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【1186273】《特別編》青雲中学校非公式新入生ガイド

投稿者: 戦艦武蔵   (ID:nNOCrDOjh0Y) 投稿日時:2009年 02月 13日 19:01

《特別編》青雲中学校非公式新入生ガイド
 青雲中学校・高等学校卒業生による青雲中学校の新入生向けのガイドである。2009年2月制作。

目次
第1幕 青雲で学ぶべきこと
第2幕 血と汗と涙のコラム集



第1幕 青雲で学ぶべきこと

はじめに
 今度青雲中学校へ入学なさる皆さん、合格&ご入学おめでとう。みなさんの中には「自分は青雲が第1志望だったから入学できて嬉しい」と思っている人や、はたまた「俺は久留米附設やラサールに落ちたから仕方なく青雲に来たんだ。何がおめでとうだバカ野郎!」と思っている人まで様々な人がいることであろう(ちなみに私は弘学館は受かったけど久留米附設落ちたから青雲に入学した)。
 まあ、仕方なく青雲に来た人は過去にネチネチこだわるのはやめましょう。過去をいくら悔やんでも過去を変えることはできない。しかし、青雲で頑張れば未来はいくらでも良いものへと変えることができる(念のため言っておくけど、逆に言えば、青雲で頑張らなければ未来をつぶすこともできる)。医者になることも東京大学に行くこともできる。仕方なく青雲に来た人は、不合格通知が来た時の悔しさをかみしめて青雲で全力をつくそう。そして、久留米附設やラサールに合格していった同級生を6年後の大学入試で見返してやろうではないか!
 もちろん、青雲が第1志望で入学する人も青雲で全力をつくして大学も第1志望の大学に行こう!そして社会に貢献できる一流の人材になろうではないか。


青雲で何を身につけるか
 「何のために青雲に入学したの?」と聞かれたらみなさんのうちの大部分は「勉強するためです」と答えるであろう。もちろんそれで正解である。
 しかし、ただ勉強するだけではダメだ。もちろん、社会に出てから活躍するためには勉強できることも大事だ。
 しかし、勉強はできるけど他の人の迷惑を考えないリーダーに皆さんはついて行きたいと思いますか?大部分の人はついて行きたいとは思わないでしょう。
 または、仕事はできてお金は稼げるけれど、性格が悪いから家族に嫌われている、そんな人間になりたいですか?
 体が弱くてよく病気になってしまうならば社会でなかなか活躍できません(念のため言っておくけど、生まれつき体が弱い人はしょうがないことだから全然悪くない。しかし、努力で体を鍛えることができる人は努力せよ、と言っているのである)。
 さて、青雲は知・徳・体の調和のとれた教育を目指している。
 知はそのまま、知力、すなわち、学ぶ力。
 徳は徳力、すなわち、他の人のことを考えることができる力。
 体は体力。
 これらの3つが調和の取れた、つまりバランスの取れた人間を育てることが青雲の目標なのです。
 青雲の生徒の中には勉強さえできれば良いとか考えているアホがいるけれど、みなさんはそんな風にはならないように。
 知・徳・体の調和の取れた一流の人間になってください。
 つまり、みなさんが青雲で学んで身につけなければならないことは知力・徳力・体力の3つです。
 ちなみに、社会でどのような人間が活躍しているのかを調べた研究によると、やはり頭がよいだけでなく、他人のことを考えることができて健康な人が活躍しやすいそうです。


どのようにして知力を身につけるか
 知力を身につけるためにはとにかく考えることが大切です(もちろん、必要な知識を覚えることも大切です)。
 英語・数学(中学校以上になると算数ではなく数学になる)・国語・理科・社会の5科目の授業を真剣に受けて学ぼう。
 こんなこと書くとこれらの5科目以外の授業はサボるアホがいるけど、他の授業でも真剣に受ければよく考えるので知力を鍛えることができるし、役に立つ知識を多く得ることができます。しかも、サボるよりも真剣に受けた方が充実していて楽しい。青雲に折角入学したのに学ぶことの楽しさを知らないまま卒業していく人がいるけれどもったいないよね(もちろんどうしても嫌いな科目はあるけれど)。
 さて、大学受験で重要となる英語・数学・国語・理科・社会の5科目の勉強についてちょっと話しましょう。もちろん他の科目も真剣に勉強しよう。


英語の勉強
 さて、多分みなさんが青雲に入学してからまず一番苦労するのが英語でしょう。最近では小学校でも英語の授業をやっているところがあるそうだが、中学校からの英語は本格的なので最初はけっこう苦労する人が多いでしょう。まあ、できるようになれば英語は非常に面白いんだけどね。
 青雲を卒業して東京大学に合格した人も中学入学したてのころは英語が中々できず苦労したとか言っているから、入学したてで英語が中々できないからってあせらなくて良い(ただし中2になるまでにはできるようになろう)。
 少しは参考になるだろうから、入学したてのころはどうやって英語を勉強すれば良いのかささやかなアドバイスをしよう。
 英語は、英語を読む力、英語を書く力、英語を聞く力、英語を話す力の4つの力をつけることが大事です。
 英語を話す力は大学受験ではあまり出ないので大学に入学してからつければ良いです。
 つまり、みなさんは青雲では英語を読む力、英語を書く力、英語を聞く力を中心に勉強すれば良いわけです。
 この中で、青雲中学に入学してからまず身につけなければならないのは英語を読む力です(というか聞く力はともかく、書く力は英語が読めないと身に付かないよね)。
 英語を読むために学ばなければならないことは主に2つ。
 それは文法と単語です。
例えば、
 I have a sister.
という文を見てみましょう。もちろん、まだ全然意味分からなくて
も大丈夫(というか英語を本格的にやったことがないのに小6でこの文を理解できたら神だ)。
 この文の意味は「私には1人の姉(または妹)がいる。」という意味です。
 この文の主語は「I(私)」、動詞は「have(持つ)」、目的語は「a(1人の)sister(姉妹)」です。
 つまり、この文は「主語+述語+目的語」という構造なわけです。このように、文の構造を支配している規則が文法です(他にも規則はあるが多くはない。基本的なものはなんとたったの5つ!)。
 そして、名詞「I(私)」、動詞「have(持つ)」、前置詞「a(1人の)」、名詞「sister(姉妹)」という4つの語がこの文では使われています(ちなみに「a(1人の)」と「sister(姉妹)」は1つのまとまりとなって目的語となって使われています)。
 これらの各々の語のことを単語と言います。
 動物の体で例えるならば文法が骨格で、単語が肉です。
 英語の文章は、文法という骨格に、単語という肉をくっつけてできているのです。つまり、何種類かの文法から1種類を選び、その文法にいくらかの単語をくっつけたのが英語の文章なのです。
 つまり、骨格である文法をまずは理解して覚えることが大事です。 
 単語は教科書の各ページのすみに今回の単語みたいな感じで書いてありますので先生から特に指示がないならばそれらの教科書の単語を覚えていけば良いです。英語単語集は中3以上になると授業で扱いますので中1ではやらなくて十分です。単語を覚えるぐらいなら先に文法を覚えましょう。
 さっきの文は「主語+述語+目的語」という規則に従った文章でした。この規則に単語を当てはめれば文ができます。
 例えば、主語に「My(私の(前置詞))friend(友だち(名詞))」、述語に「eat(食べる(動詞))」、目的語に「a dog(犬(名詞))」という単語をあてはめると
 「My friend eat a dog.」(私の友だちは犬を食べる。)
 というむちゃくちゃな意味になります(日本ではむちゃくちゃだけど、中国人や韓国人は犬も食べるらしいね)。
 長くなりましたが、要するに、中1の時はまず文法を覚え、単語は教科書に出てくるような基本的なものを覚えましょう。
 英語の入試問題の多くは、長い英語の文章が出てきて、この部分を日本語に訳しなさい、とかこの部分は何を説明しているのか日本語で説明しなさい、などと聞かれる問題が半分以上で(あるいはほとんどの所もある)、残りは英語で作文しなさい、とか、センター試験や一部の大学では英語の音声を聞き、その内容についての問題に答えなさい(リスニングまたはヒアリングという)といった問題である。英語の長文というのは雑誌や新聞の記事みたいなものから物語文までさまざまで、読めるようになるとこれが面白い(ついでに科学や社会などに関するいろいろな知識も身に付いたりする)。
 しかも、だいたいどこの大学・学部も英語が試験科目の1つだから、英語が得意になれば受験にとっても有利なのだ。
 英語の勉強で必要なのは、授業の予習・復習をすることだ。予習って何?っていう人も多いかも知れない。予習とは、授業の前に、教科書の授業で扱う部分の説明を見ておき、練習問題で解けるやつは解いておく(もちろん完全は理解できなくてよい。分からないところは授業で理解すれば良い)ことだ。
 小学校や塾の授業では予習なんでやった人は少ないだろうから(私もそんな1人だった)、予習なんかで効果あるの?とか言う人も多いだろう。
 しかし、これが効果大なんだな。まず、予習で理解できた部分は授業中でも扱われるため、授業自体が復習になる。予習で分からなかった部分は、この部分が分からないから授業中にはこの部分が理解できるようにならなければならないと分かっているので、授業中はその部分を集中して考えることができる。
 だいたい成績不振者は予習をする習慣がない人が多い。中学校以上の英語の授業はスピードが速いから予習しないと理解できない。小学校や塾みたいに授業中だけで全部理解できると思ったら大間違い。
 復習も効果的。授業が終わったその日のうちに(あるいは遅くとも数日のうちに)授業でやった部分の教科書やノートを見直し、文法はもちろんのこと、覚えるべき単語も覚えておく。予習や授業ですでにほとんど理解できている内容だから時間もそんなにかからない。
 ここで、ほとんど理解できている内容なんだから復習でもう一度見直さなくても良いではないか?と思うかもしれない。しかし、人間はしばらく経つと物事を忘れるものだ。ここで、何回も見たものは、この情報は忘れてはならない重要なものだ、と脳が無意識のうちに判断するようになり、記憶に残りやすくなるそうな。
 最後に、英語は積み重ねの科目である。つまり、前に習った内容が理解できていないと後に習う内容がほとんど理解できない。中1の終わりまでには英語がそこそこできるようになっておかなければ(もちろん入学してしばらくは苦手でも良い)、中2以降の英語が全然わからない、ということになってしまい、全然分からないから英語が余計嫌いになるという負のスパイラルにおちいってしまう。英語は文系だろうが理系だろうが受験で必要で、配点もそれなりにあるから、英語ができないとそのまま受験失敗に結びつくことになる。


