若い子たちは、タイパやコスパを徹底して計算する。要らないもの、興味のないものには¥1も使わない。それでいて、本物志向の子はフェイクに目もくれず、ハイブランドの限定品に一点豪華で課金したり、ロレックスに投資したりする。消費の線引きがとてもはっきりしている。無駄を削ぎ、選ぶところでは一点突破。
私は昔、時計に課金してきた人間だ。だが、アップルウォッチというガジェットは、富裕層の買い物スタイルすら変えたと思う。マウントに辟易とした層にとって、競争から一抜けするチートのように機能している。実際、超絶技巧の機械式時計をいまだに嵌める人も多いが、日常では圧倒的にApple Watchユーザーが多い。普段着のような存在になった。
かく言う私も、最後に買った時計はリシャール・ミルのRM055か、ヴァンクリーフ&アーペルのポン・デ・ザムルーくらいだと思う。
RMは表参道のISHIDAで買った。初めて訪れたときだったが、持ち物や雰囲気で判断されたのだろう、扱い始めたばかりだったリシャールをいきなり出してくれた。展示会などではない、普通の日だった。いま思えば、あの扱いの良さもRMを買う背中を押した一因だったと思う。
ムルーは名古屋ミッドランドのVCA。ケースはホワイトゴールド、ブルーのレザーバンド。20代だった私が買った当時で約1300万円。今もハッキリ覚えているけれど、私がかなりグラついているのを感じるや、女性の店員さん(もちろん今は名前も分かっています)が、かなり強引に押し込んで来て、その勢いに押されて買ってしまった。結果的にはそのゴリ押しの彼女に今は大感謝。
今、同じモデル、同じムーブで2200万円になっているのだ。ポンデザムルー。1.000万の価格上昇、わずが10年で。
正直、今の私にはそこまでの金額を時計に出すことは難しい。
ただ、いまエデュ(教育界隈)などで見られる「マウント」は、このクオリティとは違う。見せびらかすものが、物理的な価値よりも精神的な安全保障になっている気がする。
私自身、富裕層のカテゴリには入れてもらえると思う。ただ、いわゆる雲上人──比喩でなく「雲の上」──を見ると、もうこのマウント合戦の中で気を張ること自体に疲れていることに気づく。むしろ、どこで手を引くか、どこで降りるかを静かに考え始めている。
あの時の選択は無駄ではなかった。今でも、ムルーは静かに美しいし、RMの軽さと骨格の潔さは記憶に焼きついている。でも、今の私は、¥1も時計に使わずに日々を過ごしている。
価値観が変わったのか。それとも、ただ一周して戻ってきただけなのか。
あなたは今、何を身に着けていますか?
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