日大の学部訪問で広がる将来の選択肢
駅弁大学を仕分けしよう!
壮大な税金のムダ使いである低偏差値駅弁大学が何故仕分けの対象にならないのか。
この少子化の時代に、各都道府県に1つ以上の国立大学を置いておく必要はもはやありません。その地域がどうしても必要だというなら、県立や市立にして存続させれば良いだけの話です。
高学力者の受け入れ先としての国立は、旧帝大、一橋、東工大、神戸大と医大だけで十分のはず。ただ、北海道や東北、九州地方に国立大が一つだけというのは可哀想なので、小樽商科、室蘭工業、帯広畜産、岩手大、新潟大、金沢大、広島大、徳島大、熊本大、琉球大ぐらいは残しておいても良いでしょう。あとは廃止、または公立化か民間に売却しべきだと思います。
つまりさんへ
ごもっともです。私大にしろ国大にしろ、色んな人がいるわけです。
「私大は頭が悪い」なんて書いている人が頭が悪いんです。
学歴論争がテーマではないわけですからね。
ただ、「駅弁」という表現も同レベルに問題有りですね。
不快感を与えますから。
私大は頭が悪いなんて、どこにも書いていないでしょう。
昔は、成績が悪いけど勉強を続けたい金持ちが私大へ行っていたということが趣旨。
事実、戦前は私大のほとんどは、無試験でした。
たとえ試験があっても、地方国立の前身である旧制高校や旧制専門学校と、
難易度は比べ物にならないくらい低かった。
すなわち、国立は人材育成のための公的機関。
私立は、税金をかけるほど優秀でもない人物が、自費で教育を受けるための機関。
普通に読めば、読み取れると思いますが。
必殺仕分け人さん
>東大受験と金の話に拘り過ぎました。
これに関しては、ほとんどご存知ないようなのに、自分の「思い」や「こうあって欲しいという希望」だけを書かれています。
>データ上は年収400万の家庭からも合格者が出ていますが、収入を自在に調整できる自営業者であったり、収入を得る必要のない資産家であったり、祖父、祖母が大金持ちであったりしますので、所謂本当の意味での貧乏人ではありません。
「年収400万の家庭からも合格者が出ていますが、所謂本当の意味での貧乏人ではありません」の後半部はあなたの想像でしょ。
それを裏付けるものがありますか?
「年収400万の家庭からも合格者が出ていますが、所謂本当の意味での貧乏人でない可能性があります」と書いたほうがいいでしょう。
>圧倒的大多数が小学生の頃から莫大な金をかけて育てられた受験エリートであり、財力がなければ、その東大入学レースに参加することすらできません。
>しかし現実には、最も偏差値の高い東大が最も富裕層が多く、入学試験に普通の公立高校で学習する内容を大きく逸脱した難問奇問を課すことにより、事実上貧乏人を排除しています。
これを裏付けるものはありますか?
ちなみに東大の第57回(2007年)学生生活実態調査票では、34.5%が公立高校出身です。
「圧倒的大多数が小学生の頃から莫大な金をかけて育てられた受験エリートであり」なんてどうして言えるのですか?
この文章で「圧倒的大多数」や「莫大な金」という言葉には違和感があります。
能力があれば、至れり尽くせりの最近の参考書で、東大入学レースに参加することはできますし、合格も可能でしょう。
もちろん、参考書を買う財力がなければ参加できないかもしれません。
>鉄緑会、平岡塾、SEGなどに通っている筑駒や開成の生徒は、ギリギリで東大に合格する下2分の1の層だということですね。
>斬新なご意見でした。
これは優秀な層さんへのコメントですが、優秀な層さんはこのようなことは書かれていません。
優秀な層さんの書き込みでは、
>偏差値70以上の層は、喜んで通いません。
>東大受験にお金がかかる層というのは、そこまで満たない、ギリギリで東大に合格できるかどうかの層です。
>東大の試験を2回やれば、下半分の合格者は入れ替わるという、有名な言葉がありますが、実際そうでしょう。
>その下半分の層に入りたいがために、お金を大量につぎ込む訳です。
となっています。
「『ギリギリで東大に合格する下2分の1の層』以外は塾通いしていない」なんてどこに書いてありますか?
