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【139103】学問の目的

投稿者: ふと疑問   (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 24日 16:57

中学受験のとき、子どもに「何で勉強するの?」と尋ねられました。

私達の小・中学校の頃は、先生も親も
「どの様な分野でも、世の中の役に立つ人になる為、社会に貢献できるようになる為、学問・教養を最大限生かした時結果、自分の能力を生かしたという自己実現になる」
というような趣旨をいつも話し、また今でもそれが正しいと思っています。
子どもにも、その様な内容で答えたように思います。

最近の掲示板を見ていると、たまに、
医師・弁護士・一部上場企業などを目指す=出来るだけ偏差値が高い大学を卒業する=お金+ステータスGET
のようなご意見も散見されます。

皆様はどうお考えになったり、お子さんに同じ質問をされた時、どうお答えになっていらっしゃいますか?

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  1. 【139117】 投稿者: ドラエモン  (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 24日 20:21

    中学受験のときに聞かれたならば、それは塾での勉強をさすのでしょうか。
    塾での勉強は、ずばり、入りたいと思っている学校に合格するために勉強していると答えます。
    中学受験は、入学試験を受けなくてはならず、その試験には、学校で習ったこと以外からも出るので、その分の勉強をしないといけないので、そのために塾でその勉強を教えてもらうのだ、と言います。

    学校での勉強が何のためなのかと訊かれればまた違う答えになると思います。

    得意じゃないものをなぜ勉強する必要があるのかと聞かれた場合も別な答えになります。

    中学でも高校でも、受験勉強というものは、合格するための勉強だと思います。
    受験勉強でない勉強・・・・これをさせてくれる学校が個人的にはすきです。
    そのとき初めて、「勉強とは何か」と自分に問い、自分で考えられるようになるのかもと思います。

    どの「勉強」をさすのかによって答えは変わりますね。


  2. 【139118】 投稿者: ドラエモン  (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 24日 20:53

    中学受験のときに聞かれたならば、それは塾での勉強をさすのでしょうか。
    塾での勉強は、ずばり、入りたいと思っている学校に合格するために勉強していると答えます。
    中学受験は、入学試験を受けなくてはならず、その試験には、学校で習ったこと以外からも出るので、その分の勉強をしないといけないので、そのために塾でその勉強を教えてもらうのだ、と言います。

    学校での勉強が何のためなのかと訊かれればまた違う答えになると思います。
    おそらく、人生を豊かにするために知っていたほうがいいことを習ったり、
    いろいろな方向から頭を耕すことによって自分で物事を自由に考えられるようにするため
    というと思います。
    得意じゃないものをなぜ勉強する必要があるのかと聞かれた場合も同様な答えになります。

    中学でも高校でも、受験勉強というものは、合格するための勉強だと思います。
    受験勉強でない勉強・・・・これをさせてくれる学校が個人的にはすきです。
    そのとき初めて、「勉強とは何か」と自分に問い、自分で考えられるようになるのかもと思います。

    どの「勉強」をさすのかによって答えは変わりますね。


  3. 【139123】 投稿者: ふと疑問  (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 24日 21:40

    ドラエモン様

    分かりにくい書き方で申し訳ありません。
    受験勉強そのものというより、中学に入ってまた勉強、それって何の為?という意味の子どもからの質問でした。
    今その子は中学生です。

    いろいろご家庭によっても考え方が違うかと思いますが、何故勉強するか、大きく分けて次の3つになるのではと思います。

    (1) 社会の為ひいては自分の為
    (2) 自分の為ひいては社会の為
    (3) 自分の為オンリー

    (1)と(2)は、同じように見えますが、(2)や(3)で、自分の為例えば○○大学に入ったとか医者になれた、ということで、目的を達成してしまったつもりになったり、自分の為親が良いと言ってくれたレールに疑問を持ち、俺(私)の為に良いなら、社会と強いつながりを持たず、ニートで良い(でもしかニートを除く)など、目的の持ち方で将来の方向が違ってくるように感じる事があります。

