中学受験で子どもを追いつめないためには

inter-edu’s eye
親が子どもに言葉の暴力をふるい、心の傷を負ってしまう心理的虐待は、外からは分からないためとても深刻です。その中でも行き過ぎた教育やしつけである「教育虐待」は、表面上、子どものためを思う親の姿があるため、より見えにくくなってしまいます。そんな一面を持った「教育虐待」の心理を知ることで、熱くなりがちな「中学受験」を冷静に見つめ直すことができるのではないかと考え、今回おおたとしまささんの著書「追いつめる親 『あなたのため』は呪いの言葉」を取り上げました。

今回取り上げた著書:「追いつめる親 『あなたのため』は呪いの言葉」(毎日新聞出版)

追いつめる親 『あなたのため』は呪いの言葉

成績のことでつい叱りすぎてしまったり、勉強を教えてもなかなか理解できない子どもをつい叩いてしまったり…という経験なら、多くの親にもあるはずだ。もしくは自分がそうされて育ったという大人も多いだろう。教育虐待を受けると子どもにどんな影響が出るのか。教育虐待を受けて育った大人はどんな人生を歩むことになるのか。本書では「あなたのため」という言葉を武器に過干渉を続ける親に育てられ、「生きづらさ」を感じ、自分らしく生きられない子ども側の様々なケースを紹介。子どもが親からいかに解放されるべきか、追いつめてしまった親はこれからどのように子どもに接すれば良いか? お互いがどう自分を取り戻すのかを詳しく解説する。

親としての不安を子どもに投影していませんか?

教育ジャーナリスト: おおたとしまささん
受験や育児に悩む、お母さま方の気持ちに寄り添ったアドバイスが好評。

インターエデュ・ドットコム(以下、インターエデュ): 「教育虐待」に至らずとも、それに近しいことをしてしまう親の心理は、どこからきているのでしょうか?

おおたとしまささん(以下、おおたさん): 「教育虐待“まがい”」をする親のパターンの一つは、受験では負け知らずで、エリート街道を歩んできた、いわゆる「勝ち組」と言われる親です。

大概の人は、進学において挫折を味わい、道が閉ざされたと思ってしまうような経験をします。それでも、前向きに受け入れて、この道でよかったと思えるような、例えば大親友に出会えたなどの経験があります。思いがけず回り道をしたことによって、そこから得られる視野の広さや、人生を味わう深さというものに気づくのです。思い通りになることだけがいい人生じゃないんだ、どんなふうに転んだって、幸せになれるんだと、たくましい生き方を学んで知ることができるわけです。

ところが、「勝ち組」の一部の人たちは、自分の思い通りにならなかったら、どうなるのかを知らないので、自分が思い描いた人生でなくなると、人生が終わってしまうのではという恐怖を常に抱えています。よって、子どもに同じレールを歩ませることしか教えられず、レールから外れたら、子どもの人生が終わってしまうと思い込んでいます。その恐怖から解放されたいがために、子どもに強要し、「虐待まがい」なことをする。親としての不安を子どもに投影してしまっているのです。未熟な価値観・人生観の現れですよね。

インターエデュ: 親がそのような価値観から、抜け出せるきっかけはあるのでしょうか。

おおたさん: 子どもが親と違う人生を目指すと言ったときだと思います。そのときに、親が自分の中の恐怖と向き合えるかどうかですね。言いなりになってくれれば一安心かもしれない、でもそうではない道を子どもが選んだ時に平常心でいられるかどうか、それを応援してあげられるかどうかです。

生き方の多様性を認められず、幸せになる方法はいくらでもあることが分からないということは、視野が狭くて、他人に対するリスペクトが足りないのかなと思います。例えば大学受験。最低でも早慶!早慶に行けなかったらダメだと考える親は、それ以外の大学に通ったり、大学に進まなかった大多数の人生を否定することになります。どの人生もかけがえのない人生であること。親が教えなければならないのは、そういう人生観だと思います。

「勝ち組」になれないのは努力が足りないせい?

「勝ち組」になれないのは努力が足りないせい?