数学の勉強
 小学校では算数という名前であるが、中学校以上では数学となる。算数は普段の生活と関係する数の世界に慣れることが主な目的で、数学の入門バージョンといった感じがある。数学はより本格的になる。
 数学では最後の答えを出すことよりも、その答えを出すためにどのように考えたかが重視される。大学の入試問題も多くが記述式だ(とくに国立大学の試験は全て記述式と言ってもよい)。
 そのため、最後の答えが合っていても、途中でどう考えたかというのがあやふやだったり無茶苦茶だったりするとほとんど点数が入らない。逆に、途中でどう考えたかがしっかりと書かれていて、それが正しいならば、たとえ最後の答えが間違っていてもかなりの点数がもらえる。
 数学も予習・復習が大事。予習では、教科書や問題集で、次の授業で扱うところの説明を見ておき、練習問題は解けるものは解いておく。解答がついているならば、解いた後に解答と比べて、あっているかどうか調べ、間違っているところはどこがどのように間違っており、どこを授業中に理解しなければならないかをはっきりとさせておく。小学校や塾と違って、数学は授業中に問題を解くための時間なんてまずないから(そんなことしていたら授業時間がいくらあっても足りまへんがな)、予習していないと命取りになる。復習は英語と同じようにすればよい。まあ、明らかに分かる問題は解答をすらっと読めばよいし、不安な問題は解き直せばよい。数学は、理系はもちろんのこと、国立大学の文系もほぼ全て試験科目だから(経済学部や経営学部は大学での勉強でも数学をけっこう使うらしい)、これができないと選択肢が大幅に縮まってしまう。
 数学も英語と同じように積み重ねの科目である。中1の内容が理解できていないと中2の内容が全然理解できないし、中学の内容が理解できていないと高校の内容が全然理解できない。英語と同じように、途中でサボったら負のスパイラルにおちいってしまう。


国語の勉強
 これは先生によって授業の進め方がけっこう違うからなんとも言えないけれど、次の授業ではどこそこの文章題をやるから授業前に解いておけ、と言われたら解いておきましょう。そうでない時も、次の授業で扱う文章は予習として読んでおきましょう。あとは漢字の暗記や熟語調べなんかも先生に指示されたらやっておきましょう。
 さて、中1の後半になると、現代の論説文や物語文(両方を合わせて現代文という)以外に、昔の日本(江戸時代より前)の文章である古文や、昔の中国の文章である漢文が登場します。これは先生の指示にしたがってやっていけば良いでしょう。古文や漢文は言葉や文法さえ覚えてしまえば文章の内容自体はたいして難しくなくて面白い(その点では英語と似たところがあるが、古文や漢文は物語が多くて読めると面白い)。
 国語の古文や漢文は英語のように積み重ねが大事(でも英語ほど積み重ねが多くはないけれど)だが、現代文は前の授業の文章題を理解していなければ(というか文章が意味不明なものもある)、次の授業の文章題が分からない、ということはあまりない(もちろん、基礎的な力がついていないならどの問題も分からないが)。
 しかし、人間は文字を通して情報を得て、また他の人に情報を伝えることが非常に多い(試験問題だってそうだし、新聞や本、あるいは文字で書かれた記録なんかもそうだよね)。よって、文章が読めないと社会から取り残されてしまうかも知れない。
 現代文が得意になるためには文字に慣れ親しむことが大切だ。国語の授業であつかう文章以外は読まない、というのではなくて、新聞記事を読んでみる(寮の各部屋には毎朝新聞が配られる)とか、本や雑誌を読んでみるなどすると社会を知ることもできるし、現代文を読む練習にもなるので一石二鳥だ。しかも、本の情報量というのはものすごく、本は読んだ人の人生をも変えることがある。寮生の諸君、せっかくゲームや携帯電話やマンガが持ち込み禁止なのだから、発想を変えて、この機会に読書をしてみては?


社会の勉強
 社会は暗記が全てだ、って思っている人も多いでしょう(というか中学入試の社会はほぼ全て暗記だもんね)。もちろん、暗記が重要なのは事実だし、私立大学の入試やセンター試験の日本史・世界史(世界の歴史のこと)では暗記がほぼ全てであることが多い(センター試験の地理は理解力がやや必要)。
 しかし、東京大学・京都大学・一橋大学といった難関国立大学の文系の社会の入試問題は、ある知識が他の知識とどのように関係しているのか、といったことを長い文章で説明せよ、という問題が多く出される(ヒントとなる文章がのっていることも多い)。知識をただ単に知っているだけではダメで、それが他の知識とどのような関係にあるかを考えて結びつける力を求めているのである。
 例えば、
「平安京に都を移したのはいつ?」
 とか聞かれると、
「794年で、ちなみにそれを実行したのは桓武天皇です!」
 とは覚えていればみんな答えれるだろう。
「じゃあ、当時はどういう状況で、桓武天皇は何をたくらんで平安京なんかにわざわざ移したの?そして、都を移したことで何にどのような変化があったの?」
 とか聞いてくるのが先に挙げた大学の社会の入試問題だ。もちろん、これぐらいのことなら暗記している人もいるだろう。しかし、平安京遷都みたいな有名な出来事ではなくて、それこそ教科書にはのっていないような小さな出来事についてここまで聞いてきたら、暗記だけでは答えることができず、自分の頭で考えなければならない(もちろん、そのためのヒントとなる文章が問題に書いてある)。 
 こういう問題に答えるためには、普段の社会の勉強でただ丸暗記するだけでなく(もちろん基本的な知識は暗記しておかなければならない)、その出来事が他の出来事とどのように関係しており、その時代の流れの中ではどのような位置づけだったのかを考えてみることが大切だ。
 そんな難しいことできるか、と思うかもしれない。もちろん、最初からそんなことができたら神だ。つまりは、社会の勉強ではただ暗記するだけでなく、授業中に「この天皇は何を考えていたのだろうとか、当時の社会はこの事件でどう変わったのだろう」などとちょっと考えてみれば良いのだ。カッコイイ言葉で言えば知的好奇心ってやつ。そして、不思議なことにいつの間にか深く考えることができるようになる。それが勉強の面白みの一つだ。
 ぶっちゃけ、ただ単に丸暗記するより考えながら暗記した方が楽しいし、考える習慣も身に付く。
 とある私立大学で出たすさまじい問題
 「現在の福岡県志賀島で発見されたものは何?」
 これは金印だというのは分かる。
 「では、その金印を発見したのは誰?」
 そんなもん知るか!(ちなみに答えは「百姓忍兵衛」だったと思う。)
 暗記だけが全ての問題。こんな問題は全然面白くない。他の科目でもそうだけど、面白い問題は良く頭を使う問題だ。
 ちなみに、この[削除しました]暗記問題はブックマン社の『超速!最新日本史の流れー原始から大政奉還まで、2時間で流れをつかむ!』で覚えなくても良いオタク問題として紹介されていたものである。これは『超速!最新日本史』シリーズのうちの一冊で、このシリーズをお書きになった方は日本でも最高峰の日本史の先生である。教科書や他の参考書だと内容が多すぎて歴史全体の流れというものがとってもつかみにくいが、このシリーズは歴史の流れがメインとなっており、参考書として非常に優れている(雑談も入っており、面白い)。
 歴史では、個々の出来事が動物で言えば肉で、歴史の流れがそれらの肉をつなげるための骨格である。骨がないのに肉だけたくさんつけてもいずれ肉は崩れてしまう。歴史の流れという骨格にしっかりとくっついた個々の出来事だからこそちゃんと知識として定着するのだ。他の科目でもそうだが、理解とセットになった知識は忘れにくい。
 さて、長くなったが、社会で世界史が出てくるのは高校になってからで、中学のうちは、地理歴史は日本史と地理だけで(中3で現代社会というのも少しやることはやるが)、日本史と地理は中学で1通り学んだ後、高校では中学でやったことを繰り返すように学ぶ(もちろん高度な内容も追加されるが)。どうせ、中学で銅像の名前などの細かすぎる言葉まで覚えても大学入試までには忘れてしまう。そんなもんは高校で覚えるとして、中学のうちは基本的な知識のみを全体の流れの中でしっかりと理解して、しっかりと定着させた方が効率的だ。そして、高校では、中学で得た全体の流れというしっかりとした骨格に細かい知識を肉づけしていけばよいのだ。もちろん、定期試験は細かい知識も覚えた方が得点できるから、点が取りたいなら細かい知識を定期試験前だけ丸暗記すればよい。しかし、丸暗記に集中しすぎて全体の流れや理解を無視することのないように。
 社会に関しては、先生が指示しない限り予習は必要ない。ただし、授業を真剣に聞き、ただノートに写すだけでなく、じっくりと考えることを楽しんでほしい。中学の場合、基本的に自習での勉強は定期試験前だけで十分だ。