    下の子が中学生になって、そろそろ親が話した事をベース、あるいはそれを離れて自分で考える時期に来ていると思いますが、やはり何かにつけ、親の考え方が子どもの進路にも反映されてくると思います。

    他のスレにあった親の年齢や祖父母が戦前・戦後なども関係して来るかも、とも思いますが、皆様の考えをお聞きしたいと思いました。よろしくお願いします。

  4. 【139138】 投稿者: 世間しらずな父親  (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 25日 00:40

    ふと疑問さん

    中学生のお子さんであれば、勉強ということに疑問を持たれても当然だと思います。
    それより疑問を持つということがすばらしいことだと感じます。

    高校までは基礎教育と呼ばれ、大学からが専門の教育を行われますね。
    高校でも専門の高校があります。工業高校、商業高校などなど。

    大学までの過程としての勉強に絞って考えてみます。
    先ほど申しましたように、高校卒業までの間に基礎教育を学びます。
    これは、どの専門課程の勉強を行うにしてもその基礎的に知っておかなければならない知識を
    高校までに習得しておかなければならないということになります。

    例えば英語です。社会に出てから英語を使用して仕事を行う必要が将来広がると思います。
    この基礎的な英語力を養うのは高校までの基礎教育で学んだ英語なのです。
    いわば、コミュニュケーションの道具として必要なことなのです。
    好き、嫌いに関わらず必要とされます。
    また、もし、英語力が足りないのであれば、自分のやりたい仕事に就くことが難しくなることも
    想定されます。
    大学の学部によっては(医学部、英文科…また大学院など)英語での論文を読み、書きすることでしょう。

    難関高校と呼ばれる進学率の高い高校受験のレベル的な高さは、ひとえに中学で学ぶ
    基礎的な知識をどこまで実践的に使えるかということを問う内容が多いのも
    うなずけることとなります。
    その為、勉強を進めている過程で基礎、応用、発展とより実践的な能力を磨くこととなります。

    同じように、大学受験も高校で習う基礎的な知識をより実践的に使えるかを問う問題が
    多くなるように思われます。

    ただ、一般的によほど地頭の良いお子様でなければ自分の能力だけで学習することは難しく
    専門的な教育者に指導してもらう方が良いというのは誰しもが感じるところで
    この為に、中高一環教育の必要性も生じますし、有能な講師、教材が揃った塾の必要性も
    そこにあると思います。
    小学校のうちから受験対策を行い、中高一環の学校に進むことは理にかなった方法と思います。
    しかし、難しいのは、子供が意識して基礎教育の必要性を認めるかどうかを納得しない限り
    受身の勉強を強いられることになりかねないということです。
    受験の為という意識で勉強するのも知識を得ることでは同じなのですが
    自分から進んで学ぶという意識で勉強をしなければ、どこかで子供の心が破綻する恐れを感じます。
    一部のお子様が学校の方針に合わず、移られることもあるのが、子供と大人の意識の違いが
    自立し始めたお子さんの心の矛盾に耐え切れずこうした決断を下すことにつながると思います。

    その為、中高一環で学んでいるお子様の精神的なケアーをどうするのか、親として
    大変に感じます。

    こうした現状を踏まえなぜ勉強をするのかを考えなければなりません。

  5. 【139153】 投稿者: 私は  (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 25日 02:57


    同じことを子供に訊かれました。
    「おかあさんは、大人になってから、三角関数なんか役に立った?」とも…。
    私は「お母さんは音楽の道に進んだので、大人になってからは
    三角関数や物理なんかはあんまり役には立たなかったけれど、
    どんな道に進むにしても子供のうちは満遍なく頭を鍛えなくちゃいけないし、
    入試というのは、公平に学力でしか振り分けることが出来ないでしょう?」
    と、言いました。

  6. 【139157】 投稿者: 私はこー思う  (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 25日 03:31


    自分が大人になって「学問の目的」を考えた時、人生の奥行きを広げる為かな〜って思います。「学問」というと難しいのですが「お勉強」でもいいかな?

