世界から見た灘校型受験教育 という本を読みました。
著者は昭和20年代に灘中、灘校で学んだ人です。

かっての灘の実態として、

点取り虫万能、筆記試験の点数が生徒たちの値打ちのすべてというムード

中一の各学期末に、生徒たちに成績通知表を小学校の担任だった先生のもとに持っていって、先生の印をもらってこさせる
ある先生は試験の答案を返すとき、平均点より低い点数の生徒の頭をコンコンとたたく。平均点よりー10点なら2回、−20点なら4回。
その先生は「コン」をされて泣き出した級友に、追い討ちをかけるように「泣け!泣け!泣いてよい点を取ることを誓え!」と大声で怒鳴ったり、カメダという級友に「コン」をしながら、「もしもしカメよ。カメさんよ。どうしてそんなに悪いのか」とどなるなど・・・・・・

ある先生は「○○!皆の前ではっきり言っておくが、自分としてはお前に高校へ来てほしくない」と言明していた・・・・・

○○校長は、医学部関係を志望する灘高生たちに、「医学部を志望するからには、医療事故を起こしても、それを政治力でモミ消すぐらいの覚悟をしなければならない」と訓示して・・・

年2回の遠足のとき、グループの切符を駅の改札口で渡す役は、それぞれのグループでもっとも席次の上位の者が任じられる。

生徒たちの間でも、級友の評価は筆記試験の点数に基づく席次に依拠する傾向が実に強かった。

美術担当の○○は、宿題を忘れたりした生徒に「お前は低能か?」とたずねていた。

○○先生は、授業中に「こんな問題ができん奴はこれやで・・・・」と言って黒板にKASUと書いたり・・・・・・

暗記重要論が極端になって、生徒たちに考えさせたり、討論させたりする時間がゼロ・・・・

数学の若い先生が年配の美術の先生を見下して・・・・

その他成績の振るわない生徒を先生が罵倒する例、極端な暗記偏重、受験偏重の例などが多数出てきます。


勿論この内容が現代の灘にそのままあてはまることはないと思いますが、
成績上位者がこぞって医学部に合格されている実績を見ると???と思ってしまいます。
この本に書かれているようなことは、もう全く無いのでしょうか?あるいは結構残っているのでしょうか?

また
勿論現代において既に東大出身だから一生安泰などということは期待できなくなっていることは周知ですし、
大学入試で計れる能力(記憶力、一定の思考力、忍耐力など)のほかに、計れない能力(企画力、交渉力、表現力、統率力など)が大切なことは、企業社会で働く父兄なら誰しも痛感していることでしょう。
そのような変化に対応した教育も取り入れられているのではないかと思いますがどうなんでしょうか?

6月ごろと予想される試験要項の発表を待って、子供の志望校を最終的に決めなければなりません。
灘校の様子に詳しいみなさん、教えて下さい。よろしくお願いします。