理科
 私は文系で理科は専門ではないので何とも言えませんが、理科もただ丸暗記するだけでなく、理解をしながら暗記することが大切だと思います。中学のうちは、社会と同様に、特に先生の指示がないならば、授業を真剣に受けていれば後は定期試験前だけで十分だと思います。


さて、次は体力だ。

体育と武道
 青雲は進学校なのに体育や武道(剣道と柔道)も重視している。これは、社会で活躍するためには体力をつけていなければならないという思想だからである。もちろん、体育や武道を通して他の人のことを思いやり、協力する力をつけることも目的である。
 ここでいう体力をつけるとは、別に運動が上手になれ、ということではなく、健康な体を育めということである。別に、運動が上手でなくても社会で活躍することはできる(ちなみに、運動神経というものは5歳位でできあがってしまい、6歳以降は鍛えてもあまり向上しないそうだ)。しかし、体が健康でなく、よく体調をくずすなら、社会で活躍したくてもなかなか難しいだろう(もちろん、生まれつき体が弱い人は本人が悪いわけではないので仕方がないが)。
 健康な体を育むためには体育や武道を下手でもいいから真剣に受ければ良い。最初の方はかなりきつい人もいるだろうが(私もそうだった)、いつの間にか体力がついていることに気づくだろう(それでもやはり体育や武道はきついが)。私は中学校に入学したばかりのころは寮の階段を2階上がっただけでもぜぇぜぇ言っていたが、青雲を卒業した今となっては5階分の階段ぐらいへっちゃらだし、病気にもなかなかならない(運動神経が鈍いから運動は下手だが)。このような体力は受験とは直接は関係ないが、未来のことを考えたら大切である。しかも、成長期に体力はたくさんつくので、成長期に
きたえておかなければならない。大人になってからでもいちおう体力をつけることはできるが仕事でなかなか時間がなく効率も成長期より悪いので、やはり成長期に体力をつけるのが一番よい。それに、体力をつけておけば受験勉強や受験本番にも強い。
 青雲の生徒の中には勉強さえすればよいと思い込んでいて体育でサボるやつがいるけど、みなさんはそんなことのないように。同じ授業料をはらうんだから、体力をつけないよりもつけた方が得なのは当たり前だろう。
 しかも、真剣に取り組むことにより忍耐力(がまんする力)なんかもつく。


その他の科目
 受験に関係ないからといってサボらないように。真剣に学ぶことで得られることは必ずある。同じ授業料をはらうんだから何かを得たほうが何も得ないより得だ。


知・徳・体の最後は、人間の心そのものにして一番大切なものである徳力である。
 
徳を身につける
 徳とか聞くとなんとなく難しい気がするが、簡単に言えば、徳を身につけるとは、他の人のことを思いやれるようになることである。少々ニュアンスが違うかもしれないが、つまり、性格の良い人間になることですな。
 君は、仕事はできるが性格の悪い人間と、仕事は下手だが性格の良い人間のどちらと友だちになりたい、あるいは結婚したいと思うか。ほとんどの人が後者を選ぶだろう。
 性格の良い人はそれだけ他の人に好かれる。そして、そのようにして作られた信頼関係が大切な仕事はたくさんある。臨床医はその最たるものである。また、良い家族関係を築くためにも性格が良いことは大切な条件である。
 さて、徳を身につけるのはやろうと思えばそれほど難しいことではない。常に、他人のことを考えて行動すればよいのである。しかし、それを続けるためには君のたゆまぬ努力が必要だ。そして、勉強と同じように真剣にやっていればいつの間にかできるようになっている。
 しかも、教育学の研究によれば、人間の性格というのは中学・高校までにほとんど決まってしまい、大学以降はほとんど変わらないそうな。ということは、中学・高校で徳が身につかなかったらほぼ手遅れになるということ。青雲にいるうちに徳を身につけなければならない。
 ぶっちゃけ、青雲を卒業するまでに徳が身につけば、たとえ成績が悪くてもそれはそれで成功だと思うよ。性格なんて点数では評価できないが、一生重要なものだから。もちろん、徳が身に付いている上に成績も良いならばなお良いけどね。
 学力は大学に入ってからでも勉強すれば身に付く。もちろん、いまのうちに学力をつけておくに越したことはないけれどね。


青雲卒業までにどれ位の知力・徳力・体力を身につければよいか
 これは簡単には決めがたいが、あえて決めてみよう。
 まず、知力は、現役(つまり高3)で旧帝国大学クラス(北海道大学、東北大学、東京大学、一橋大学、東京工業大学、早稲田大学、慶応大学、上智大学、国際基督教大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、神戸大学、九州大学)あるいは国立・公立大学の医学部のどこかに合格するぐらいのものを身につけておけば成功としてよいだろう。別にこれらの大学・学部に行けと言っているわけではない。これらの大学・学部に合格するぐらいの知力を身につけろ、と言っているのである。それぐらいの知力を身につけるためにはそれなりに努力しなければならないし、それぐらいの知力があれば大学での学問のスタートラインとしては十分だろう。自分はもっと入試の簡単な大学(だからといって教育内容はすばらしかったりするところもある)に行きます、という人もそれ位の知力を身につけていれば入試も余裕で突破できるし(ぎりぎりで突破するよりも余裕で突破する方がいいよね)、入学後も周りの人々よりも高い学力からスタートできる(だからといって大学での学問をサボると落ちこぼれるが)。
 まあ、人間というものは目標がないとやる気がおきないものだ。勉強の目標として、旧帝国大学クラス合格に相当する知力を身につけることを目指そう。
 徳力は、はっきりとは決めがたいが、他人に迷惑を極力かけないように考えて行動できるようになることが最低限だろう。まあ、徳力は君自身が身につけることのできる最高のものを身につけてほしい。ちなみに青雲には学年が上がるにつれて徳力が低下していく人種がいます。みなさんはそうはならないように。
 体力もなんとも言いがたいが、授業を真剣に受けて、体がほとんどいつも健康であれば良いのでは?

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  1. 【1186274】 投稿者: 戦艦武蔵  (ID:nNOCrDOjh0Y) 投稿日時:2009年 02月 13日 19:03

    第2幕 血と汗と涙のコラム集
     コラムというのは主に新聞の一面の下の方などにある短い評論のこと。つまり、コラム集とは短い評論の寄せ集めのことを指す。読んでみてくださいな。なお反論や批判は受け付けないので悪しからず。


