筑駒に入学する君たちへ


昨年の入学生に贈ったように、お祝いの言葉を今年の君たちに贈りましょう。


合格おめでとう。


 誰もが合格の確信を持ちきれない難関入試を突破した喜びを今は噛みしめて良いでしょう。良く頑張りました。しかし、これは君たちのこれからの長い長い人生のほんのワンステップに過ぎないのです。願いが叶わず涙を流した人たちがたくさんいたこと、そのなかで自分はほんの少し運が良かっただけなんだということ、両親が陰になり日向になり助けてくれたことを忘れずに、6年後振り返って、筑駒に入学して良かったと思えるよう、充実した日々を過ごすように努力して下さい。
 思い上がることなく、謙虚に、そして日々努力することの大切さを忘れずに、人間として成長して下さい。中学入試を突破する力などというものは、人の能力のごくごく一部でしかないのですから。


 筑駒はひょっとしたら君たち(むしろ君たちの親御さん達かな?)が期待しているかも知れない「東大入試に直結した高度な受験向き授業」などは、全く提供してくれないでしょう(僕たちの頃からおそらくずっとそうです。でも先生方は魅力的な方が多かったですよ。念のため。)。
 筑駒は伝統的に自己責任が貫徹した学校なのです。自分で自分を鍛える。努力するもしないも自由。その結果は全て自分でしか責任のとりようがないのです。誰のものでもない、自分の人生なのですから。その意味で、面倒見の良くない学校、それゆえ厳しい学校とさえ言えるかも知れません。


 しかし、そこは他には見出すことが出来ない、かけがえのない特別な「場」となることは確かです。先生方は、授業を通じて「考える力」をつける材料、大学における学問に通じる材料を提供してくれます。そして何より資質に恵まれた友人たちがいつも回りに溢れています。これからの2200日、ある意味で特別な、様々な才能に溢れた友人たちと日々過ごす、その「場」で、君たちはそれぞれ自分というものを成長させていくことが出来るのです。(もちろん成長させない自由もあるのですよ。自分の責任です。)


 その先の大学、大学院、社会人へと続く長い人生において、この「場」が与えてくれた力が確かな自信に繋がります。筑駒の卒業生に大学で高く評価される者が多いのも、まさにこの「場」が鍛えてくれる力のお陰でしょう。入試で燃え尽きることなく、知的好奇心と向学心を持ち続け、そのまま大学・大学院で研究者・教授になったり、広く社会に貢献する立場となるOBが多いのも、そのお陰だと思います。
 多くの卒業生が様々な分野で活躍しています。そして君たちが後に続いてくれること、もっと先へと進んで行ってくれることを期待しています。


 卒業して二十数年もたつと、同期も様々な立場で社会で活躍しています。そして改めて見渡すと、高校時代の成績はほとんどビリのような感じだった奴が立派な大学教授になっていたり、一方で、全国模試でトップをとっていたような奴が不運にも浪人中だったりということもあります。試験の成績だけでは決まらない。人生は様々です。しかし、一つ確実に言えるのは「腐ったらそれで終わり」ということです。人は自分に負けていくのです。


 これまでとびきりの成績自慢だった連中ばかりが集まるわけですから、思わぬショックを受けることもあるでしょう。でも、絶対に「腐らない」こと。自分の志を高く持ち続けて、謙虚に日々の努力を忘れないこと。いわゆる学科の勉強は当然として、それ以外に自分を「人間として」成長させる努力を忘れないこと。良い本をたくさん読み、友達といろいろな議論をし、しっかり身体を使って「生活する」こと。


 まだまだ人生経験の浅い子供の君たちは、この手紙を読んでも今はなかなか実感として分からないでしょうが、そう言えば先輩がなんかそんなこと書いていたなあ、などと後からでもたまに思い出してくれれば嬉しいなあ。


本当に合格おめでとう。          OB


 以前投稿されたOBの方の贈る言葉です。
もうすぐ高3ですが、本当に共感します。
面倒見は全くよくありません。
 でも、数学オリンピックの予選を突破しても
学校の数学ではクラスで5番以内にも入れずに
自分の凡庸さを思い知る。
 そんな才能豊かな友人達に囲まれて過ごす6年間は間違いなく
いい意味でお互い刺激になるし謙虚にもなれる
かけがえのない場となると思います。