・コラム1 「シミュラークル」の不思議
・コラム2 ダイジェスト版「フランス現代思想史」
・コラム3 私たちの中に潜む「凡庸な悪」
・コラム4 「性」をめぐる闘い——「フェミニズム」の歴
・コラム5  カール・シュミットの危険な哲学
・コラム6  君に「自由意思」はあるか?
・コラム7 「資本主義」の大きな宿題
・コラム8 「ベーシック・インカム」の思想

哲学や思想にあまり縁のない人にとっては初めて見る用語があると思いますが、抽象的な概念をこねくりまわすことなく、平易な解説に終始しています。なんとなく目を通すだけでも、現代思想の一端に触れることができるでしょう。

人生に正解はありません。しかし、受験、就職、結婚といった大きな節目に限らず、さまざまな局面で、私たちは答えを出して進まなければならない瞬間があります。そのとき、「考え抜く力」は、よりよい選択をするための武器になる。これが著者の確信です。

著者は「あとがき」の最後にこう書いています。

「考えることは難しいが、考えることは君を自由にしてくれる。私はそう信じて疑わない」

著者は、「世の常識」をある程度身につけた高校生や大学生を想定して執筆しましたが、中学生でも興味深く読めるかもしれません。世の常識にとらわれているのではないか、現状に流されているのではないかと感じている人にも、ふさわしい内容でしょう。哲学の世界に足を踏み入れ、思考を柔軟にしてみませんか?

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哲学の世界へようこそ。 答えのない時代を生きるための思考法
岡本裕一朗著、ポプラ社、1500円+税

人生は理不尽の連続だ。だからこそ、君に一生使える「思考の武器」を贈ろう。
本のオビに、とても刺激的な著者の言葉をまとった哲学書です。といっても、よくある哲学書のように、抽象的な概念をこねくりまわす部分は、まったくありません。哲学の先生が伝える、現代を理解し、よりよく生きるための8つの実践的レッスン。コピペ、個性、サイコパス、同性愛など、身近で具体的なテーマを設定して思考実験を行うことで、「考え抜く力」、すなわち「哲学する力」を鍛えていきます。読めば、「生きることとは考えること」「考えることは楽しい」と思えてくるでしょう。

岡本 裕一朗(おかもと・ゆういちろう) さん
1954年福岡県生まれ。玉川大学文学部名誉教授。九州大学大学院文学研究科哲学・倫理学専攻修了。博士(文学)。九州大学助手、玉川大学文学部教授を経て、2019年より現職。
西洋の近現代思想を専門とするが興味関心は幅広く、哲学とテクノロジーの領域横断的な研究をしている。著書『いま世界の哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)は、21世紀に至る現代の哲学者の思考をまとめあげ、ベストセラーとなった。他に『フランス現代思想史』(中公新書)『12歳からの現代思想』(ちくま新書)『モノサピエンス』(光文社新書)『ヘーゲルと現代思想の臨界』(ナカニシヤ出版)など著書多数。


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