    ていうかあんた誰?
     みなさんの中にはこう思っている方もいらっしゃるでしょう。
     私は、九州の某県出身で、2002年に地元の公立小学校を卒業して青雲中学校に入学し(弘学館は合格したけど久留米附設は落ちた)、2005年3月に青雲中学校から引き続き青雲高校に入学。そして、2008年2月に青雲高校を卒業した、31回生の寮生である。ちなみに文系で東京大学に合格したから(念のためにいっておくが自慢じゃないぞ。青雲で努力すればこれぐらいできると言いたいのだ)、大学受験という面だけからみれば成功した方だ。ただし、私に限らず他の人もそうだけど、受験で良い結果を出したからといって調子に乗っていたら痛い目にあうよ。青雲よりも上の学校に入学したからといって調子に乗り、結局大学受験で失敗するやつはけっこういる。君たちも、青雲に入ったからといって調子に乗って学ぶことをサボると、大学受験で痛い目にあうよ(マジで、というか痛い目にあっている人結構いるから)。だから、2009年4月に青雲中学校に入学するみなさんよりも7才お年寄り、ということになるね。
     で、そんな私がなぜこんな文章を書いているかというと、みなさんには青雲に入学するからには一流の人間になっていただきたいからだ。ここでいう一流の人間とは、ただの受験用勉強マシーンのことではなくて、あらゆるものごとを真剣に考えて行動し、他の人のことも真剣に思いやり、社会に出てから多いに人々の役に立つ人間のことである。というか、そういう人間が増えないとこの国は落ちぶれる一方だよね。生徒手帳に書いてあると思うけど、青雲もそのような一流の人間を育てることを目的としているのだ。まあ、受験で合格するためにはどうしても勉強の割合が多くなってしまうが、青雲の先生方は勉強だけでなく、ちゃんと一流の人間を育てるための指導をしている。しかし、最近の生徒や保護者の中には受験合格という目先の利益だけにとらわれて、指導を聞いちゃいないやつらも多い。
     教育学の研究でもあきらかになっていることだが、人間性というのは中学・高校で大体が決まってしまい、大学以降で大きく変わることはめったにない。ということは性格が悪いまま高校を卒業したやつはずっと性格が悪いままで、就職試験なんかで勉強はできてもこんな性格の悪いやつはうちの会社はいりません、と片付けられたり、または、あの人は仕事ができるけど性格が悪い、と周りから白い目でみられる可能性が高い。また、頭が良くてもそれを間違った方向に使えば、社会にとっていい迷惑である。
     それを知っているから青雲の先生はちゃんと指導しているのに、最近の保護者の中には学校は勉強だけ教えればいいんだ、余計な指導はするな、とか文句言ってくるやつがいる(今世間で話題のモンスターペアレンツ級の保護者もいる)。勉強だけ教えるんなら青雲学園じゃなくて青雲予備校になるよ。非常に残念なことだし、そうやって先生方の指導を抑えてしまうから最近の実績もふるわないんじゃないかな。受験というのは勉強時間だけで決まらないところがあるから面白い。勉強というのはしっかりしてないとなかなかできないから、しっかりとした性格の生徒が有利なのは当たり前。
     例え東大生でもダメなやつはダメ(もちろんすごいやつはすごい)なように、ただの受験用勉強マシーンでは社会では使いものにならない(まあその辺の問題に興味があって研究したい人は教育学部なんかに行ってくれ)。
     というわけで青雲のバカ生徒(別に成績が低い生徒がバカなわけではないぞ)やバカ親を1人でも減らすためにこのような文章を書いているわけだよ。まあ、余計なおせっかいかもしれないが、私は大学生で時間があるし、遊んでいるぐらいならこんな文章でも書いた方が母校青雲学園の発展、しいては社会全体の発展に少しはつながると考えているわけだよ。
     少々意味合いが違うかも知れないが、大学のバカ学生に興味がある方は、光文社新書の『最高学府はバカだらけー全入時代の大学「崖っぷち」事情』を読んでみては。大学が受験生をだますために使うテクニックなんかものっていてなかなか面白い内容だ。


    大学
     青雲に入学するみなさんはほとんど大学へ進学しようと考えていることだろう。大学や大学を卒業した後はどのようになっているのかについて少し話そう。
     大学はそれぞれの専門に分かれた学部をいくらか持っており(1つの学部しか持たない大学もあるけど)、大学の入学試験はほとんどの場合、学部ごとに行われる。そして、その学部では専門的で高度な学問をするのはもちろんのこと、研究も行う。
     例えば、九州大学なら、法律を専門とする法学部、経済を専門とする経済学部、工学(ものづくりの学問)を専門とする工学部、医学を専門とする医学部など、多くの学部をもっている。例えば、経済学部に入学したならば経済を専門として学ぶことになる。
     学部は文系と理系という区別でおおまかに分けられている。おおざっぱに言えば、文系は人間の行動を扱う学問の系列で、理系は自然の世界を扱う学問の系列をさす。文系に含まれる学部は法学部、経済学部、文学部や教育学部などがあり、理系に含まれる学部は工学部、理学部、農学部や医学部などがある。これらの学部に入ると普通は4年間学ぶ(薬学部の一部と医学部は6年間)。
     そして、普通は、大学の学部を卒業すると就職と進学のどちらかをすることになる。
     就職とは仕事を始めることで、自分で会社を作る人もたまにいるけれど、普通は会社に入って働くことになる。会社に入る場合は通常は就職試験がある。
     文系の学部の学生は大学を卒業したら就職する人が多い。理系の学部の学生は大学を卒業すると大学院(後で話す)に進学する人が多い。大学院進学にももちろん試験がある。
     進学とはより高度な学校に入学することで、大学の学部を出た場合は大学院という所の修士課程に進学する。大学院は大学のさらに上の教育機関である。今の日本では多くの大学院は大学とセットになっている。例えば、九州大学は大学だけでなく大学院も持っている。
     大学院の修士課程は2年間で、この修士課程を終えると就職か進学の2つの選択肢がある。理系の人は多くが就職する。理系は学問の内容がでかいから、大学院の修士課程まで勉強しないといけないので多くの人が大学を出ると大学院の修士課程に進学して勉強するそうな。
     進学の場合は大学院の博士課程に進学することになる。期間は3年間である。しかし、卒業が難しいため3年以上学んだり途中でやめたりする人も多い。博士課程にもなると、大学の先生や研究者を目指す人しか来ない。しかし、最近は博士課程を卒業しても仕事がなくて困っている学生が多いため問題になっている。(この問題に興味がある人は、光文社新書『高学歴ワーキングプア「フリーター生産工場」としての大学院』という本を買って読んでみてください)
     さて、長くて退屈な文章(とうか内容的に面白くしようがない)であったが、大体分かっていただけただろうか。まあ、みなさんがまず目指すのは大学の入学試験に合格して大学に入学することですな。


    医者という選択
     親が医者である青雲の生徒は4人に1人であるそうな。そういう訳かどうだか知らないが医者を目指す人が青雲には多い。
     まあ、最近は世間一般でも勉強ができる子の多くが医学部を目指すらしい。弘学館や久留米附設やラサールでも医者を目指す人が多いらしいけどね。
     この国で医者になるためには、大学の医学部を卒業して医師国家試験という試験に合格し、数年間研修医として働かなければならない。
     大学の医学部は人気がとっても高く、入学試験はクソ難しい。学費が安い(1年間につき約50万円ちょい)国立大学(国が作った大学)と公立大学(都道府県や市が作った大学)の医学部は特に人気が高い。
     え?どれ位難しいかって?試験科目が違ったりするから単純には比較できないけど、偏差値で言えば国立大学である熊本大学の医学部は同じく国立大学である東京大学の理科Ⅰ類(主に工学部)や理科Ⅱ類(主に理学部や農学部など)とほとんど同じ位難しい。
     つまり、相当努力しないと合格しない。青雲でも現役(つまり高3)で医学部に合格して入学する人は毎年20人前後しかいないよ。高校を卒業した年の医学部入学試験には合格できず、予備校(塾の進化バージョンみたいなもん)に入学して(浪人する、という)1年後の試験でやっと合格する、というケースも多い。あるいは、高校を卒業して1年後でも合格できず、さらにもう1年予備校に通うことになったり、合格しそうにないから医学部をあきらめる人も出てくる。
     私が言いたいことは、医者は難しいからやめとけ、とかいうことではなくて、医者を目指すなら覚悟して目指せよ、ということである。まあ、確かに医者というのは人の体そのものを扱う責任がとっても重い仕事だから、難しい試験に合格するほど努力できる人でないとできないよね。しかも、臨床医(患者の治療をする医者のこと。ちなみに病気の研究をする医者を研究医という)は実際に患者と接するわけだから、人間としても優れていなければならない(ちなみに、ほとんどの医学部の入学試験は面接もあるよ)。君も、自分が病気で手術しなければならなくなった時に、中学や高校で遊びほうけていた奴が手術を担当します、とか言われたらちょっと(あるいはかなり?)不安だよね。