「優秀な層は別に塾通いしなくてもいい」というニュアンスでしょう。
ただし、私は優秀な層さんの書き込みに全面的に同意しているわけではありません。
ともかく、スレ主さんが東大にも東大受験にもかかわりのない人であることはわかりました。
>早くからAO入試を導入してきた慶應大学湘南藤澤キャンパスでは、選抜ノウハウの蓄積が進み、最近ではAO入学者はむしろ成績上位であることが多くなってきましたが、
SFCの一般入試での入学者は上位学部落ちあるいはそのレベル以下であり、少子化のため以前なら上位学部に引っかからずにSFCへ入学していた学生が上位学部へ逃げてしまい、一般入試での低レベルの入学者よりAO入学者のほうがマシなだけという可能性はありませんか?
法・経・理工でもAO入学者はむしろ成績上位であることが多くなってきているのですか?
>変化を極端に嫌う国立大学の講師連中に、同じことをやれと言っても無理でしょう。
>従って、しばらくは現在と同様、学力重視型の選抜方法を取らざるを得ないと思います。
すでにAO入試を導入していた一橋商や九大法などはAO入試を廃止しています。
http://univlog.jugem.jp/?eid=351
http://nyushi.yomiuri.co.jp/nyushi/news/20080214_02.htm
>「金かけて、東京まで試験受けに行って、あげくに落ちたんじゃたまらない」と東大受験を回避したような学生でも、地元で受けられるとなれば、「それじゃ一丁チャレンジしてみるか!」となるかも知れません。
ありえないでしょう。
地元での東大入試に合格すれば、当然東大へ進学するのでしょ。
進学すれば、最低4年間の東京での生活費が必要になります。
その生活費が出せるのに、入試のための交通費と宿泊費が理由で東大受験を断念する生徒が存在すると思いますか?
>最優秀の人材の進む道(=駅弁大学から地元就職)としては少々勿体無いような・・・
優秀な人材に駅弁大学から地元就職の道はありますが、最優秀の人材がこういう道を進むなんて想像ができません。
最優秀な人材は旧帝大(東大も含む)や同レベルの大学へ進みます。
たとえば、九州で九大へ余裕で合格できるのに地元駅弁を選択するのは、地元を離れられない家庭の事情がある場合で、こういうケースはほぼ0でしょう。
暇に任せて駄文を書いてしまいました。
>私大は頭が悪いなんて、どこにも書いていないでしょう。
>>大方、スレ主は、慶應か早稲田あたりの関係者だろうけどさ。
もともと、私立は、頭が悪くて国立に入れない金持ちが、自分で金出して、
勉強するところ。
上の文章は誰ぁ~れだ!!
おまけにスレ主を慶應あるいは早稲田関係者だと思うのもオカシイね。そんなこと関連づける書き込みなんてないと思うけどね。
>戦前は私大のほとんどは、無試験でした。
>たとえ試験があっても、地方国立の前身である旧制高校や旧制専門学校と、
>難易度は比べ物にならないくらい低かった。
旺文社教育情報センターの資料などのよると、旧制高校の定員と旧帝の定員はほぼ同数のため、東大・京大の一部学部を除けば、旧制高校生は無試験で旧帝に進学できたとか。無試験は旧制私大の専売特許ではないと言うことです。
また旧帝、医大は官吏や医師などを養成するのと研究が目的。法律や理財など実学で社会に貢献する人物を養成するのが中心の私大とはスタートと目的が異なります。
旧制高校は数も少なく旧帝進学が目的ですから、旧制私大とそもそも存立基盤が大きく異なります。単純に入試の難易度で比べることはできません。
>国立は人材育成のための公的機関。
>私立は、税金をかけるほど優秀でもない人物が、自費で教育を受けるための機関。
「頭が悪い」に「優秀でもない」まァここまで差別意識が強いと何をか言わんですかな。それほど立派な国立大学が今では、その多くが様々な分野の人材輩出で多くの私大の後塵を拝しているのはなぜなんでしょうね。
述べる内容は私の個人的な意見なのでその点ご了承下さい。
昨日はもっと活発な意見交換がなされると思い期待していたのですが、
結局、大学入試時の学力、偏差値をベースにした国立VS私立のくだらない
展開が見え隠れして、多くの方が投稿を控えたのではないでしょうか?
ある程度の年齢や社会的地位にのあるエデュの親はこういう国立、私立の
比較論争に関心がありません。
国立統廃合、私大助成金、国公立大学への交付金の問題について有識者の
考えが知りたいので、国立、私立論争は回避して頂きたく宜しくお願いします。
このスレッド自体は若い私立大のOBが立てたと思われますが、この方の
思惑とは反対方向に議論が進むかも知れませんが、内容が日本の将来に関わる
内容なだけに、多くの方の意見が聞きたいです。






