インターエデュ: 高収入を得るために学歴は絶対必要で、自分の子だけは「勝たせたい」という親は少なくないようです。勝ち抜いてこそ幸せが手に入るというような考え方は、いまだ根強いように感じます。

おおたさん: “努力をして勝ち組になった。だから富や名声を得ることができた”。逆に言うとそれが得られなかった人は、努力が足りなかったのだろうという価値観があります。それは、日本の教育システムがそういう価値観を生み出しているからです。みんな同じ能力を持って生まれてきているという前提があり、全国津々浦々で同じ教育を行っているという環境の中では、努力した程度によって学業の結果、学歴に差が出て、就職に差がつくのは当然であるという「自己責任論」の根本になっています。これは「勝ち組信仰」とも言えるかもしれません。

インターエデュ: 生きていれば、努力だけではどうにもならないこともあるなか、「自己責任論」からすると、失敗が許されないような、生きづらさを感じますね。

おおたさん: 日本では、何か失敗をして富や名声を失ってしまうことは自己責任で、誰も助けてくれないんだ、という恐怖心が広がっています。そうなるとチャレンジできないですし、イノベーションも起こりにくい。

そして教育はというと、優秀な人材を産業界に輩出するために制度設計されてきました。落ちこぼれが一定数出ても、全体の平均点を上げることを重視し、どこへいっても部品として使いやすい人材を育てるという教育システムなのです。本来、その時代はもう終わっているはずですが、いまだに、産業界の要請に応じる人材を育成することが教育だと勘違いしている風潮があります。

産業界からの要請に応えることが当然であるような認識があって、今経済界ではこういう人材を求めている、だから学校はそれに合わせるべきであると。産業界にフィットする人間を育てているうちは、何も変わらないでしょうね。「人材育成」と「教育」は違うのです。

親として未熟なことは決して悪いことではない

親として未熟なことは決して悪いことではない

インターエデュ: 社会的な背景も踏まえながら、自分の教育熱心さはどこからきているのか、特に中学受験では親の思いが強くなりがちなので、一度冷静になって考えてみるといいのかもしれませんね。そんな熱くなりがちな親の思いが、子どもの心の負担にならないためには、どんな心構えを持つのがよいのでしょうか。

おおたさん: 小学生の子どもにとって、親は絶対的な存在です。よって、子どもは親から罵倒されてしまうと、それを100%受け取ってしまいます。命を預けている人から、心無いことを言われてしまった、そのショックは計り知れません。大人が会社で上司から叱責されるのとは比べ物にならないほどの恐怖を感じているのです。大人は冷静になってその状況を想像しないといけないですね。そういう親のプレッシャーに抵抗できる強さを持っている小学生は少ないでしょう。子どもには中学受験中は逃げ場がないという怖さを、親は肝に銘じておかなければなりません。

中学受験というのは、残酷なまでに親の未熟さをあぶりだします。受験勉強をスタートさせた頃は、どの親でも、理不尽な怒り方をするでしょう。その未熟さに気づいて修正できれば、中学受験を通して親として成長できたということです。そこで得たスキルは、後の思春期の子育てにも活かされるはずです。

親として未熟なことは決して悪いことではありません。子どもが乳幼児のとき、おろおろして、いろいろな失敗を繰り返してきたように、親はみんな未熟なのです。親として初めての経験となる中学受験も同じです。未熟であることに気づいたら、まずは素直に子どもに謝ることですね。未熟さに気づいたからといって、急に100が0にはならないけれど、90にして80にしてという風に、自分をコントロールして、子どものためになる声かけと関わりができるように、中学受験を、親として成長していける機会にしてほしいと思います。

次回の記事は、「中学受験、親はどこまでやってあげたらいいの?」です。お楽しみに!

おおたとしまささん

おおたとしまささん
教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・麻布高等学校卒業、東京外国語大学英米語学科中退、上智大学英語学科卒業。株式会社リクルートから独立後、数々の育児誌・教育誌の編集にかかわる。教育や育児の現場を丹念に取材し、斬新な切り口で考察する筆致に定評がある。心理カウンセラーの資格、中高の教員免許を持ち、私立小学校での教員経験もある。著書は『名門校とは何か?』(朝日新書)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)、『追いつめる親』(毎日新聞出版)など50冊以上。

おおたとしまささん最新著書:「受験と進学の新常識 いま変わりつつある12の現実」(新潮新書)

受験と進学の新常識 いま変わりつつある12の現実

激変を続ける受験の世界。国公私立に海外進学、幾多の塾・予備校…親子の目の前に広がる選択肢は多様化の一方だ。いま勢いのある学校や塾は? 東大生の3人に1人が小学生でやっていたこととは? 受験に勝つ子の「3条件」とは? 東大医学部合格者の6割超が通った秘密結社のような塾がある…? 子どもの受験・進学を考えるようになったら真っ先に読むべき入門書、誰も教えてくれない“新常識”が明かされる。