    なぜ医者が人気なのか
     なんで医者を目指す人が多いのか考えてみると、やっぱり医者は人を助けることができて、給料も高くて、しかも安定しているすばらしい仕事だ、とかいうイメージがあるんだろうね。
     テレビドラマなんかでも医者をえがいたドラマは多い(マンガとかでもそうだけど)。ドラマの効果というのはかなり大きいんだろう。
     例えば、海上保安官(簡単に言えば海の警察官)を描いたドラマである『海猿』が放送されると、海上保安官になるための学校である海上保安大学校の志願者が[削除しました]みたいに増えた。
     パイロットをえがいたドラマである『GOOD LUCK!!』が放送されると、パイロットになりたいという人が増え、さらにこのドラマに協力した全日本空輸(ANA)ではたらきたい(パイロット以外で)という人も増えた。
     しかし、ここでだまされてはならないのが、ドラマは必ずしも現実を反映したものではない、ということだ。ドラマも商売で作っているものである。よって、多くの人がおもしろがったり感動したりする、人気の高いものをつくらなければならない。そのため、ドラマには人気俳優を起用したり、面白くて感動できるストーリーにしたりするのである。つまり、ドラマはあくまでエンターテイメントであり、現実を伝えるためのものではないのである(ほんの一部だけ例外のドラマもあるけど)。
     医者についてのドラマもそう。「白い巨塔」のように、あえて医者という仕事の暗い部分を扱ったドラマもあるが、ほとんどのドラマは主人公の医者が、さまざまな困難に立ち向かいながら患者の命を助けていく、という内容である。そんな純粋な内容の方が世間でウケるからである。もし、主人公の医者が努力しましたが現実はそんなに甘くなく、重い病気の患者さんはあまり助かりません、なんていうドラマを作ったら人気はまず出ないだろうし、「なんていうドラマ作るんだ」ってテレビ局に抗議が殺到するんじゃないかな。
     しかも、医者の世界は人の命を扱うわけだから純粋で感動的なストーリーにしやすい。だから医者を扱ったドラマは多いんだろうね。他にも、刑事ドラマなんかもストーリーが感動的にしやすいから多いのだろう。逆に、公務員を扱ったドラマや、バスやタクシーの運転手、専業主婦などを扱ったドラマは極めて少ない。このようにして、テレビドラマで多く扱われる医者などの職業の人気が高まり、それが人から人へと伝わっていって医者などの人気が急上昇するわけ。
     要するに、テレビドラマはあまりあてにしてはいけない、ということ。自分で新聞や本を読んだり、ニュースを見たり、または実際に知り合いの医者に話を聞いてみたりして、いろいろな情報から判断して(もちろん、どの情報が正しいのかも見極めなければならない)、自分は医者に向いているのか考えないといけない。
     もちろん、国家の繁栄のための基礎は教育と医療である、という言葉もある位、医者というのは大切で責任の重い仕事であり、そのため高い給料が支払われる。
     しかし、医者の陰の部分を見てみると、他の仕事に比べて過労死(働きすぎて死ぬこと)する人の割合が高い(それだけ大変である)。給料についても、とある医者が言うには、忙しさや大変さを考えれば給料は高くはない(まあ、親が病院を持っていて、それを継ぐなら別だけど)、とのこと。まあ、医者は医師免許がないとなれないから安定している(つまり、仕事を失いにくい)とうのは今のところ言えるが(制度が変わると安定でなくなるかもしれない。逆に、忙しさが少しはマシになるかもしれない)。
     また、医者以外にも大切な仕事はたくさんある。国を動かして国民が幸せになるような国を作るのも大切な仕事であるし(まあ、現実にはそう簡単にはいかないんだけどね)、優秀な人間を育てるのも大切な仕事である。また、優れた技術やサービスを開発・提供して人々の生活をよりゆたかにするのも大切な仕事であるし、電車やバスやタクシーを動かして人々を安全かつ正確かつ迅速に目的地に送り届けるのも大切な仕事である。現代の文明社会は人々の支え合いで動いている。よって、どの人も社会を動かすのには必要であって、その意味で職業に貴賤はないのである。
     まあ、結論から言うと、医者になろうかと考えている人は、医者に対する世間のイメージにとらわれず、自分で医者に関する情報を集めて、自分は医者に向いているのかどうか、そして他に向いている職業がないかどうか考えること。そして、医者という人の命を預かる職業を目指すからにはそれなりの覚悟をもつこと、この2つである。まあ、こういうことは高校1年までの4年間でやれば良い(高2以降は文系と理系にコースが分かれるため、それまでにはどのような職業につきたいか大体のところを決めておかなければならない)。


    大学の序列
     みなさんは中学受験をしたわけだから、青雲よりもラサールや久留米附設の方が入試が難しい(つまり、偏差値が高い)ということは知っているだろう。中学にもこのように偏差値による序列があるように、大学にも序列がある。
     文系か理系か、あるいはどこの大学か、さらにはどこの学部かで受験科目などの条件がさまざまだから簡単には比較できないが、あえて偏差値だけで言うと、例えば、日本で一番偏差値が高いのは東京大学理科Ⅲ類(医者コース)。
     そして、医学部はどこも偏差値が高く(特に国立・公立大学の医学部は高い)、日本トップクラス。
     大学で言えば、国立大学の東京大学や京都大学、一橋大学(東京都)や東京工業大学、私立大学(民間が作った大学)の早稲田大学(東京都)や慶応大学(東京都)の偏差値が極めて高い。ちなみに、これらの大学に現役で合格する青雲の生徒のほとんどは、例年、中学では1学年約150人中50番以上には入っている。
     逆に、現代の日本は大学が多すぎるので、願書を出せば合格、なんていうところもある。
     現在の日本では、学部を卒業してすぐに就職するならば、どこの大学を卒業したかで見られることがいまだに多い。いや、就職試験ではどこの大学を卒業したかよりも本人の中身を見るべきだろう、と考える人もいるだろうが、理想通りにはいかないのが現実である。 
     しかし、もし偏差値が高い大学を卒業した学生と、偏差値が高くない大学を卒業した学生が同じ位の優秀さならば、このようなどこの大学を出たかによる差別はとっくになくなっているだろう。
     でもいまだになくならない、というのはやはり、偏差値の高い大学を卒業した学生の方が優秀だからだ。厳密に言えば、偏差値の高い大学を卒業した学生のほうが、偏差値の高くない大学を卒業した学生よりも優秀である確率が高い。もちろん、偏差値の高い大学を卒業した学生でもダメなやつはダメだし、偏差値の高くない大学を卒業した学生でも優秀なやつは優秀である。しかし、偏差値の高い大学を卒業した学生は少なくとも中学や高校で怠けずに勉強して難しい入学試験に合格したわけであるから、それなりに優秀である確率が高い、というのはもっともな考えである(ちなみに、ソニーはどこの大学を卒業したかを就職試験の時に聞かないが、ソニーの就職試験に合格した人はやっぱり偏差値の高い大学の学生が多いそうだ)。
     というか、就職試験だって1人1人をじっくりと検査できるわけではない(超人気企業では倍率100倍を超えるところもある)し、どこの大学を卒業したか以外には個人を比較できるものさしが今のところないのでどこの大学を卒業したかが重くみられることも多いようだ。
     もちろん、難しい仕事をするためには勉強できることとともに、人間としても優れていることがとっても大切だということを言っておこう。難関大学の学生でダメになるやつは、「俺は難関大学の学生だから偉いんだ」みたいな考えを持ってしまってダメになるというパターンが多いらしい。
     まあ、こういうわけだから大学の入学試験は単なる入学試験ではなくて、第1次就職試験という意味合いもあるわけだ(医学部なんかは特に)。
     しかし、大学のブランドにこだわる前に、もっと純粋に考えてもらいたい。大学というのは学問をするところである。そして、一生懸命学ぶ学生には良い環境を与えるのは当然のことである(というかそうしないと国が衰退してしまう)。よって、大学入学試験という一種の人材選抜システムによって学ぶ力のある生徒を選んで(難しい入学試験に合格できるということはそれなりに一生懸命中学・高校で学んだということである。よって、大学でも一生懸命学ぶ確率が比較的高い)、それらの生徒を研究では一流の先生(教育者として一流であるかどうかは別問題ではあるが、少なくとも研究者としては一流である)がたくさんいて、研究費が多くつぎ込まれている大学(偏差値の高い大学はやっぱり先生が研究では一流であり、たくさんの研究費がつぎこまれていることが多い)に集めて教育するのは社会の発展のためには当然必要なことである。
     しかも、大学入試は誰でも受験することができる(もちろん、今の日本は金持ちしか高い教育費が出せないため、金持ちの子供が難関大学に行きやすい、などの問題点もあるが)。ということは極めて平等な人材選抜システムなのである。難関大学に行きたいならば一生懸命に学べばよいのだ。
     特に、みなさんは青雲に入学できるということは学ぶ環境には恵まれているわけであるから、青雲でサボったために難関大学にいけず、不平等だとかどうのこうの文句言ったところで、それは君達の自己責任である(もちろん、貧しい家庭に生まれて学ぶ機会がなかったという人間なら別だが)。
     しかも、青雲には毎年3億円(数年前のデータだから今は変わったかもしれないけど)の税金が入っている。毎年、青雲高校を卒業するのを毎年250人として単純に考えれば、1人あたり120万円である。これだけの税金がつぎ込まれているのにサボっているというのはまさに税金のムダ使いである。
     少なくとも、青雲に入学したならば、良く学ぶか、人間として優れた人間になるかのどちらかは達成しよう(両方達成できたらさらによろしい)。
     念のため言っておくが、難関大学に合格した人間はその他の人間よりも貴い、というわけでは決してない。社会を支えているのは難関大学に合格した人間だけでは決してない。彼らをリーダーとして一生懸命に働く人間がたくさんいるからこそこの社会がちゃんと動いているのである。
     ちまみに、大学生の就職活動に興味がある方には、光文社新書の『就活のバカヤロー』という本がおすすめです。新入生のみなさんには漢字が少々難しいかもしれませんが、なかなか深くて面白い本です。面接で痛い学生の例なんかものっているので、大学入試で面接を受ける、という人も参考になるかもしれない。
     

