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【764967】公立の先生って・・

投稿者: がっかり!だよ!   (ID:m1a1paB8JF6) 投稿日時:2007年 11月 15日 11:48

公立の先生について教えていただきたいと
思いまして、書かせていただきます。


下の子の学校ですが・・・
公立の2年生です。
私が疑問に思うのは、どうしていい加減なのでしょうか?
教育に対して、教師であるとともに、プライドを持って
子供に教育すると言うことが出来ないのでしょうか?


参観に行っても、え?それだけ?・・・
そんな授業だと、予習復習しないとダメ??と・・・
九九の授業のときのことです。
昨日は2の段、今日は5の段・・・
さて、5の段を言って見ましょう。・・・
それって、出来るのを前提で・・・いきなり?
え?どうして?5×1=5  5×2=10と
増えていくもの?の理論と言うか・・・概念を教えないのでしょう?
そこで、次に、では5×3になる、絵をノートに描いてみましょう。
????授業の終わりには、それでは先生のところにカードを持ってきて
出来た子から、シールを上げます。と・・・
焦りました。2の段を勉強したから?5の段になるともう概念・理論は
必要ないのでしょうか?
確かに、クラスの7割強が受験します。
ですから、お子様たちはちゃんと意識しています。
だから、家庭学習するからといって、そんな手抜きな授業は
ないのでは??・と・・・
多くを求めすぎでしょうか?
しかし、勉強は学校でして来るもので、家庭学習してこない子は
ついていけない授業をするなんて・・・あまい?


また、音楽会の楽器演奏も、自宅練習が足りないと、子供は怒られ
今、学校に泣きながら通っています。
音楽会の練習は自宅でしているのです。
マメに・・朝学校に行く前も、ピアノに向かい、帰ってからも
夕食後も・・しかし打てば響くと言うタイプの子供ではなく
学校で、皆のまえでいつも演奏しているものは、日々の積み重ねです。
コツコツ型のタイプで、人より時間はかかりますが、最後まであきらめずに
やり遂げるのです。なので、先取りと言うより、全てのことを
一生懸命、今こなす・・・と言った方がいいのかもしれません。
子供は昼休みも音楽室に練習に行っているといいます。
音楽の先生は、そのときに教えてくれないの?と聞くと。。
ウン。一人でやっていると。


私が言いたいのは、言うことは言うけど、フォローなし?
そのくせ、授業はいい加減?(語弊がありますが・・)
お友達とのことを言えば、あーー。まだ2年生ですから・・・
へえ!それは2年生で片付けちゃうんだ・・・
都合よすぎませんか?ご自分たちの・・・


公立の先生は、公務員だから、決められた指導過程がクリアできれば
それ以上はしないのよ。と、言われて事があります。
え?それはあまりにもでしょう?と
思うのは・・・私が学校に求めすぎなのでしょうか?

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  1. 【786959】 投稿者: なんだかんだ  (ID:hpP5yGU.y36) 投稿日時:2007年 12月 10日 10:54

    がんばっているんだけど・・・ さんへ:
    -------------------------------------------------------
    > 書き忘れたので追加です。
    > なんだかんだ様の考える教員評価は、児童の学力テストの成績で50点
    > ということですが、残り50点分は、教員の何について評価されますか?
    > その観点について「A」と評価する評価基準も具体的に教えてください。

    そこが難しい点です。
    学校をよくするには学力アップ度と学級経営力の双方を
    教師の給与体系に反映させるべきだとずーっと以前に書きました。
    (HN無意識に変えちゃってました)
    学力アップ度は割り切ってしまえば点数にすることはたやすいです。
    もちろんどのような方法で評価しても
    何処からも不満の出ない完全な方法はないだろうけど
    その不完全さを補うためにも
    学力を伸ばす力以外に先生を評価するものさしが必要です。
    学級経営力というのは小学校の先生の受け持ちが
    クラス単位なのでそう書いたのですが適切かどうか・・・
    成績以外に子ども達が学校で学ぶべきことを指導できているかどうか
    社会のルールや道徳を教えるお手本に自らなっているかどうか
    受け持ちのクラスの問題にきちんと対応しているかどうか等々
    担当クラスのいじめ発生件数や親のクレーム回数、
    遅刻・早退や勤務規定違反の回数、
    生徒に対する暴力、暴言の回数などといった
    数字で表されるものばかりでないからです。
    その先生に関るみんな(上司、親、子ども、同僚教師)からの考えを
    吸い上げなければいけないと思います。
    よい面も悪い面も含めてです。
    何か問題が起こる前にこういう意見を集める機会は有るでしょうか?
    現在普通の教師が可もなく不可もなく教壇に立っている状態で
    自分に寄せられるNGな部分に気付く機会はありますか?
    わたしは教師にA評価がつくこと自体ありえないと思っています。
    数字を要求される民間でないからこそたやすくA評価などつくはずがなく
    先生がたは常にAを目指して努力していただきたいのです。
    残りの50点を点数に表して評価することは
    どう基準を設けるんだと切り返されれば非常に難しい
    不可能かもしれません。
    でも少なくとも相互評価を取り入れなければ
    上司の評価ばかりに気を取られ、
    何が自分達に社会から期待されているのかさえ気付かないでしょう。