    小中高の学習は大人になってからの人生を彩るための基礎固めだと思います。難しいことは言えませんが、仕事でも恋愛でも子育てでも人生のありとあらゆることにおいて学問の無い人は傍からみていて本当に中身が薄っぺらいです。学問が無い、とは学歴とか偏差値のことではなくて「学問に重きを置いてこなかった人」のことです。なんというかなぁ〜、計算もできて世渡りもきちんとできるんだけど、魅力が無いっていうのかなぁ。自分の中に「詩」が無いというか。「センス」が無いんですよ。

    私が最近ものすごくウケたのは「ドラゴン桜」の中で長谷川京子扮する女性教師の友人が顔はいいけど一緒にいてつまらない男、東大は出てるけど顔はいまいちで理屈っぽい男、どちらと付き合うか悩むシーンです。友人は「イケメン男」が「スッゲー」しか言わないって嘆く箇所があるんですけどね、本当にその通りだと思うんです。学問が無い、あるいは本を読んでないから自分の中に驚きを表現する言葉が一つしかないんです。昔から不良(死語)は「ムカツク」とか「ウザイ」しか言わない、っていうか言えない。もし彼らに学問があれば何がどうゆふうに「ムカツク」のか表現できると思うのですが。表現できないから暴力に走ったりしてね。私が中学生の頃は校内暴力真っ盛りの時期でしたが、表現できずに暴力に走る少年少女がたくさんいました。

    あ〜そういえば数年前にテレビ番組でミュージシャン志望の女の子(高校生くらいかな?)が、音楽に数式や古文や歴史は必要ないから学校には行かない、音楽の専門学校に行くと発言していました。しかしその場にいた北野武(だったと思う)が世界の有名なアーティストはみんな大学を出ているよ、と言っていたのを記憶しています(うろ覚え)。私はお利口ではないので理論立ててきちんと説明することはできませんが芸術家にもサラリーマンにも専業主婦にも学問は必要だと思います。
    勿論、生き抜く為に学問を武器とすることも大いにアリだと思います。

    大学の法学部に入って総代に手が届きそうなくらい勉強はバッチリなのに本当に頭の悪くて話していてもつまらない子がいたのだけど彼女は家でも学校でも居場所がなくて勉強に走ったと言っていました。学問に重きを置いていた訳じゃなくて逃げ道にしていたのですね。他の友達のお母さんでもう80歳に手が届きそうな勢いなのだけど本が好きで「文学少女」といった感じのおばちゃんがいます。おばちゃんは昔の人だから学歴がある訳でもないし裕福な家の娘でもないし今でも狭い団地に住んでいるのだけど、ゆったりとしていて大らかで若々しくてとても魅力的だったりします。話していても80歳の年齢を感じさせないし。

    子供には何と言いましょうか。でも学問の意味なんてやっぱり大人になってからじゃないとわからない気がします。偏見かな?。だからせめて勉強が楽しいと思える方向に持って行くかな。

    なんかとりとめの無い話を長々とすみませんでした。

  7. 【139160】 投稿者: 幼い頃  (IP Logged) 投稿日時:2005年 07月 25日 04:29

    ふと疑問 さんへ

    小学生になった頃、親に同じ質問をした事があります。
    父の返事は「勉強しないでどうするの?橋の下で寝たいの?」の一言でした。

    勉強は面白いからする
    頭の体操
    社会に出たときの教養
    将来勉強する専門分野の基礎知識
    将来働く為の基礎知識
    勉強ができれば勉強ができる異性がいる環境に身を置ける

    等でだと思っていますが、
    私の勉強の原動力は悲しいかな一番最後が大きかった気がします。

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