    エリートは悪か?
     社会にはみんなをまとめるエリートが必要不可欠である。戦後の日本の超平等主義教育のためか、エリートと聞くと日本人は「エリート=差別している=不平等だ」みたいな感じで反感を抱くが、エリートは社会がちゃんと動くために必要なものなのである。そして、そのエリートになるのは色々な意味で優れた人間がならなければならない。アメリカやヨーロッパでは、優秀な人間に良い教育をするのは社会の発展のために必要不可欠なことだ、という考え(日本では不平等だ!ってなるけど)が普及しているため(そのため、ヨーロッパの多くの国では大学の学費がほぼ全て税金でまかなわれており、アメリカも奨学金制度が充実している。そのため、例え貧しい家庭に生まれた人でも優秀ならば大学に行くことができる)、エリートに対しての反感はなく、エリートはヒーローのように尊敬される。逆に、エリートは人々の期待に応えるために一生懸命はたらかなければならない。
     反対に、日本では何でも不平等だ不平等だって言って優秀な人間を引きずり落としてしまうような風潮がある(でも、日本人は自分が不利な時は不平等だって文句言うけど、自分が有利な時は不平等だから平等になるようにしようとは多くの場合言わない。つまり、ただ単に自分の利益が欲しいがために平等という言葉を使っているわけだからおかしい話である)。そんなことだから優秀な人材が育たずどんどん衰退しているんじゃないですかね。
     やはり教育システムの問題は日本が衰退している原因として大きいと思いますよ。だって、高度経済成長期から20年位前までは日本は大きく発展したけど、その発展のためには他の先進国の技術や制度、資本を取り入れて国民を長時間働かせれば良いだけの話(ちなみに、現在でも日本人の労働時間は他の先進国と比べてかなり長い方だ)で、発展してない状態から発展している状態になるのは努力して少し頭を使えば簡単だ(こんな考えは日本では少数派だけど一つの真理ではあるだろう)。もちろん、中には素晴らしい技術を開発したりした人もいたけど、基本的にはさっき述べたようにすれば良かった。しかし、トップクラスの先進国になってしまうと、もうお手本がないし、発展した国がさらに発展するのは、発展していない国が発展するよりもはるかに難しい。ここで、真に優秀なエリートがちゃんと考えて国を引っ張って行かなければならないわけだが、そのエリートにふさわしい能力や人格を備えた人間が今の教育システムではなかなか育たない。
     日本ではタブーとなっている話であるが、人間にはどうしても生まれつきの能力の差が生じる。超平等主義な日本人は不平等だとかいうけど、もともとの能力の差があるのが現実なわけだから仕方がない。アメリカやヨーロッパでは才能を持って生まれた人は社会のために大切に育てるべきだ、という風潮が強く、貧しい家庭に生まれた人でも才能を持った人ならば高度な教育を受けることができる。他の人も、自分の能力が最大限発揮できるポジションで努力する。これが合理的なシステムというものでしょう(もちろん、アメリカやヨーロッパのシステムにもいくらか問題があることはある)。
     日本人も、能力を持っている人にだけ良い教育を施すのは不平等だ!なんでいう考えは捨てて、もっと社会全体の発展を考えれないんですかね。そうしない限り、この国は衰退する一方だと思うよ。


    外出
     さて、真面目な話ばかりで嫌になってきただろうから(私もそろそろ嫌になってきた(笑))、雑談でもしましょうか。
     寮生は普通は毎週土曜日と日曜日のうち1日だけ外出できます。
    土曜日は12時30分から18時00分まで、日曜日は9時30分から18時00分までできる。
     まず、多くの寮生は外出の帰りには、青雲まで徒歩10分ほどのところにあるスーパー(マルキョウという)で1週間分の夜食なんかを調達してくる(寮の売店が立派になってから、こちらで調達する人も増えたそうだが)。
     外出先は、青雲から歩いて40分ほどのところにあるジャスコや、青雲から歩いて15分の時津バス停からバスで10分ほどのところにあるショッピングセンターの西友、Book offなどがある。
     遠出すれば、時津からバスで15分の赤迫から長崎名物の路面電車に乗り換えれば長崎市の主なところには全て行ける。
     長崎駅前のショッピングモールのアミュプラザ(映画館もある)や大波止近くのショッピングモールの夢彩都(長崎市では1番大きな本屋である紀伊国屋書店やCDショップなどなどいろいろある)、観光地である長崎中華街(ちゃんぽんや皿うどんが700円などと少々お高いが、おいしい中華料理を楽しめる)、そして長崎一の商店街である浜町商店街(長崎市では商店街がまだ元気だ。奥が深く、探せば色々なお店が見つかる)がメジャーなところ。
     あまり外出では行かないが、有名な出島やグラバー園、原爆資料館や平和公園などの観光地も多い。青雲にいるうちに1度は行っておきたいものだ(中1の秋の社会見学でけっこう行くことができると思う)。
     そして、長崎市で10月にある長崎くんちや1月下旬にある長崎ランタンフェスティバルはおすすめ。特に、長崎ランタンフェスティバルは超おすすめだ。外泊の時に親に迎えに来てもらって一緒に楽しむなんていうのも良い。
     世界のほぼ全ての文化に人間が休むための日が存在するように、人間はたまには息抜きが必要だ。決められたルールをしっかりと守って外出を楽しんでほしい(遊びすぎて抜けられなくなったり、不良にからまれたりしないように特に注意)。


    良き友人を持とう
     ぶっちゃけ、青雲での生活はけっこうしんどい。こういう時に一緒に頑張れる友人がいたら学校生活はより充実して楽しいものとなる。特に、寮生ならばなおさらであろう。
     さて、友人付き合いで大切なのは数ではなくて質だ。別に友人をたくさん作らなくても良い(逆に一人あたりの関係がうすくなってしまっては意味がない)。本音で語り合える友人がいればそれでよいのだ。特に、寮生は一生の友人もできやすいことだろう。
     友人付き合いで大切なことは相手のことを思いやること。そうすればすばらしい友人関係をもつことができるだろう。
     友人作りに決まったやり方などないから、こうやって友人をつくろうとかいったことは私からは言わない。
     みなさん自身で考えて良き友人をつくってほしい。


    「高校から頑張れば良い」なんて大うそ
     私が中学の時は、「中学のときは勉強しなくても、高校に入ってから頑張れば大丈夫」とかいう考えをもっていて、中学の時に勉強しない人がいました。残念ながら、こういう人たちのほとんどが受験で失敗しました。
     だって考えれば当たり前でしょう。中学で勉強しなかった人は、勉強した人よりも3年分の遅れがあるわけです。
     もちろん、理科(化学や物理は例外的な部分もあるが)・社会は高校では中学の内容をもう一度やるようにして、発展内容も付け足してやるといった感じなので高校から頑張れば巻き返しができないこともない(もちろん中学で真面目に勉強していた人の方が有利なのは確実だ)。
     国語もセンスをもった人ならば巻き返せる。
     しかし、英語や数学は積み重ねの科目だ。中学内容を理解していないならば高校の授業など全然わからない。高3は問題演習だから高3になるまでには学力が完成されてないといけない。単純に考えると、高1のはじめから勉強しだすとして、高1と高2で中1から高2までの5年分の内容をやらなければならないのである。
     第一、「中学では勉強しなかったが高校から勉強する生徒」と同じぐらい、「中学でも勉強していた生徒」が高校でも勉強したら3年間のギャップがあるわけだから追いつけるわけがない(相当な天才なら別だが、そのような天才なら灘なり開成なりに入学しているだろう)。
     しかも中学で勉強しなかった生徒が、高校からいきなり1年で通常の2.5年分をすることができるだろうか。もちろん、私の学年の中にはそれをやってのけるやつもいたが、全体の3%もいない。残りは結局は逆転できず大学受験失敗ということになるわけである。
     根拠もないのに高校から頑張れば良いとか言っているのは、太平洋戦争を日本が起こした時に、当時の日本上層部のバカどもが「頑張ればアメリカにも勝てる」と考えていたのと似たようなものだ。
     青雲生の成績は中2のおわりまでにはほぼ固定されてしまい、中3以降は下からはい上がるのはむずかしい。中1のはじめからずっとサボっていた場合、中3のはじめから真剣に勉強すればぎりぎり間に合わないこともないが、相当むずかしい。高1以降からのはい上がりはまず無理だ。逆に、勉強しなくなって落ちこぼれるのはとっても簡単だから、成績が良い人も油断しないように。
     勉強はできる時にほどほどにやっておこう。


