【緊急連載Vol.3】英語をなぜ学ぶのか。日本の教育環境からの考察

inter-edu’s eye
「大学入試で英語の外部試験利用が延期決定」というニュースが流れたのが11月1日。
エデュナビ編集局では、翌11月2日に、大学受験に造詣の深い教育ジャーナリストの後藤健夫さんにお願いして、このニュースに関するお話を聞かせていただきました。
その模様を3回にわたってお伝えする緊急連載。2回目までで、これまでの英語の勉強は無駄にならないというメッセージと、「制服ではなくChromebookを」という日本の教育課題に対しての提言をいただきました。最終回となる今回は、そのことについて掘り下げるとともに、「学ぶ」ということの本質について迫ります。

「学ぶこと」の本質的な意味とは

インターエデュ(以下エデュ):英語の民間テスト利用には、制度設計上の問題があり、延期は起こるべくして起こったということ、英語教育は過渡期にあるということ、そして、格差を是正するための提言「制服ではなくChromebookを」をお話しいただきました。

ところで、なぜ、一人1台のタブレットではなく、ノートパソコンなのでしょうか? タブレットの方が、比較的配布のハードルは低そうですが……。

後藤健夫さん(以下後藤さん):タブレットはもちろんICTの導入期には有用ですが、できることに限界があるからです。限界は、早ければ小学校高学年、遅くとも高校生でやってきます。

ノートパソコン

「探究型の学習」の必要性が叫ばれていますね。そして、大学や社会で必要な学びの姿勢はまさにこれです。しかしながら、そういった自立的な学びをしていくには、情報を閲覧するだけでなく、データを作成したり、調査したりする必要が出てきます。情報の加工や分析などといった2次的な作業をするときに、キーボードがないと圧倒的に不便なのです。

まずは学校のインターネットの環境を全国津々浦々まで整備し、その上で一人1台のノートパソコンを持たせる。そのことでようやく、全員が格差を乗り越えて同じ土俵に立てるわけです。

英語の外部テスト導入も、これくらいICT環境を整えた後に本来はすべきだった。
多様な英文に触れるということも、パソコンさえ持っていれば、その気になればやる気のある生徒はどんどん勝手にやっていくでしょう。それからプログラミングも、使われている言語は英語ですよね。

エデュ:なるほど。リテラシー教育をしっかりとした上で、一人1台のノートパソコンを持たせれば、格差のかなりの部分が埋められる気がします。

後藤さん:そうなのです。

ところで、日本は、英語を学ぶことについては圧倒的に不利な環境だと私は感じています。というのも、日常的に英語を使わなくても不自由なく生きていける環境ですし、最先端の学問については、多くは日本語に翻訳済みのもので学ぶことができるからです。必要に迫られないので、英語が大切だといくらわかっていてもなかなかうまくいかない。

でも、こんな話があります。
昨年発行された『ホモ・デウス』という本があるのですが、京都大学学長の山極壽一さんが、本の帯の推薦文を書くために、下訳の段階で読んだそうで、面白いからと薦めてくれました。何かの機会でその話を、日本の英語教育の革命で名を挙げている白川寧々さんにしたところ、彼女は日本語、英語、中国語のトライリンガルなのですが、なんと、「中国語でもう次の最新作まで聴き終えた。内容、教えようか?」と言われてしまいました。中国語を使っている人口は多いですから、英語のものは、日本語は後回しになって中国語版が先に翻訳されるのですね。ことほど左様に、新しい「知」をキャッチアップしていくのには語学が重要なのです。

これから大学に行って学ぼうと考える者が、最新の「知」から明らかに遅れてしまうという状況を甘んじて受け入れるのか? ということですよね。

エデュ:まさに、「英語を学ぶ」から「英語で学ぶ」への意識の切り替えですね。

後藤さん:はい。「必要に迫られないから、語学はやらなくてもいいや」から、「『知』をキャッチアップするために語学は大切だ」というように、マインドセットを変えることが大切ですね。英語を学ぶことで、より豊かに生きられるのです。

英語の授業は英文に向き合うものだけではありません。「なぜ英語を学ぶべきなのか?」をグループでディスカッションする機会を設けるなどして、マインドセットを変えることが英語上達の近道かもしれません。

こう言うと、「そのうち翻訳機が高性能化するから大丈夫」と言う人も多いですね。でも、翻訳機は充電が切れたら使えません。英文をアプリで翻訳してみて、あまり上手くない訳だな、と思うときがありますよね。それを判断できる力、翻訳機の充電が切れてもサバイブできる力が必要なのです。

子ども

エデュ:「目の前の大学入試さえ乗り切ればいいや」とか、「そのために自分にとって一番有利な英語外部試験は?」とか、そんな目先のことに囚われないことが大切ですね。

後藤さん:もちろんです。大学入試のために勉強するのではないですよね。勉強はそもそも、入試のためではなく自分のためにすることです。

自分がどんな人生を送りたいのかを考えて、そのためにはこの学問を身につけることが必要だから、この学部・学科、この大学に入る。大学合格はゴールではありませんし、入った大学で人生が決まるわけでもない。大学受験は、将来の就職のためでも、ましてや保護者や本人の見栄や学校の実績づくりのためでもないのです。長い人生を考えたら、大学入試は通過点でしかないのです。

エデュ:貴重なお話を本当にありがとうございます。最後に、読者へのメッセージをお願いできますでしょうか?

後藤さん:来年には東京オリンピック、2025年には大阪万博と、メディアは明るいニュースにばかりスポットを当てます。ですが、本当に日本の未来は明るいのでしょうか? 増税、少子高齢化、人口減少……社会課題が山積ですね。これから日本に明るい未来が待っているとは、私には正直、とても考えにくいのです。

だけど、将来のある子どもたちには、そんな中でも強く、そして豊かに生きていってもらいたい。
生きていくための力を身につけるためのポイントが、お話しした3つの力(英語、ICTの活用やプログラミング、そして課題発見・解決)で、中でも大事なのが英語の力。これらの力を格差なく身につけられる環境として、一人1台のノートパソコン。

どんな未来がやってきたとしても、子どもたちには幸せに、豊かな人生を送ってもらいたいですよね。そんなふうに生きていくための力を身につけるのは子どもたち自身ですが、そのための環境を作ってあげるのは大人の責務なのだと思います。

ご多忙なスケジュールの合間を縫ってインタビューにご協力くださった後藤さん、本当にありがとうございます。そして、目先の大学受験ではなく長い人生に目を向けるべきという言葉に目を開かされました。

後藤健夫さん

後藤健夫(ごとう たけお)さん

大学卒業後、河合塾に就職。のちに大学コンサルタントとして独立し、有名大学のAO入試の開発、入試分析・設計、情報センター設立にかかわり、早稲田大学法科大学院設立に参画。元・東京工科大学広報課長・入試課長。『セオリー・オブ・ナレッジ―世界が認めた「知の理論」』(ピアソンジャパン)を企画・構成・編集。『大学ジャーナル』の編集委員も務める。