    スレヌシさんのお子さんのクラス
    7割の生徒が受験をするので教師は出来るのを前提に授業をされるとか・・・
    生徒の保護者は程度の低い授業に不満でしょうね。
    でもカリキュラムの到達目標に達していない3割の生徒がいるのなら
    そこに焦点を当てる授業をするか、別途指導をしてわからせるのが
    教師の良識ではないのでしょうか?
    不満を言う7割の保護者に義務教育の存在理由を理解させるのもまた
    学校の仕事だと思います。
    義務教育は受験のための学習の場ではないからです。
    受験組みの私も学校でそこまで見て欲しいとは思っていません。
    でも高校になっても分数の計算が出来ませんという話を聞くと
    先生は7割はよくできるので教えず
    3割は出来ないままに放置しているのかと思ってしまいます












  2. 【787409】 投稿者: いやはや!  (ID:jOnAqz/HXMY) 投稿日時:2007年 12月 10日 19:51

    がんばっているんだけど・・・ さんへ:
    -------------------------------------------------------
    >学校や学年の評点があれば、もっと向上心が出るのでは?
    つまり、地域性や児童の実態などを考慮して学校毎に
    > 基準点を設けるということでしょうか?
     
    ごめんなさい、向上心と言う言葉の選択が不適切でした。
    言いたかった事は、先生同士の協力関係を築くための施策があれば...
    という事です。
    困っている同僚を見て見ぬふりの人いますよね。世の中味方を作るのが上手い人
    だけではないですからね。
     
    > 全ての学校に同一の基準達成を課すことには、無理があるのではないかと思いました。
    > しかし考えてみると、これまでの話は学力の底上げが前提でしたが、
    > 基準点を設け、達成したら「A」でいいのかという新たな疑問も沸いてきました。
    > もともと基準に達している児童を更に伸ばす為の努力は、どうやって評価するのか?
    > どなたかが「均一な学力」ということを書かれていた記憶がありますが、
    > 保護者の皆さんが「均一な学力」を求めているならば、基準点に達した時点で
    > 「A」でしょう。しかし、実際そんなことを求めていませんよね。
    > 学力の高いお子さんは、今の学校の学習内容では物足りなく感じ、
    > もっと高度な内容をやって欲しいと思っているはずです。
     
    算数等は、積み重ねの勉強なので、一つつまずきがあると、それは雪達磨式に増えて
    高学年で落ちこぼれると言う筋があります。
    基準点とは「これだけは最低限身に付けて」と言うレベルで、先のレスでの損益分岐点
    の話です。
    民間企業の査定ではAにはなりえません。EまであってせいぜいD評価です。
    勿論、査定の項目は売上UP率がすべてではありませんが。
    4月に偏差値50のクラスを学年末に60まで上げてA評価がつくのでは?
    もちろん均一な学力を求めている保護者なんていません、今よりちょっと上を目指したい
    人が大半でしょう。だから、私立、国立なら塾なしなんて少ないのでは?
     

    > 指導力不足教員を排除するための教員評価については、
    > どんな評価も万全ではないでしょうが、有効だと思うことは
    > 何でもやってみる必要があるということは痛感しています。
    > これだけ公立学校の教育力低下・子供の学力低下が言われ続けている中、
    > いっそのこと、10年後に批判されることを覚悟の上で
    > 詰め込み教育といわれたあの時代に戻ってみるのもいいのではないか?
    > そんなことを考えてしまいました。
    >
    賛成ですね。


  3. 【788866】 投稿者: ゆとりか詰め込みか  (ID:UjF0zQcJMbI) 投稿日時:2007年 12月 12日 10:48

    教科書が分厚かったら解決?
    あの頃も学力の低い層はいたような気がします。
    100パーセントマスターしようとする層は
    教科書が分厚くても薄くても
    ほっておいても100パーセントを目指すと思う。
    詰め込み教育であれゆとり教育であれ
    何パーセントかは優秀で
    大半が平均レベルで
    残り何パーセントかは不熱心な層になるでしょ。
    常に平均を上げることばかり考えていたら
    受験組みのような出来る子が多ければ平均点が上がって
    問題解決ってことになりかねないけど
    常に存在する学力の低い層はどうするの?
    教科書が薄くなった今でも出来る子にあわせて授業をするなら
    詰め込み教育にしたらもっと放置される子が増えるのか?と心配です。


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