    中学生のうちはどれぐらい勉強すれば良いのか
     中学生のうちは、授業を大体理解できるぐらいでよいです。他に特別なことをする必要はありません(まあ、授業でやったけれど理解できてない分野があるならば参考書なんかで補強しないといけないだろうけど)。というか、受験が近い高2や高3ならともかく、中学生のうちから授業以外に特別な勉強をやっていたら身が持ちません。
     勉強は量ではなく質です。長い時間しさえすれば良い(努力万能主義の日本人にはこのような傾向が多くみられる)というものではありません(その証拠に、生徒の学力テストで成績が先進国トップクラスのフィンランドは、生徒の学習時間の短さも先進国トップクラスである。ようするに、勉強のやり方次第ということである)。逆に、長い時間やれば集中力が落ちますから、ほどほどの時間で集中して予習や復習や宿題などの最低限必要なことをし、残りは自由時間としてストレスを解消した方が圧倒的に効率的です。
     塾や予備校、通信教育なんかをつめこんで、青雲の授業と塾や予備校、通信教育で忙しく、全て中途半端にしか理解できていないという生徒もけっこういます。大体、同じ大学受験向けの勉強なわけですから勉強する分野がかぶるわけで、効率が悪い。それなら、どれか1つにしぼって(青雲に在学するんだから青雲の授業にしぼるのが一番効率的だ)それを完璧にこなした方が効果が上がるのは当然です。
     まあ、寮生の場合、通信教育はできるでしょうが、塾や予備校に通うのはほぼ無理でしょう。でも、自習時間に余裕があって、もっと高度な内容を学びたい、あるいは授業ではもう勉強したけどいまいち理解できてない分野があるからそれを補強したい、という人は、参考書がおすすめです。自分が勉強したいときに勉強したいところをマイペースで勉強できますし、費用が安いです。最近では予備校の有名講師が参考書を出してますし、教科書よりもていねいに解説した参考書もあります。参考書を買うのなら、自分にあった参考書を実際に本屋に行って時間をかけて探しましょう。私も中1・2では成績優秀だったが、中3・高1で落ちこぼれたから、高2・3では参考書のお世話になりました。
     あと、塾や予備校や通信教育はあくまで商売であるということをお忘れなく。一般に、学校だったら授業料は定額で、生徒が難関大学に入ってくれれば実績になるわけですから一生懸命指導しますが、塾や予備校や通信教育は学力をどうやって売り込むかとうのも生き残りのために必要なわけですから、商売的な要素も入ってくるわけです(もちろん、塾や予備校や通信教育でも人を育てることを目的に良心的にやってくださるところはあります)。この辺の実態に興味がある方は、大学受験ではなくて中学受験の話ですが、光文社新書の『中学受験の失敗学』を読んでみてください。今まで光の部分にしか焦点が当てられないことが多かった中学受験の闇の部分をあつかった珍しい本です。
     さて、話がだいぶそれましたが、1年に5回ある、定期試験期間とその10日位前からの定期試験準備期間はもちろんけっこう勉強しなければいけませんが、中学生の寮生の場合はそれらの期間以外は授業中と夜の自習時間だけ勉強していれば十分です。授業と自習以外の時間は部活をするなり読書をするなり趣味に没頭するなり(持ち込み禁止品はやめとけ)はたまた休憩するなり自分の思い通りにすごしておもいっきり楽しんでください。もちろん、自習中はしっかり勉強して、予習・復習・宿題などのことは最低限やっておきましょう。
     ちなみに、親の中には部活をすると勉強時間が減り、難関大学に合格しにくくなると言う人もいますが、私の学年や先輩の話ではそのようなことは全くないです。まあ、何でもけじめをつけてしっかりこなせる人が合格しやすいみたいですけど。



    長くて面白くない文章だったけど、ここまで読んでくれてありがとう。君達が青雲で一流の人間へと成長することを祈る!

    《特別編》青雲中学校非公式新入生ガイド おわり

  2. 【1188561】 投稿者: 中学新入生の保護者  (ID:DxRTenpmOP2) 投稿日時:2009年 02月 15日 11:04

     後輩を思いやる熱意の溢れたすばらしい内容で感激しました。息子が春から学園にお世話になりますが6年間の生活で、人間力・知力を磨き立派に成長出来るように親子ともども頑張って行きたいと思います。
     ちなみに中学の時に使われた参考書で各教科お勧めの物があればお教えいただけないでしょうか?  

  3. 【1190159】 投稿者: 戦艦武蔵  (ID:nNOCrDOjh0Y) 投稿日時:2009年 02月 16日 13:39

     ありがとうございます。
     私は文系なので、理科については何ともアドバイスできません。よって、英語・数学・国語・社会について述べます(ただし、私は中学校では授業のみに集中しており、参考書は英語の参考書を入学後数ヶ月使用しただけですので、あくまでも参考程度とお考えください)。
     中1で英語と数学はともに普通の学校の中1・2分の内容を終え、中2で普通の学校の中3の内容を終えます。つまり、中3以降の英語と数学は高校の内容をすることになります。
     まず、英語です。中2までの英語は「プログレス」と「ニューホライズン」という2種類の教科書を同時並行で使います(私の在学時の情報ですので変わっていたらごめんなさい)。 プログレスがやや高度、ニューホライズンは普通の学校でもあつかっているもので軽めです。
     プログレスについては、教科書が特殊ということもあってこれに合わせた参考書はありません。よって、プログレスについては教科書そのもので勉強するしかありません。授業ではニューホライズンよりもプログレスを重視しますが、これについては毎回予習と復習をすることがミソです。ちなみに、プログレス専用CDと専用CD再生機というのがありますが、買わなくてよいです。
     ニューホライズンについては、教科書ガイドというものが出版されていますので、参考書を買うならば教科書ガイドを買えばよいです(もっとも、内容が易しいので買う必要もありませんが)。
     他の英語の参考書ですが、人によってやりやすい参考書というのが異なりますので、これは書店に実際に行ってみて、良い参考書をお探しになるのが良いと思います。教科書では分からない文法を検索できるように、辞書のような文法参考書を買うも良いですし、英語の最初の方でつまづいたならば、基礎を簡潔に凝縮してある厚さの薄い参考書でも良いでしょう。大体英語の授業でつまづく人は予習と復習をしていないことが原因ですので、予習と復習をこころがけましょう。最初はつまづくのも当たり前ですが、7月の定期試験までには授業の波に乗れるようになりましょう。単語集は中3以降でやりますので、中1では文法関係の参考書を買うのが良いです。
     数学ですが、これは教科書である分野をあつかいおわったならば、「シリウス」という問題集のその分野をあつかう、ということを各分野で繰り返します。教科書については教科書ガイドで良いです。シリウスについては、専用の参考書がないので、もしお買いになるならば書店で良いものを探すしかありません。もっとも、教科書の基本的内容が理解できていればシリウスはほどほどに解ける(難しい問題は解けなくてよいです)ので、数学が分からないならば教科書ガイドを買うのが一番でしょう。定期テスト前にだけ勉強して、内容も理解せずに答えを丸暗記する阿呆が毎年いますが、それでは定期テストで得点できたとしても大学受験には全く役に立ちません。毎日コツコツと勉強しましょう。
     国語については中学のうちは参考書は必要ないです。授業でしっかり勉強してください。あえて参考書を挙げるとすれば、大学受験用で漢字や内容がまだ難しいでしょうが、中経出版の『高橋広敏の現代文<客観問題>が面白いほどとける本』がおすすめです。表紙がややオタク系なのが気になりますが、代々木ゼミナールトップクラスの国語講師が書いたもので、どうやって現代文の問題を解けば良いかを書いてある秘伝のまとめの部分(問題部分は解説を読むだけでいいですからまとめの部分を何回も読んで理解してください)は極めて参考になります。青雲中学校に入った以上はもう大学受験生ですから今のうちに買っておいても損はないでしょう。
     社会については、中学のうちは国語と同様に授業について行けば良いです。あえて、大学受験用の参考書を挙げるとすれば(中学でこれをメインにやる必要はもちろんありません)、日本史は上の文章で紹介した、ブックマン社の『超速シリーズ』、表紙がちょっと気になりますが、地理は中経出版の『新出題傾向対応版 センター試験地理Bの点数が面白いほどとれる本』(河合塾の誇る地理講師が書いたものです)が良いです。センター試験と書いてありますが、地理の根本的なものはセンター試験も難関大学も同じで(高校内容も中学内容が高度化しただけ)、この参考書は地理の辞典みたいな感じで使えます。東京大学の地理の入試対策にも使えます。こ
     れらの社会の参考書は、問題は一切なく、読みやすい説明で全てが成り立っているのですらすらとできます。この分野に興味があるならば、趣味の一環として読むのも良いでしょう。
     まあ、ざっとこんなところでしょうか。私は文系なので理系向けのアドバイスはできませんが、他に何かありましたら遠慮なく適宜ご相談ください(ただし、個人が特定できる書き込みは避けた方が良いです)。ちなみに、私はスケジュールの都合上、回答に1ヶ月以上かかる場合もございますのであらかじめご了承ください。
     それでは、貴方の御子息の青雲合格を祝し、ご成長をお祈りいたします。
     
     

  4. 【1192828】 投稿者: 新高一父兄  (ID:ClV4qekg18Q) 投稿日時:2009年 02月 18日 09:25

    4月から高校入学予定男子の父兄です。
    青雲は、中3から高校の数学・英語をしていくというのは常識ですが、国語・理科・社会の進み方についてお教えいただけないでしょうか?
    武蔵さんは文系とのことですが、理科は何を選択されましたか?
    理科のお勧め問題集・参考書についてもよろしくお願いします。

  5. 【1193027】 投稿者: 戦艦武蔵  (ID:nNOCrDOjh0Y) 投稿日時:2009年 02月 18日 12:02

     青雲中学校から進学する生徒の場合、国語・理科・社会の高1以降の進み方は、それぞれの年度によって多少差はあるものの、おおむね以下のようになります。
     
    ・国語
     国語はどこまでが中学分野でどこからが高校分野である、と割り切ることができない科目でして、国語の授業では高1以降卒業まで演習問題をずっと解いていくか、あるいは高2ぐらいまで教科書を扱いつつ演習問題も扱い、それ以降は卒業まで問題演習をしていくかのどちらかになります。地道に勉強するのが王道です。

    ・理科
     高2の4月以降は文系と理系に分かれます(希望調査は高1の冬にあるはずです)。
     ここで、高校理科の内容について少々触れましょう。
     高校の理科は、それぞれの科目がⅠとⅡに分けられています。具体的に言えば、物理Ⅰと物理Ⅱ、化学Ⅰと化学Ⅱ、生物Ⅰと生物Ⅱ、地学Ⅰと地学Ⅱという内容に分けられています。簡単に言えば、「Ⅰ」が基本編で「Ⅱ」が応用編です。
     ここでは、国公立大学の入試に限って述べます。国公立大学の入試は、ごく一部の例外を除いて、センター試験と個別試験の両方を受験しなければなりません。
     理系は国公立大学受験においては、センター試験では基本的に理科2科目(物理Ⅰ、化学Ⅰ、生物Ⅰ、地学Ⅰ、理科総合A、理科総合Bの中から2つ。大学によっては有効となる科目を制限しているところもあるので志望校の募集要項をよく調べておきましょう。特に、理系の国立大学では化学が必修で、もう1つは物理か生物などと制限しているところも多いです。ちなみに、センター試験の理科の範囲はどの科目も「Ⅰ」の内容のみが範囲内で、「Ⅱ」は範囲外です。九州大学医学部のように、理科3科目を必須とするところもあります)が必要で、個別試験では物理・化学・生物の中から2科目(こちらは「Ⅰ」と「Ⅱ」の両方が範囲です。大学によっては必須科目を定めているところもあります)が必要です(例外の大学もあります)。
     青雲の理系では化学が必須であとは物理か生物から1科目選択です(センター試験で理科が3科目必要な生徒にはもう1科目特別講座が期間を限って開講されます)。高2までで一通りやったあと、高3はセンター試験と個別試験双方の問題演習です。
     文系は大学受験では理科が必要としてもセンター試験の理科1科目(物理Ⅰ、化学Ⅰ、生物Ⅰ、地学Ⅰ、理科総合A、理科総合Bの中から1つ。大学によっては有効となる科目を制限しているところもあるので志望校の募集要項をよく調べておきましょう。ただし、ほとんどの国立大学文系は物理・化学・生物は有効です)なので、青雲の文系では高2以降生物Ⅰのみの授業になります。よって私も必然的に生物Ⅰを履修しました。
     なぜ生物かと言いますと、文系は理系科目が嫌いな人が多いので、暗記の割合が多くて理科の中では文系に最も近い科目である生物Ⅰを授業で扱うわけです(同じ理由により他校も文系は基本的に生物Ⅰのみだそうです)。
     他の科目も扱えば良いではないかという意見をお持ちになる方もいらっしゃるかもしれませんが、文系は受験では理科は1科目しかいらないので2科目も3科目もやるのは時間の無駄です(高1では物理、生物、化学の初歩を全員扱いますが、これは文科省の指導要領に定められているためです)。また、文系は理系科目が嫌いな生徒が多いので、生物Ⅰを授業で扱うのが一番効率的なのです。
     選択制にすれば良いではないか、との意見も出そうですが、文系で生物以外をしたがる生徒は少数なので、その少数の生徒のために生物以外の授業を開講するとなると、教室数の問題や教師数の問題もあり、困難だそうです(他校も同様です。もし選択制を採用するならば、教室の増設費や新しい理科教師の人件費なんかもかかり、授業料がかなり値上がりすることになるでしょう。その授業料の値上がりによって得をする生徒はごく少数ですから、その他の多くの生徒が値上がりを許すわけがありません)。ちなみに、先述したように、理系の理科は文系の理科よりも高度なので、一緒に授業をすることはできません。ちなみに、独学でセンター試験の化学や物理等を受験することもやろうと思えばできます。
     理科については私は全くの専門外(特に化学は大嫌いだった)でありまして、間違ったアドバイスをするわけにもいけないので参考書などの紹介は控えます。理系の方にお聞きいただくようよろしくお願いいたします。ただし、センター試験の生物Ⅰに限ってアドバイスすれば、一番役立つのは参考書ではなく教科書です。

    ・社会
     社会は、他の科目と少々異なります。
     国公立大学の入試では、文系はセンター試験では地理歴史から1科目(世界史A、世界史B、日本史A、日本史B、地理A、地理Bから1科目。Aはやや特殊なので、青雲を含む多くの学校はBを扱います。大学によってはBしか有効としないところもあります)と公民から1科目(現代社会、倫理、政治・経済から1科目)が必要です。個別試験では、東京大学や京都大学、一橋大学などの難関大学を除き、社会は必要ありません(ちなみに、個別試験で必要であっても、範囲はBの内容です。大学によっては、特定の科目しか受験できないところもあります)。
     理系はセンター試験で地理歴史および公民を合わせた全ての科目から1科目だけで良いです。
     地理歴史の場合、青雲の授業では、高1から日本史ならば縄文時代以前から、世界史は人類の誕生から、地理も初歩からはじめます。日本史と地理は中学で基本的なことは一通りやっていますが、それを繰り返します(もちろん高度な内容も追加されます)。
     高2で文系理系に分かれてから、文系は高2で一通りの内容を終え、高3はセンター試験でしか社会が必要ない生徒はセンター試験関連の問題演習を、個別試験でも社会が必要な生徒はセンター試験と個別試験双方の問題演習をします。
     理系は高2で一通りの内容を終え、高3ではセンター試験関連の問題演習をします。
     公民の場合、青雲の授業では、高1の10月から現代社会の授業が入り、高2以降は、文系は高2いっぱいまでで一通りの内容を終え(希望者は倫理も途中から履修できます)、高3はセンター試験問題演習です。
     理系は高2以降は公民は履修しないはずです。

     ざっとこんなところです。私は理系の受験についてはアドバイスできませんが、それ以外のアドバイスでしたらお気軽にご相談ください。それでは、貴方の御子息が立派にご成長なさることを祈ります。

  6. 【1193264】 投稿者: 新高一の父兄  (ID:ClV4qekg18Q) 投稿日時:2009年 02月 18日 14:54

    詳細なご説明ありがとうございます。
    追加で質問です。
    1 青雲中の生徒も、中学の間は理科・社会に関しては、英・数のように高校の先取りをするわけではないのですね?
    2 国語の古文漢文に関しての質問です。公立中では、古文は文法的なものは、係り結びくらいで、東西南北に進んでから、高校1年で助動詞、動詞の活用などをたたき込まれます。青雲ではどうなのでしょうか?

  7. 【1194484】 投稿者: 戦艦武蔵  (ID:nNOCrDOjh0Y) 投稿日時:2009年 02月 19日 11:58

     理科に関しては私はよくは分からないのですが、高校の理科の教科書を授業で扱い始めたのが高1なので、高校理科は高1からであると思います。
     社会に関しては高校内容をやりはじめるのは高1からです。中学3年間で日本史は日本の誕生から第2次世界大戦終戦までを一通りやり終え、高1からはまた日本の誕生から始めます(もちろん高度な内容も追加されます)。地理も同様です。
     授業に割ける時間は限られているので、社会や理科の進度を早めるために授業時間を使うよりは、受験で最重要となる英語・数学に授業時間を優先的に割り当てようという判断のようです。

     古文漢文は各担当の先生方の裁量が大きいのですが、少なくとも中学卒業までには助動詞や動詞の活用を教えるようです。私の学年の場合は中2の終わりまでにはそれらのことを大体教わりました。

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